第159話、同行拒否
「私も山について行く」
宿での食事を終え、いざ寝るぞと言い段になって、メラネアがそんな事を言い出した。
因みに小人はもう寝息を立てている。お前本当に寝入りが良いな。
「はぁ・・・その話は前にしただろう。お前が山に入ってどうする。意味は無いだろう」
この話は以前メラネアと一度していた。そして答えが出た話のはずだ。
彼女が山に向かう必要も意味も無い。なのに何故またそんな事を。
「あ、あるよ!」
「何が」
「み、ミクちゃんを、守れる、もん」
俺を守る。成程確かに、彼女ならそれが出来るだけの実力を持っている。
下手をすると俺が倒せない魔獣すら、彼女なら倒しかねない可能性があるだろう。
だが問題点が有るとすれば、彼女の身体能力は並みだという事だ。
「メラネア、お前が人より、その辺の子供より体力が有る事は認めよう。下手な大人よりも身体能力がある事も認めよう。だがそれだけだ。それはお前が一番解っているだろう」
「それはっ、そう、だけ、ど・・・」
確かにメラネアは凄まじい技量の持ち主だ。子供の体格にしては身体能力も高い。
だが、それだけ。それ以上でもそれ以下でもない。見た目より少し凄いだけだ。
吹雪く雪山など、鍛えた大人ですら帰って来れずに死んでしまう場所だ。
生前そんなニュースは沢山見たし、実際にそうなった人間も知っている。
雪山とはそれだけ過酷な場所だ。そんな場所に行ける身体能力は彼女に無い。
いや、あるのかもしれないが、だとしても過酷な事に変わりは無い。
つまり彼女が山に入れば、生きて帰れる保証は無いんだ。
「それに魔術も使えない。である以上は厳しい。という話をしただろう」
「う、ん・・・」
せめて雪山で過ごせる様な魔術を使える、というのであれば良いだろう。
だが彼女にはそれも無い。ただひたすらに技術のみが突出している。
それは魔術の才能が無かったのか、暗殺組織が教えなかったのかは解らない。
理由は不明だが、結局使えない事には変わらない。
「足手纏いだ」
「っ・・・」
平地なら、街なら、街道なら、きっとそんな事は無い。
むしろ彼女は俺よりも遥かに優秀だろう。
数日暮らして解る事は、彼女はとても周囲をよく見ている。
それは戦闘だけではなく、日常生活でも有用だろう。
人が生きて行ける環境なのであれば、間違いなく彼女の方が俺より上だ。
「お前が俺を心配しているのは解る。だが俺には危険でも山に登る理由があり、お前には危険を冒して登る理由がない。もし俺の身を案じているというのなら、尚の事お前は付いて来るな」
彼女が山に登る理由など、考えるまでも無く俺の身を案じてだ。
死ぬかもしれない、という話をしてしまったせいだろう。
そして彼女なら、いざという時に精霊の力に頼れる。
だがそれは時間制限付きだ。本当にいざという時の切り札だ。
それを切った後の事を考えると、やはり登らない方が良いだろう。
「だ、だけ、ど・・・!」
だがメラネアは悲し気な、そして悔しげな表情を俺に向けた。
言われなくても解っている。全て解っていて言った。
彼女の心の内はそんな感情で埋め尽くされていそうだな。
これでは付いて来るなと言っても、無理にでも付いて来そうだ。
「・・・俺よりも、ブッズを頼む。アイツの方が危険だろう」
「――――――そう、だね」
だから、俺に付いて来れない理由を告げる。もっと危ない奴が居るだろうと。
ブッズとの契約は終わったが、だからと言ってアイツは街を出ない。
雪が無くなり暖かくなるまでは、この街で雑用をこなして生活するだろう。
だが奴が俺達と交流がある、という事は最早周知の事実だ。
となれば貴族か、それとも暗殺組織か、はたまた以前の様な嫉妬か。
何にせよ山へ向かう俺よりも、この街に居る間はアイツの方が危険だ。
その事を思い出したのか、彼女は異論を口にしなかった。
この辺り、やはり冷静で助かる。中身はそこそこ大人だからな。
感情だけで突き動く事が無く、理性的に行動を決めている。
「・・・解った。付いて、行かない。でも、待ってる。帰って来るの、待ってるから、死んだりしたら、絶対、嫌だから、ね」
「死ぬ気は無い。俺は生きる為に山へ向かうんだ。それこそ国を敵に回しても良い様にな」
「うん、そう、だね。そう、だったね」
本心からは納得していない。だが納得せざるを得ない理由が多い。
そんな心の声が聞こえてきそうな表情で、彼女は俺に頷き返した。




