第132話、もう一つの訓練
「嬢ちゃん、とりあえず魔核の取り出しと内臓の処分は終わった。残りはどうする? 全部解体しちまっても良いが、そうするとそれなりに時間はかかるぜ」
メラネアは何か言いたげではあったが、作業を終えたブッズが声をかけて来た。
俺も彼女もそちらに視線を向け、お互いどうするかと目を合わせる。
「そうだな・・・」
メラネアはもう余り戦う気が無い様に見えるし、時間には大分余裕がある。
となれば解体まで任せて良い気がするが・・・というかお前便利だな。
かなり手際よく処理しているし、解体まで出来るのか。
一応俺も学んだので出来なくはないが、手際はもっと悪い。
「お前はもっと不器用だと思っていた」
「ひでえな!?」
いや、だって、今までお前の良い所何も無かったし、解体する姿も見た事無かったしな。
人間何かしら取り柄は有るものだな。これなら解体で食ってく事もできるんじゃ?
・・・真面目にそれが一番良い気がするのは、多分気のせいじゃないだろうな。
「嬢ちゃんが何考えてるのかは大体解るが、俺はこっち本職にはしねえぞ。腕は悪くない自信はあるが、専門でやってる連中程の手際はねえ。それに解体専門でやると、割と無茶な仕事を頼まれる事も知ってるからな。勿論断りゃ良いんだろうが、そんな問答も面倒だ」
「・・・そうだな、そんな人間なら、組合員などやっていないか」
特定の組織に属し、職員として毎日決まった職務をこなす。
代わりに安定と保護を受け、平穏な日常を送れるだろう。
問題点が有るとすれば、組織の上役に従わなければいけない事だ。
規律ある日常が嫌なのもあるだろうが、理不尽な指示も嫌なのだろう。
だからこそ自由に動ける組合員をやっており、武器を持って生きる今がある。
コイツの場合は地元では強かったらしいしな。やらない理由がないか。
「・・・お前は今後も、この生き方を続けるのか?」
俺との契約が終わり、一人になり、暖かくなって街を出て行っても。
それでもお前は組合員として、命を懸けて戦う生活を続けるのか。
俺の問いかけの意味を理解したブッズは、少し目を伏せてから口を開いた。
「・・・以前の俺なら、当たり前だろうが! って強く言えたんだろうな・・・今の俺は自分の弱さを良く理解しちまってるから、それがどれだけ無謀な事か解っちまってる」
苦笑いをしながら告げるそれは、短い間で痛感した事なのだろう。
俺との出会いから、命を落としかけ、そしてメラネアに技術で劣る自分。
恐らくはメラネアが止めだ。彼女に『力』が無いから余計にだろう。
膂力の無い人間でありながら、幼くして達人と言える技量。
才能という物もをまざまざ見せつけられ、心が折れていてもおかしくはない。
実際の所は7年の研鑽が有るので、純粋に幼いと言って良いのか怪しいが。
「だから、鍛え直すんだ。俺の出来る所からやり直して来る。前みたいに自分の力量も考えずに馬鹿をやらかさない様に・・・同じ様な連中を、諫められると尚良いけどな」
だがこの馬鹿の心は折れていない。いや、一度はへし折れたのだろう。
自分の力量の無さに、無力さに、狭い世界しか知らなかった自分の無様さに。
だからこそ、折れた人間がもう一度踏み出した足は、早々止まりはしない。
俺が何をどう言った所で、この男は馬鹿な生き方を通し続けるのだろう。
「そうか、せいぜい死なない様にな」
「ああ、気を付けるさ、次からは必ずな」
「いや、それでは遅い」
「・・・は?」
先程からメラネアが一点を見つめており、ニルスもあくびをしつつ横目で見ている。
俺も当然気がついていたが、恐らく血の匂いで寄って来たのだろう。
森の木々の影からのそりと出て来た巨体。前足だけで俺と同じ大きさの熊だ。
腹ペコそうに涎を垂らし、処理された肉を狙っている。いや、それだけでは無いか。
「ミクちゃん、あれも、私がやる?」
『アレは嬢ちゃん達も食う気だなー』
メラネアは既に臨戦態勢・・・というか、普段から臨戦態勢なんだろう。
戦う意思は感じ取れるが、立ち方の雰囲気が余りに自然だ。
流石暗殺者というべきなのか、常に戦う準備は済ませている訳か。
恐らくではあるが、あの熊ですら一撃だろうな。
となればメラネアにさせる意味は余り無い。
有るとすれば――――――。
「ブッズ、あれの相手をしろ」
「・・・待って、俺自分の自力の低さ理解したって言ったんだけど」
「問題無い。危なかったら助けてやる。多少の怪我なら俺が治してやる」
「え、ま、マジで俺がやんの!?」
「良いから行け! その大剣は飾りか!」
「―――――っ、ああくそ! やってやらぁ!!」
ブッズの大声と大剣を構えた事で、餌を見る目だった熊に少し警戒が宿る。
さて、どこまでやれるか。この数日間程度では大した成長は無いだろうが。
『妹よ! ただいま! お、熊だー! がおー! 何だこのやろう雪玉ぶつけんぞ!』
・・・帰って来なくて良い。気が散るから黙ってろ。雪玉を作るな!




