第155話、手甲
朝食を終えて宿を出て、そのまま真っ直ぐ武具店へと向かった。
流石にもう雪が降っていても迷いはせず、問題無く辿り着く。
店に入ると何時も通り――――――。
「おう、らっしゃい!」
『いらっしゃったよ!』
娘の可愛い声は聞こえてこなかった。厳ついオッサンが店頭に居る。
小人がそれに負けない大声で煩い。お前は体のサイズに声を合わせろ。
「珍しいな、店主が居るのは」
「いや、俺は何時も店には居るからな?」
「表には居ないだろう」
「いやまあ、そうだけどよ」
そうだけど納得はいかない、と唇を尖らせる店主。
いい歳したオッサンがやっても可愛く無いぞ、それ。
「それで、一体何の用で呼ばれたんだ」
「勿論嬢ちゃんの防寒具が出来たからだよ」
『おー、妹の! 可愛いの出来た!?』
「そうか・・・それで、現物は?」
「向こうに置いてある。着心地も確かめるだろうしな」
店主は以前何度か利用した、武具の試しをする場所を指さした。
そう言えば更衣室的な所もあったな。防具の類もそこで付けろと。
「解った。じゃあ早速試させて貰う」
「おうよ」
『どんなのかなー?』
何故か俺よりも小人の方がワクワクしながら、俺と店主より先に向かう。
とはいえ大した距離では無いので当然追いつき、そこには娘が待っていた。
まあ気配は感じていたので、誰かが居るのだろうとは思っていたが。
「はいはい、ミクちゃん待ってたよー。メラネアちゃんとブッズさんもいらっしゃい」
「お、おはよう、ございます」
「おう」
娘はにこやかに挨拶をして、手に持った服を俺に差し出す。
受け取ったそれは一見普通の防寒具で、だが手触りが驚く程いい。
防具を兼ねていると言われていたが、ただの高級防寒具に思える質だ。
「随分肌触りが良いな・・・」
「そりゃー、この手の服は長々と着るからな。簡単に替え用意出来る奴ばかりでもねぇ。ならその一着を着心地が良い様に、ってのを考えるのも当然だろう。それに着心地の良さってのは大事なもんだぜ。体の痒さや動きの違和感なんてので、一瞬の隙が生まれたりするからな」
「成程」
今の俺は余り気にした事は無かったが、生前の記憶を引っ張って来ると確かにと思う。
解り易い所で言えば靴の中に入った小石だろうか。アレを踏んで無視出来るのかと。
「で、これはメラネアちゃんのね」
「え、わ、私のも、出来てるん、ですか?」
「出来てるよー。ほらほら、二人とも着替えちゃお」
「わ、わあ、お、押さないで、下さい」
娘に押されて俺とメラネアは更衣室へ向かい、着方を教えられながら着る事になった。
中に入って来たのが親父じゃなかったのは、肌着の類も有るからだろう。
毛糸のパンツ的なあれだ。勿論上に着る分もある。
「どれも少し余裕を持たせてるから、しっかり紐で締めてね」
娘の言う通り下着も肌着も、全てが少し大きめに作られていた。
成長を見越してとの事らしく、だがそれでもぶかぶかではない。
少し余裕がある程度で、動きを阻害する様なダボつきは感じない。
この辺りは流石職人の技とでも言うべきだろうか。
そんな感想を抱きながら、ズボンとコート、手袋と帽子、靴も履く。
「暖かい・・・というか、室内だと暑いぐらいだな、これは」
「あははっ、室内だとコートは着ない方が良いかもね」
そうしてフル装備になって思った事は、物がまるで違うというものだった。
娘に借りていた防寒具は、間違いなく良い物のはずだ。
だがこの服を一度でも着た事があれば、アレは間に合わせに感じてしまう。
それぐらいに着心地が良く、暑いぐらいに暖かい。
これなら問題無く、あの吹雪の山を登れるな。
「わあ・・・暖かい。凄いね、これ・・・」
メラネアなど今までが本当に間に合わせだったので、違いに目を見開いている。
「ミクちゃんの装備は外に置いてるから、それも付けてみようか。メラネアちゃんも、槍を振り回してみた方が良いでしょ?」
「わかった」
「は、はい、お願い、します」
そう言われ更衣室を出ると今度は親父が待ち構えていて、手甲の様な物を持っていた。
いや、まさしく手甲なのだろう。先日見せられた金属で作った物か。
作りその物は単純だな。普通に手甲と変わらない様に見える。
「んじゃまあ、先ずはこれ付けてくれ」
「解った」
とはいえ親父が説明しながら俺に付けたので、俺は手を伸ばしてるだけだったが。
そうして付けられた手甲の目的は、上着と手袋を守る為に頼んだもの。
それに相応しいと言うべきなのか、ナックルダスターの様なものがついていた。
いや、アレは指の型に沿っているからまた違ったか。何といったかな。
名称は良く解らないが、丸みを帯びた小さな甲の内側に握りが付いている。
「これでぶん殴れば、手袋には傷がつかねえし、上着も問題ねえだろ? その為に手袋は握りに当たる部分が破れない様に、重点的に頑丈にもしておいた」
「ふむ・・・」
ナックルダスターとは違いはするが、結局使用方法はアレとほぼ一緒だ。
しっかりと握って固定して、硬い部分で殴る事で手を傷めずに済むと。
まあ俺の場合は手では無く、手袋を傷めない様にだが。
問題はこれがどの程度の強度なのか、という所だがな。
親父の言った対策とやらで、壊れない様になってると良いんだが。
「んで、先の方だけこうやって外せる」
そう言いながら握り込む部分だけをスライドさせて、手首までを守る手甲から外した。
成程、取り外し可能なのか。ああ、そうか、対策とはそういう事か。
「壊れた時の為に、替えを用意している、という事か」
「ご名答だ。コートの中に仕込んでおけば、交換可能だろう?」
壊れない武器を作るのではなく、壊れる前提なら、確かにそれが正解か。
特に俺の様に、技量もクソも無い力のみで戦う様な人間には。




