第128話、得意得物
最早日常となりつつある訓練を終え、特に問題の無い1日が終わる。
というかだ、これが本来は普通なのだろう。俺の今までが激動過ぎただけだ。
余り変化もない数日間。それはそれで退屈だが、この退屈こそが当然だ。
だがそろそろ、その退屈な日常に変化を入れる必要が有るだろう。
「メラネア、そろそろ一度魔獣を狩りに行くぞ。明日はそのつもりでいろ」
「う、うん。が、頑張る」
『お、とうとう外に出んのか』
『兄も頑張る! 雪玉丸めなら任せて!』
メラネアはこの数日間、とにかく自分の身体把握に努めさせた。
勿論体に技術が染み着いている事は解っている。
だがそれはそれとして、意図的に動かせるかどうかは別だ。
何より今の彼女には本人の意思があり、それがどういう風に働くか解らない。
危険な時でも無意識に動けば良し、もし動けないなら対処が必要だろう。
その為には一度実戦をさせた方が解り易い。
「今の所、恐怖を感じた事は無い、んだよな?」
「うーん・・・そう、だね。ミクちゃんと戦ってた時が、一番怖かったから・・・あれ以上となると、中々無いんじゃ、ないかなぁ」
「だろうな」
ただ恐怖によって動けない、という事態が無い事だけは解っている。
何せ彼女は自由意志が無くとも、意識が無かった訳ではない。
死と隣り合わせの戦闘を何度も経験しているし、俺との戦闘経験もある。
となればこの辺りの魔獣程度、恐れる様な存在とは成りえないだろう。
勿論それは周辺の魔獣に限った話で、恐怖しても問題無い証左にはならない。
なのでもう一度、一度だけ、俺は彼女に本気で拳を向けた。
勿論当てたら死ぬ事は解っているし、寸止めは怖かったので大分外して。
彼女はその時汗が噴き出る程の恐怖を覚えておきながら、目はしっかりと拳を追っていた。
狐化していない状態では完全に見えてはいない。だがそれでも目で追ったんだ。
その後も恐怖でへたり込むでも無く、怖かったと、そう言っただけで平静に戻った。
何処までも肝の据わった娘と言うべきか、そうならざるを得なかったというべきか。
「おそらくこの辺りの魔獣はお前の敵では無いだろうが・・・精霊の力を使わずに戦うなら武器が要るだろうな。お前の筋力は見た目より強いが、それ以上ではない様だし」
「そう、だね」
ぐっぱと手を動かしながら応える彼女の力は、見た目からすれば間違いなく強い。
だが純粋な力比べをしてしまえば、ブッズにすらあっさり負ける程度だ。
彼女の強さを支えているのはあの卓越した技能であり、膂力は余り武器にならない。
なら素手では決定打に欠けるし、何かしらの得物は必要だろう。
「何か得意な得物は有るのか」
「うーん・・・一応、一通り使える、けど」
「使えるのか・・・」
てっきり暗殺者らしく短剣の類かと思えば、何でも使えると来たか。
この娘の才能が凄まじいのか、それとも仕込んだ人間が凄まじいのか。
どちらにせよ、とんでもない娘だ。実に羨ましい。
「得意・・・得意、かぁ・・・基本素手、だったからなぁ・・・」
「ああそうか、そう言われてみればそうだな。狐の姿になるのが基本の手段か」
「う、うん。い、一応無手体術以外も技術として教えられたけど、殆ど使った事は無い、かな」
俺と同じ無手が主体の娘だが、あくまで精霊の力を借りての話だ。
普段から精霊の力を使わないのであれば、やはり武器は有った方が良い。
「いや、よく考えれば、別に精霊の力を使わない理由は無いのか。戦闘時は力を借りて、あの時の姿になれば良いだけなんだな」
分かたれたので別に考えていたが、別に考える必要がそもそもなかった。
この二人の本領発揮は、あの狐姿での体術なのだから。
「う、うーん、出来れば、その・・・それはいざという時以外、無しが、良いかなぁ」
「何故だ」
「え、えとね、ニルスの力を借りると、凄く疲れるんだ。この前は色々あったし、疲れたって、言い難かったから・・・頑張って歩いた、けど」
「・・・そう言えば、継戦能力が問題という話があったな。それが理由か?」
「うん、私、あんまり長く狐姿だと、倒れちゃって、熱出ちゃう時も、あるし・・・」
それは困るな。疲労だけなら少しは我慢出来るだろうが。
熱が出るという事は、おそらく単純な疲労だけでは無いのだろう。
となれば本人の言う通り、出来るだけ素のままの戦闘が好ましいか。
「あ、も、勿論、いざとなったら、ニルスに頼るね」
『おう、まかせとけ!』
そうだな、それで良いか。問題なのは継続戦闘能力だ。
長時間使う事での難点は、短時間だけなら疲労で済ませられるという事だ。
なら命の危機が迫っている場合は、迷わず使う判断をするべきだろう。
それに狐姿にならずとも、精霊本体が直接攻撃という手もある。
「となると話が振出しに戻るな」
「え、な、なんだっけ」
「得物の話だ。一通り使えると言ったが、使い勝手の良い物は無いのか。流石にその体格で大剣が使いやすい、何て事は無いだろう?」
「あ、う、うーん・・・うーん・・・な、何がいい、かなぁ」
これは答えが出るまでもう少しかかりそうだな。




