第131話、意味理由
「さて、早々に最初の目的が片付いた訳だが・・・」
メラネアがいざ実戦という状況になった時、どこまで戦う事が出来るのか。
そういう確認の為に出てきたはずだが、結果を見れば最早溜め息すら出る。
出来るかどうか、等というレベルではない、余りにも高すぎる技量。
普段のどもり気味な言葉からは想像できない、余りにも冷静で冷徹な一撃。
達人と言って良い領域に居る少女には、あの程度は軽い訓練と何も変わらないのか。
「どうする、まだやるか?」
「えと、どうしよう、かな」
ブッズが魔獣の処理をしている横で、俺達はこの後の行動を話し合う。
別に押し付けた訳じゃない。本人がやると言ったので任せただけだ。
基本外に出ても役に立たないし、見学料という事らしい。
「も、もうちょっと、強いのって、居る?」
「多分居ると思うが・・・あまり強弱は解らん。俺にしたらこの辺りの魔獣は、全員一撃殴れば良いだけの魔獣だしな。どの魔獣がどれぐらい強い、という知識が無い」
「あ、あはは・・・ミクちゃん、力が強いもんね」
一応とても弱い魔獣との差は解るが、少し強い程度だと誤差過ぎて解らない。
試しに魔獣の横なぎの一撃を受け止めた時も、こんな物かと思ったぐらいだしな。
むしろ俺が力を入れて受け止めたせいか、魔獣の方が痛がっていた覚えが有る。
「とはいえ、ここは辺境の街から余り遠くはない。この辺りに出て来る魔獣となれば、一般的には強い魔獣という認識で良いだろう。これより強いのを相手にするなら、山の方だな」
「山・・・は、反対側の門の、方だよね」
「そうだな。あちら側の魔獣は、こちら側よりも強い。街一つ挟んだだけで突然変わる」
と、解った様な事を言っているが、正直な所それも俺には余り実感がない。
あちら側に行って強いと感じたのは、情報を貰って行った吹雪の魔獣のみだ。
それ以外はこちらと大して変わらなかったし、魔核も余り良い物では無かった。
とはいえそれでも世間的には、かなり質の良い魔核だという事らしいが。
山側の魔獣であれば、贅沢をしなければ一体狩るだけで1年過ごせる金額になる。
とはいえ魔獣を狩る為には本来武器が要るし、様々な準備も必要だ。
戦う為の身体作りも要るし、俺の様に防寒具に金をかける奴も居る。
怪我や毒の対処の為に、薬を用意する奴だって居る。むしろそれが普通だ。
中には致命傷レベルの大怪我も治せる様な、貴重な薬を持つ者も居るらしい。
それらの薬を使わなかったとしても、怪我をすれば治療費が要るだろう。
引退した後の金も要るだろうし、いざという時の金が何時でも必要になる。
そうなると一体狩った程度じゃ金が全く足りない、という感じではあるがな。
何より俺の場合、食費で飛んでいく。それはもう凄まじい勢いで。
「うーん、じゃあ、山側に、行った方が良い、のかなぁ」
「行くとしても、今は止めておけ」
「え、なんで?」
「向こうは吹雪いている事が多い。その服じゃ厳しいぞ」
「・・・そんなに?」
メラネアは俺の言葉を聞いて、自分と俺の姿を見てから訊ね返して来る。
その疑問はもっともだろう。何せお互いにモコモコな姿だ。
雪が降る寒い中でいながら、表面が出ている顔以外は寒くない。
むしろ暖かいとすら感じる中で、そんな事を言われたのだから。
「俺は一度逃げ帰った。そう言えば通じるか」
「・・・み、ミクちゃんが・・・や、やめとく、ね」
だが俺の言葉で危険を感じた彼女は、素直に中止を口にした。
「そうしろ。アレは厳しい」
「う、うん」
あの吹雪を経験した身としては、今の服では無理だという認識がある。
この服は確かに暖かい。メラネアの服も古着とはいえ質が良い。
だが吹雪の中で戦えるかと言われると、首を傾げる所だろう。
多少の雪なら恐らくは弾く。それぐらいでないと辺境の防寒具としては使えない。
だがあの全力の吹雪が防寒具に浸透しないかと言われると、大分怪しいと思う。
いや、俺の事だけを考えれば、武具店の店主作なので平気かもしれない。
だがメラネアの服は本当にただの子供服だ。質は良いが所詮そこまでだ。
「そ、そう言えば、防寒具が出来たら、ミクちゃんは、山へ行くん、だよね」
「そうだな。そのつもりだ」
「・・・ついて行っても、良い、かな」
「何の為に」
「な、何の為、って、聞かれると、困るけど・・・」
メラネアについて来る理由は無い。山に入る危険を冒す理由は無い。
あの山の奥には明らかに危険な魔獣が居て、彼女には少々荷が重い可能性がある。
「お前が狐化を無制限で出来るなら兎も角、出来ない以上は止めておけ。山の奥の魔獣は、お前と大分相性が悪いのが居る。俺ですら死ぬ可能性が有った訳だからな」
俺の山の奥の魔獣の基準は、どうしてもあの吹雪の魔獣になる。
そしてあの魔獣は間違いなく強かった。強敵だったと断言できる。
俺は打倒する事が出来たが、果たして目の前の少女に同じ事が出来るか。
難しい、というのが俺の結論だ。メラネアは余りにも『体術』に特化している。
「魔術が使えないお前には、厳しいと思う」
「・・・そっか」
メラネアは魔術が一切使えない。循環の魔術さえだ。
狐の時は使っていたそれは、あくまで狐の状態だかららしい。
素の状態ではあの魔術は使えず、そもそも魔力の認識も出来ない。
純粋に身体能力と技量のみの戦闘となると・・・あの吹雪を対処できるかどうか。
『俺が居るから何とかなると思うけどなー』
「そうだな、ニルスが居れば可能性はあるとは思う。だが、危険は危険だ」
魔術が使えないという事は、魔術に対する対処が自分では難しいという事だ。
この娘なら大概の攻撃は躱せるだろうが、躱せない一撃がもし在れば。
身体は人間と変わらないメラネアは、その一撃で死に至る。
「付いて来るのは止めておけ。俺には行く理由がある。お前には無いんだからな」
特に理由も無いのに、死地に赴く必要は無い。
そう告げた俺に向ける彼女の顔は、気弱ながら不満そうだった。




