第160話、再出発
「くあぁ・・・さむっ」
朝起きて大あくびをしながら寒さに震え、そそくさと服を着る。
今まで着ていた防寒具も暖かかったが、こちらは物が違う。
そもそも肌着から特別な物なので、コートを着ると少し暑いかもしれない。
だが雪山を登る事を考えれば、これぐらいが丁度良いのだろうな。
「何の素材なんだろうな。それぐらいは聞いておけばよかったか」
裏起毛になっている服はとても暖かく、肌触りも良い。これで寝れるレベルだ。
勿論そうなる様に処理しているんだろうが、この素材が取れる魔獣は気になる。
「魔道具一歩手前の防寒具か・・・」
身に纏ってすぐは気が付かなかったが、暫くして魔力の流れに気が付いた。
衣服に魔力が宿っており、これが特別製の防寒具の理由だと。
とはいえ魔道具の様な機能と言うより、ただひたすらに頑丈になるだけらしいが。
店主に訊ねた所、魔力が宿っているのは知っているが、見えはしないらしい。
ただし魔力が無いかどうかは、素材を見れば解るそうだ。
魔力の有無で明らかに素材の質が違うらしく、そして素材を死なせない加工が必要と。
「これを店主に話すべきか・・・悩む所だな」
呟きながら衣服に魔力を流すと、とても自然に魔力が循環された。
魔力は無機物にも流せる事は解っている。一応試してみたからな。
ただその場合は抵抗というか、上手く魔力を流せない感覚を覚える。
しかもかなり効率が悪かったので、身体強化して殴った方が良いレベルだ。
更には流した後に壊れたりもしたので、最早効率が悪いと言うレベルですらない。
それは元生物であった毛皮の類であっても、結果は同じ様な事になった。
もしかすると別術式の技術が有るのかもしれないが、それは措いておくとして。
『服に魔力があるからって、嬢ちゃんの魔力流し込んだりするなよ。魔力を切った瞬間、素材に宿ってる魔力が抜けて一気に劣化しちまうからな』
『魔道具は魔力を流し込む物では?』
『だから魔道具じゃねえんだって。その一歩手前って言ったろ。魔道具に使う様な素材を贅沢に使った防寒具なだけだ。それに魔道具ってのは、魔核の力で性能を発揮する物だしな。その為にはまた細かい調整が必要になるし、魔核の確保も要るし、結局劣化は早まっちまう』
『劣化するのか』
『どんな物も何時かは劣化するし、魔道具に関してはむしろ寿命を縮めてる物が殆どだよ。中には自己治癒機能の付いた魔道具も在るらしいが、そんなもんは滅多にお目にかかれねぇ。魔核の相性も在るらしいしな。寒さを凌ぐ為の防寒具が、雪山の中で突然劣化とか笑えねえだろ』
『・・・それは、想像したくない話だな』
等という会話が武具店の帰り際にあった。にも拘らず魔力を流し込んだのには理由がある。
昨日この服を着て行動している間に、不思議な感覚に襲われたからだ。
まるでこの服が俺の毛皮になった様な、体の一部になった様な感覚を。
最初は暖かさによる気分の問題かと思ったが、どうもそんな様子ではない。
余りの一体感に軽く魔力を流してみたら、まるで自分の体の様に循環出来た。
しかも素材が劣化した感じはしない。というかむしろ保有魔力が強くなっている。
「俺は毛皮の有る魔獣が素材になってるのか。そのわりには毛が無いが」
思わず自分の体を確かめたが、どこもかしこもツルツルだ。
毛皮の気配どころか、人が大人になるにつれ生える物すらない。
何とも不思議な感覚で、明らかに人間には無いであろう感覚だ。
「言わない方が良いか」
態々言った所で、同じ事を出来る人間は居ないだろう。
いや、居るのかもしれないが、かなり珍しい話のはずだ。
となれば店主に伝えた所で、何の価値も無い情報でしかない。
なら態々俺が化け物だと、そんな説明をする必要も無いだろう。
「・・・メラネアが遅いな。まあ良いか、一人で」
別に彼女を待つ必要は無いかと、コートと精霊を置いて食堂へ向かう。
そして何時も通り腹いっぱいに食べて、満腹になったら部屋に戻ってコートを羽織った。
室内ではもはや暑いレベルの服を頼りに感じながら、女将に挨拶をして宿をでる。
朝から曇った雪の中をサクサクと歩き、山へ向う門へとたどり着いた。
「お、嬢ちゃん、前見たのと違う服着てるな」
「・・・お前は何時もここだな。他に門前に立つ奴は居ないのか?」
「俺が立つ日に嬢ちゃんが来てるだけだっつの。数日ごとの交代なんだよ」
「成程?」
ふと上の方を見ると、砦の上に立っている兵士も見た覚えのある男だった。
すぐそこに砦内に入る扉が有るので、待機組はあの中なんだろうな。
いざという時には上に登って、弓を構えて魔獣を追い返す訳だ。
まあ山から下りて来る魔獣がそれで追い返せるか、少々疑問は残るが。
そんな風に少々の雑談の後で、確認が済んだと門を通される。
「・・・静かだな。一人は久しぶりな気がする」
山へ向う雪道の中、足を踏み出す音以外何も無いせいで、そんな呟きが漏れた。
そこまで長い期間では無かった。だがそれでも、そんな気分になる。
あの日々をそう思ってしまう程に、日常になっていたのだろう。
『兄が居るよ! 一人じゃないよ!』
それに応える様に、突然胸元から精霊が現れた。
「ああ、忘れてた。そういえば居たな」
『酷い! 兄は何時だって妹と一緒なのに! 意地悪! 妹!』
いや、意地悪というか、今回に限っては本気で忘れていた。
今日は食事にも降りて来なかったし。というか妹は悪口じゃない。




