第121話、自分の行動
「いちち・・・メラネアがこんなに強いとは・・・」
「お前は俺達の戦闘を見ていただろうに。何故想像できなかった。ほら、とりあえず治癒術をかけてやるから座れ」
投げられた事で痛む体をさする男に、呆れながら循環をかける。
正直そんな治癒術をかける程の怪我じゃないが、俺の要望に応えた結果だ。
軽い打撲程度でしかないが、とりあえずは治してやろう。
「いやぁ。だってほら嬢ちゃん、あの時は、さ、色々状況が違ったろ?」
「・・・なるほど。まあ、解らんでもない」
言葉を濁したが、狐姿だった事を言いたいんだろう。
あの時は人間の姿では無かったから、それが要因と思ってもおかしくはない。
いや、もしかするとあの時の戦闘の速度に、コイツの目は追いついてなかったか。
何が起きているのか解らないまま、俺が吹き飛び、狐も吹き飛んでいた。
そんな風に見えていたのだとすれば、技量云々に気が付くのは難しいか。
とはいえメラネをよく観察して居れば、ある程度は察せそうなもんだが。
「しっかし・・・昨日も思ったが、嬢ちゃんの治癒術は気持ち良いな」
「そうなのか?」
「おう、なんかこう、内から力が溢れる感じだけじゃなくて、このまま力を抜いてたら眠りそうな感じだな。ポカポカしてるというか、布団に入ってる気分と言えば良いか」
「寝るなよ」
「流石に本当に寝たりはしねえよ」
循環の制御の加減か、それとも魔力の質の差なのか。少し興味は有るな。
俺は自分の循環以外を知らないから、試しに誰かの治癒術を受けて見るか。
「しかし、思った以上に弱かったな、ブッズ」
「酷くない? なあ、その言い方は酷くない? 流石の俺も傷つくよ?」
「なら、思った以上にメラネアが強かった、という事にしておこう」
「すげえ引っかかる言い方ぁ・・・」
だが実際、メラネアには膂力が無い。俺と違って見た目通りの腕力だ。
例え技量が有っても、結局の所力が無ければ難しい事も多い。
だがそれでも投げられ続けたという事は、余りに技量差が開いていた証拠だ。
勿論コイツの技量の低さは理解していたので、そこまでの驚きは無かったが。
「まあ、これで技という物を手に入れた人間の強さ、という物を理解できただろう、お前も」
「・・・そうだな。俺がどれだけ力に頼ってたのかも良ーくわかったよ」
ちらりとメラネアへ目を向けたので、俺も同じ様に目を向ける。
そこに在るのは精霊達と笑顔で会話し、ただの子供にしか見えない様子だ。
防寒具を着ているので尚の事、それなりに鍛えた体という事は解り難い。
だが鍛えていると言っても、あの体格では限界が有るし、ムキムキという訳でも無い。
恐らくは暗殺術を一番使いやすい鍛え方、という事なのだろう。
何よりも子供の見た目で在る利点を捨てない様に、体格で違和感を持たれない様に。
適度に脂肪がある様に見せているのは、完全に道具を丁寧に管理していると感じた。
そんな娘をじっと見つめる男の目が、少々心配を孕んでいる事に気が付く。
「・・・あの子、実際の所は、これからどうなるんだ?」
「とりあえずは自由の身だ。公的機関に罪に問われる事は無い、今の所はな」
「今の所は、か」
「あの娘の価値を考えれば、誰が何を言って来るかは解らん。それを全て辺境領主が跳ね除けられるなら別だが、そういう訳にもいかん時が有るだろう」
全て解決めでたしめでたし、で終われば一番良い話だっただろう。
だがそうはいかない。この娘が大犯罪者という事実は変えようがないからだ。
どれだけ伏せて誤魔化し続けたとて、勘づく人間が居ないとは言えない。
事実領主は気が付き、それでも黙っているという約束でここに居る訳だからな。
「それに、あいつは組織にとって優秀な『道具』だった。捨て置くとは思えない」
「・・・だよな」
何よりも先程考えていた通り、暗殺組織は絶対に彼女を放置はしないだろう。
裏切りの制裁か、壊れた道具の破壊か、どちらの意識かは解らない。
だが、手元を許可なく離れた以上、放置する選択は限りなく薄い。
これが使い捨ての道具、というのであれば別の話だったろうがな。
「メラネアを連れて来た人間は、確実に行先を告げられてきている人間のはずだ。依頼を受けて面倒役が付いて来ているだけ。となれば、帰ってこない事を不審に思う」
「確実に、遠くない内に、誰かが狙って来る。って事か」
「そうなるだろうな」
今まで苦戦はぼ無く負けも無しの大事な道具。それが帰って来なければどう思う。
面倒を見ていた人間の離反か、娘が正気に戻った事を疑うだろう。
となれば確実に追手の類は放たれるし、少なくとも辺境で何が起きたかは調べるはずだ。
「・・・厳しいな、あの子のこれからは」
「だが、悪い事ばかりでもない」
メラネアは領主と繋がりを持ち、そして領主に価値が有ると思わせている。
何より精霊付きという事で、手を出すと危険な存在という認識が広まれば。
例え暗殺組織だとしても、下手に手を出す事は出来なくなるだろう。
「それに、好き勝手には俺がさせん」
「ははっ、それは随分頼りになる話だな」
それに何より、俺が許しはしない。俺にあの娘を仕向けた連中を絶対に。
ここに来た女は殺してしまったが、次に来た奴は殺して「やらない」つもりだ。
情報を吐かせる為に生かして捕える。後は拷問なりなんなりだ。
「俺を怒らせた事を、後悔させてやる・・・!」
思わず殺意が溢れる程には、俺の怒りは未だにくすぶっている。
俺にメラネアを殺させるような、そんな下らない真似をさせた事への怒りを。
絶対に、許しはしない。操られている人間以外は、全員殺してやる。




