第141話、治療技術
扉をぶち破りって中に入り、敵を殺す気で拳に力を込めた。
だが周囲を見回した俺は、その拳を即座に開く事になる。
「・・・何だ、これは、何があった」
「5人・・ううん、6人かな、それぐらいは、あるね」
『ぐちゃぐちゃだな』
メラネアと狐の言う通り、建物内に在ったのは潰れた肉塊。
原型を留めている者は殆ど無く、内臓は周囲に飛び散っている。
てっきり敵がいると思っていたのに、一体何がどうなっているのか。
『妹、ブッズはあっちー』『ここだよー!』『はやくはやくー!』『おおけがー!』
「っ」
そうだ、今は周囲の状況よりも、アイツの無事を確かめる方が先だ。
小人に言われた通り視線を動かすと、小人に囲まれて倒れる男の姿が見えた。
遠目にも傷だらけな事が解る程に血まみれで、腕や足が変な方向に曲がっている。
「ブッズ! 意識はあるか!?」
近寄って叫ぶが答えは無い。むしろ呻き声すらない事が、重症だと感じさせる。
悠長に確かめている時間は無いと判断して、全力で魔力を循環させて治癒術を使った。
「うぐあっ・・・」
そこでうめき声をあげた事で意識が戻ったのかと思ったが、どうやら違うらしい。
メラネアがブッズの手足を動かし、ねじり始めたせいだったようだ。
意識は無くとも痛みは感じ、無意識な呻きが漏れたのだろう。
「メラネア、何を」
「ミクちゃんはそのまま続けて。私はブッズさんの骨と筋を出来るかぎり元の形に動かしておくから。そのまま治癒を続けたら、曲がったまま繋がっちゃうかもしれない」
「すまん、そこまで意識がいってなかった。頼む」
俺の治癒術は、負傷した個所を元に戻す、等という類ではない。
術をかけた本人の能力を上げ、治癒機能を加速させるものだ。
ただしそれは『魔力』という力により、本人の消耗無しで強化される。
つまり生命力の強化による消耗で、傷は治っても死ぬという事は無い。
それは自分自身が循環を使っているからこそ分かっている。
だがそれは結局『自己治癒』の域を出ない。治らないものは治らないんだ。
例えば骨折。骨折自体は治るだろう。だが曲がったまま治れば。
例えば筋肉。筋肉も本来の位置とは違う位置で治る事がある。
それを利用する治療法などもあるが、今は関係の無い話か。
ともあれ、俺の循環では骨のずれや筋のずれを治せない。
「任せて。知識だけは有るから・・・まさか暗殺組織で教えられた事が、人助けの役に立つとは思わなかったけど・・・何でも学んでおくものだね。学びたかった訳じゃ無いけど」
「ははっ、そうだな」
骨の位置、筋肉の位置、ついでに言えば内臓の位置。
それは恐らくではあるが、暗殺の為に学ばされた知識なのだろう。
相手を殺す際にどこを壊せば良いか、体のどこを壊せば機能し難くなるか。
だが今はそれが頼りになり、本人は皮肉だなと苦笑している。
「切り傷はすぐに塞がったか」
「内臓は避けていたみたいだね。殺す気は無かった・・・というよりも、拷問かな、これは」
「恐らくはそうだろう。半端な治療痕も見える。それが幸い・・・というのも、こいつにとっては不幸だったかもしれんがな。苦しむよりは、死んだ方が楽だったかもしれん」
「そうだね・・・死ねばそれはそれで良いか、って感じに見えるし、容赦が無いかな」
すぐに死ぬ様な怪我は無い様に避け、むしろ少し不味ったらしい怪我は治療されている。
だがその治療は『治す』というよりも、死なない様に『処置』しただけのものだ。
助けるつもりなど無い。ただ簡単に殺すつもりがない。苦しめる為の治療だ。
だからこそ簡単に死んでしまう内臓は、出来る限り傷をつけない様にしていたのだろう。
とはいえ腹やら背中やら刺された形跡が有るし、どこまで気を付けていたのかは怪しいが。
それでも吐血の跡がない辺り、現状内臓は無事なのだとは思う。
「う、ぐ・・・じょう・・・ちゃん・・・?」
「気が付いたかブッズ。動くなよ、今治療中だ。変に動けば曲がって治るぞ」
「折れた骨を整えてるから、変に動かないでね」
「は・・・わ、るい・・・たす、かった・・・」
「今は黙っていろ。話したい事がるなら後で聞いてやる」
俺の指示を聞いたブッズは素直に黙り、大人しく俺の治癒に身を任せる。
その表情に苦痛が余り無いのは良い事なのか悪い事なのか。
怪我が大き過ぎてマヒしているなら良いが、治り切らない可能性が少し怖い。
だがメラネアの処置を信じて、俺はただひたすらに循環を続けた。
「・・・どうだ、メラネア」
「う、うん、大丈夫、だと思う」
そうして外傷が消え去り、メラネアが繋げた手足を動かして確認する。
関節はしっかりと戻った様で、筋肉の流れにも不自然は無い。
メラネアが居なければこうはならなかった。




