第133話、訓練成果
「う、うわ、み、ミクちゃん、まだ手を出さなくて大丈夫、かなぁ?」
「・・・まだ問題無い」
『おー、おー、思ったより頑張るじゃねえか、兄ちゃん』
『うおー! ここだー! くらえー!』
眼の前で展開される戦闘・・・と言って良いのか解らない程度の戦い。
ブッズが必死に熊の攻撃をいなし、時々小人が熊へと雪玉を投げる。
その雪玉が的確に顔に当たっているせいか、熊は苛立たし気な様子だ。
「グオォオオオオ!!」
「ぐなろぉがぁ!」
叫ぶ熊と同じ様な叫びをあげる男は、必死ではあるがまだ命に別状はない。
熊に冷静さが無い事と、雪玉のせいで時折視界を塞がれる事。
それらがブッズの有利となり、何とかいなし続けられている。
とはいえ無傷という訳ではなく、至る所に切り傷は見られるが。
だがむしろ切り傷で済んで居る辺りは、褒めてやるべきなのだろう。
本来この熊は、あの男が一人で対処出来る強さじゃないだろうしな。
「グオオオッ!!」
「ぐえっ!」
だが熊はとうとう痺れを切らしたとばかりに、前足を地面に下ろして突っ込んできた。
大剣ごと押しこむ様にぶちかまされ、哀れにも吹きとんで行くブッズ。
ただし剣での防御をしていたおかげで、損傷の類は余り無い・・・が。
「やべっ!」
「グォオオオ!」
吹き飛ばされて受け身を取ったブッズの手には、先程まであった大剣が無い。
そして倒れたブッズを見た熊は、これぞ好機とばかりにとびかかる。
前足で体を押さえ込み、牙で首を食い破る一撃を入れんと。
「よっと」
ただその牙がブッズに届く前に、熊の頭が爆散する。
メラネアも動く気配は有ったのだが、俺の拳の方が少し早かったな。
ブッズは眼前で吹き飛ぶ熊の頭を見てから、大きな溜息を吐いて力を抜いた。
「し、死ぬかと思った・・・・」
「危なくなったら手を出すと言っておいただろう。とはいえお前が甘い行動をしていれば、今頃大怪我ぐらいはしていただろうがな」
「勘弁してくれ・・・」
起き上がらないブッズの横にしゃがみ、手を添えて循環を始める。
何だかんだと直撃は無いので、軽くやれば全て治るだろう。
つまりはその程度で済むだけの頑張りを見せた、という事でもある。
俺が治癒術をかけ始めたのを見て、メラネアは熊の方へと近づいて行った。
今度は彼女が魔獣の処理をするつもりらしい。
お前もお前で何でも出来るな。もしや殴るしか能が無いのは俺だけでは?
「中々頑張ったな」
「・・・防戦一方だったけどな」
「以前のお前なら、アレに防戦すら出来なかっただろうよ」
「・・・雪玉が適度に邪魔してくれたおかげもあると思う」
「そうだろうな。それでもお前は生きている。それが事実だ」
『妹よ、僕の雪玉も褒めて!』
自分がどの程度だったのか、どうして生き残れているのか。
この男はきちんと周りが見えていて、だからこそ大怪我無く生き残れた。
それが事実だ。たとえ力量が足りなくとも、足りないなりの全力を出して見せた。
辺境の街に近い魔獣相手でも、少しの間は生き残れる。その事実。
その少しが有れば、仲間が助けてくれる。死なないで済む。
「訓練の効果は出ている様だな」
「・・・だとすれば、嬢ちゃんに感謝だな・・・メラネアにもな」
「わ、私は、特に、何もしてない、かと」
「んなこたねえさ。メラネアのおかげで、体重移動が上手くなった自覚はあるからな」
『まあ半端な動きするとぶん投げられるからなぁ』
『びたーん! ってされるもんね!』
メラネアとブッズの手合わせは、俺の時と違い更に技術が求められる。
踏み止まれない動きをしていると、彼女は容易く投げ飛ばす。
だから投げられない様に気を付け、それでも打撃の為に体重を乗せないといけない。
それは攻撃を流された時も同じであり、攻撃を受けた時も同じ事だ。
押して、打撃で、引っ張って、どんな形で在れ、投げる為には相手を崩す必要が有る。
その対処として重心が余りぶれない様に気を付ける動きが、熊との戦闘でも役に立っていた。
明らかに膂力負けした一撃を受け、それに振り回されない体重移動。
だからこそ大剣をしっかりと引き戻し、次の攻撃に備えてまた防ぐ。
最後の突撃こそ防御しか出来なかったが、それでも出来る限りの事はしていただろう。
「これなら防寒具が出来るまでには、それなりになりそうだな」
「・・・ありがとな、嬢ちゃん」
「礼を言われる様な事では無い。これは仕事だ。俺は契約通りに履行しているだけだ」
「それでも、あんがとよ」
ブッズは体を起こすと、俺の頭を撫でて礼を言った。
明らかに礼を言う相手への行動では無い。
だが循環の最中で手が離せず、今は振り払う事が出来ない。
「ふんっ・・・」
なので暫くは好きな様にさせ、治癒を終えてからその手を振り払った。
頭に撫でられた感触が残っている。まったく、こいつは。
メラネアに対してもそうだが、撫で癖があるんじゃないのか。




