第144話、交渉
「っ・・・!」
「やらせっかよ・・・!」
「頭、逃げて下さい!」
下の者であろう連中は、男を庇う様に壁になる。
どころか中には武器を構え、俺に敵対する様子を見せた。
「武器を持ってかかって来るなら、貴様らの仲間も全て潰すまで止まる気は無いぞ」
だがそれは悪手だ。敵対行動をとるのであれば、最早一切の容赦はしない。
そもそも既に、俺にとっては敵対されているのと同じ事。
だが男の首一つでそれを収めてやろう、と言っているに過ぎないんだ。
本来ならそんな問答も無く、こいつら全員皆殺しにして何の問題も無い。
むしろその男がこの場は逃げた所で、見つけ出して縊り殺すだけだ。
「止めろてめえら! さっきのを見ただろうが! 仲間全員殺すつもりか馬鹿野郎!!」
だが首を渡す為に頭を下げたままの男が叫び、壁になっていた連中は後ろを向く。
怒鳴りながらも頭を上げる気配は無い。覚悟は決まっているらしい。
そんな頭の覚悟を察したのか、男共は武器を降ろして道を開ける様に横にずれた。
勿論納得した顔はしていない。どいつもこいつも悔し気だ。
「それで良い。後は頼んだぞ、てめえら。間違っても仇討ちなんか考えんじゃねえぞ」
「かしらぁ・・・!」
「くそっ・・・!」
「なんで、何でこんな事に・・・!」
今から命を捨てる男に対し、部下連中は嘆きの言葉を口にする。
その光景を見れば見る程、どうにも心は冷めて来るな。
「貴様らが人を殺す事を厭わん家業をしているからだろう。被害者面するな」
少なくとも、俺はやられたからやり返しているだけだ。一方的な蹂躙じゃない。
貴様らがブッズを殺そうとして、だから俺も貴様らを殺す。
只それだけの事だ。それだけの単純な話だ。それが嫌なら初めからやるな。
だが男共はそう告げる俺を睨み、今にも殺さんばかりに拳を握る。
頭が首を差し出す意味を何も解っていないらしい。
「俺はどっちでも良いぞ。皆殺しでも、そいつだけでも。好きな方を選べ」
「お嬢さん、どうか挑発は勘弁下さいやせんか。若い連中は血気盛んなもんで、頭に血が上って判断を間違えるんでさ。お嬢さんの言う事が、どれだけ正論であってもです」
「挑発していたつもりは無い。むしろ俺は皆殺しで良いんでな」
「それが挑発でしょうや。お願いしやす。この通り無抵抗ですんで、許してやって下さい」
暗に咎められたと察した部下は、気まずげに、そして悔し気に顔を伏せた。
自分がやらかした、という事は理解出来たらしい。ならまあ、それで良いか。
「み、ミクちゃん、待って!」
「・・・どうしたメラネア」
「そ、その人、この辺りのまとめ役、なんだよね。違っても、意見が言える人、ですよね?」
最後の方は男に向けて言ったのだろう、男は頭を下げたまま小さく頷く。
「はい、そのつもりはありやす。少なくともこの辺りには。幾つか別の組織にもそれなりに顔は利きますんで、影響力は有る方だと思っておりやす」
男の返答を聞いたメラネアは、俺の前に一歩出る。
「な、なら、今後、私達に下手に手を出さない様に、周知、出来ますか」
「勿論、と言いたくはありやすが、ウチ等の事を気に食わない連中も居りやすんで、その手の連中にはむしろ逆効果の可能性もありやす」
「そ、それでも多少、抑えられるし、そ、それに、事前に情報も、貰えます、よね」
「はい。それは間違いなく、お約束できやす」
何を目的として俺を止めたのか、この会話を聞いて解らない程の馬鹿ではない。
つまりは今回の事を見逃す代わりに、情報屋として働けと言う意味だ。
そして男もメラネアの言葉を理解し、嘘偽りない言葉を口にしているのだろう。
でなければ態々、抑えられない組織がある、等という情報は伝えない。
「嬢ちゃん、俺もその方が良いと思う。今後を考えたら、そうだろ?」
「・・・お前、それで良いのか」
お前は殺されかけたんだぞ。どう考えても拷問も受けていただろう。
だというのに原因を作った連中を、俺とメラネアの利点の為に許すつもりか。
そもそもお前、今回の件はどう考えても俺も原因だろうが。
「構いやしねえよ。それで少しでも嬢ちゃんの役に立つならな」
「・・・馬鹿野郎が」
本当にこの馬鹿は馬鹿だ。余りに馬鹿過ぎる。
だが馬鹿が馬鹿な事を言うのであれば、俺にはもう何も言えない。
殺されかけたのも、巻き添えを食ったのも、この馬鹿野郎なんだからな。
思わず、大きな溜息が漏れる。脱力してしまい、拳にも力が入らない。
「み、ミクちゃん・・・」
「解っている、メラネア。狙われた本人がこう言う以上、俺が暴れるのは筋違いだろうよ」
「あ、ありがとう、ミクちゃん」
この交渉には、この場やスラムの事だけでは無く、暗殺組織の襲撃にも意味がある。
連中がどんな手を使って来るか解らないが、ここを潜伏先にする可能性は高い。
勿論一般人を装って普通の宿に泊まるかもしれないが、ここは潜むには便利だろうしな。




