第126話、生活リズム
「ふあああ・・・んむ」
ベッドから体を起こし、ぼーっとしたまま暫く時間を過ごす。
そうしている内に段々と頭が覚め、というか寒くて目が覚めた。
「さむっ・・・!」
慌てて服を着こんで手袋と靴も身に着け、小さく安堵の息を吐く。
ただ暖かい恰好をしたせいか、また少し眠気が蘇って来た。
うとうと、うとうと・・・としていると、不意に部屋の扉が開く。
その気配でハッと意識が覚め、ただ敵意を感じないのでのんびり目を動かした。
「あ、み、ミクちゃん、おはよう」
『おはよう妹ちゃん』
部屋に入って来たのはメラネアと、彼女についている狐型の精霊だ。
「・・・おはよう、今日も走り込みか」
「う、うん。雪道に、慣れておきたい、のもあるし」
『普段訓練してた所は、殆ど雪なんて降らなかったからなぁ』
領主館での一件を終えてから暫く経ち、お互いに生活のリズムが生まれて来た。
具体的には先ずメラネアの早朝の走り込みだ。彼女は日の出頃に宿を出て行く。
どうも暗殺組織に居た頃も、毎日走り込みはしていたらしい。
つまりこの走り込みは、現状の全力を維持する為の鍛錬といった所だ。
彼女の技術は間違いなく、鍛えられた身体が有ってこそだろうしな。
それに本人の言う通り、雪での歩行に慣れる訓練でもあるのだろう。
足が滑って戦えませんでした、など笑えもしないからな。
とはいえ俺目線からすれば、既に流れる様な足さばきにしか見えないが。
「よくそんな恰好で平気だな」
「えと、走ってると、暑くなるから。着込んでると、汗だくになっちゃう」
今の彼女は防寒具の上着ではなく、少し厚手の肌着を着ているだけだ。
勿論走れば暖まる、という事は理解できるが、俺はその前の段階で寒い。
というか多少走った程度だと、この体は疲労感を覚えないので暑くならない。
寒空の中歩いているのとほぼ変わらなくて、着込んでいないと寒いんだよな。
「怪しい連中は居なかったか」
「う、うん、今の所、居ないみたい」
『とりあえず、今日も監視されてる感じは無えな』
「そうか」
早朝の走り込みをすると言い出した時、止めておけ、と俺は最初に言った。
当たり前だろう。早朝の人の居ない時間帯だ。居ても数が少ない。
そんなもの暗殺者側からすれば、狙って下さい、と言っているも同然だ。だが。
『ひ、人が沢山居る、時に、狙って来ないとは、限らない、よね。むしろ沢山居るから狙って来る時も、あると、思う。なら狙い易いよって、身を晒す方が、良いと、思うん、だけど・・・』
この行動が釣りになるのであれば、是非も無いという答えを彼女は出した。
つまり暗殺者除けとして人の中に紛れて、関係の無い犠牲者を出したくないと。
ともすれば無関係な人質が有効と勘づかれ、抵抗出来ない状況を作りたくないと。
むしろ自分が所属している組織の手口を知っているが故に、そう口にしたのだろう。
言動だけ聞けばおどおどしているのに、酷く冷静な状況判断と自己分析をだ。
本当に見た目に騙されてしまう。中身と言動が乖離し過ぎている。
となれば俺に否定する材料も無く、ニルスに気を付ける様に伝える程度か。
「・・・ミクちゃんは、ちょっと狡いよね。鍛錬もせずに、あの力って」
「俺に言われても困る。好きで実験体になった訳じゃない」
それと彼女には、俺の身の上も軽く話してある。
俺も彼女と同じく実験体であり、その成果がこの膂力だと。
魔術も実験体としての成果であり、努力らしい努力はしていない事を。
となれば狡いと言うのも解らなくは無いが、別に望んで手に入れた力では無い。
無論便利だと思っているし、持っていて助かってはいるが、生まれつきの事に言われてもな。
「俺からすれば、お前の方が羨ましいがな」
「え、ど、どこが?」
「・・・いや、今のは忘れてくれ」
「え、あ、うん・・・」
確かに俺は生まれつきの才能を手に入れたんだろう。この力は凄まじいと思う。
だがやはり俺には技量が無い。そして今までの人生で達人になれた事は無い。
ある程度の技量に到達出来ても、それより先に辿り着けないのが俺だ。
それを7年で習得して見せている目の前の少女は、まさしく羨望の対象でしかない。
だがこんな事を言われても困る話だろう。今の俺は本来0歳児な訳だしな。
「さて、食事に行くか」
「う、うん、そうだね、今日は何かな」
『俺は水が貰えればそれで良いからなー?』
『兄はいっぱい食べます!』
突然会話に混ざるな。お前今さっきまで寝てただろうが。
とりあえず無視して部屋を出て、女将に挨拶してから食堂へ。
何時もの席に座っていると、迎えと言わんんばかりの態度の男が入って来た。
「よう、嬢ちゃん。メラネアも、おはよう」
「お、おはようございます、ブッズさん」
組合での身の危険を話した一件せいか、この馬鹿はやけに一緒に過ごそうとする。
馬鹿が馬鹿な事を考えているんだろうが、馬鹿だからもう止めても無駄だろう。
「メラネア、本当にそれだけで大丈夫か? もっと食べないとでかくなれねえぞ?」
「ふ、普通ですよ、私ぐらいの子は、これぐらいで!」
頭を撫でられて少し嬉しそうなメラネアを見ていると、尚の事と言わざるを得ない。
もうこれは手遅れだ。既にこいつは周囲から『関係者』と思われている。
なら・・・一緒に居る時間が多い方が、比較的安全だろう。




