第112話、顔見せ
「所でだ、話がまとまったなら二人にもう一つ頼みたい事があるんだが」
「二人に? 俺にじゃなくか?」
「ああ、二人にだ」
「一体何を」
俺一人への頼み事であれば、魔獣関連の話だろうと思う。
いや、現状を考えれば、それ以外の仕事の可能性もあるか。
今回の様に暗殺者を退治してくれないか、とかな。
だが俺達二人にとなると、一体何を言い出すのか想像がつかない。
「騎士や魔術師、後は幾らかの兵士達と顔合わせをして欲しい。二人の精霊付きを公言するのであれば、領主館の者との面識はある方が良い。そんな人間は知らない、会った事も無い、等と言う訳にもいかんしな。何よりそうなると、貴殿等の力を疑いやすい環境になる」
「ああ、本当は存在しないから居る体で話している、と思われるのか」
限られた人間しか俺達を知らないとなれば、ボロが出るのを恐れていると思われかねない。
それが真実では無かろうと、思い込んだ事を真実と考える人間は往々にして居る。
となればボロを出させる為に俺達に手を出す、という展開もあり得るだろう。
周知させればそれが無くなる、と言う訳ではないが、割合は下がると。
俺は正直な所どちらでも良いが、メラネアの事を考えれば受けた方が良いな。
「解った。今すぐか? 後日か?」
「とりあえず手の空いている人間は今すぐ集める」
「全員と顔を合わせなくても良いのか?」
「大多数との顔合わせさえ済んで居ればそれで良い。問題は殆どの者が知らない状況だからな。まあミク殿は別に必要無いとは言えるんだが」
「・・・不本意ながら有名になってしまったからな」
お喋りな門番が、更にお喋りな人間達に伝え、瞬く間に俺の話は広がっている。
街の危険を脅かす魔獣を退治した、とても強い少女が居ると。
勿論本気で信じている訳では無い者も多いが、珍しい存在は娯楽の対象だ。
信じる信じないに関わらず、俺という存在はこの街では有名になりつつある。
元々組合内では知られた顔になったが、まさか街全体になるとは思わなかった。
「では、準備が整えば呼びに来る。それまでゆっくり寛いでいてくれ」
「解った」
てっきり部下に指示を出して残るのかと追ったら、領主は部屋を出て行ってしまった。
それから少し後にノックの音が響き、使用人が茶のお代わりを持って来た。
ただその際にカップが一つ増え、メラネアの隣にスッと置かれた。
「え、あ、あの、これは・・・」
「精霊様のお茶にございます。お口に合えば良いのですが」
「あ、ありがとうございます。ニルス、お茶、飲む?」
『・・・名指しで差し出された物を手に取らないのも悪いか』
てっきり断るかと思ったら、随分と律義な事を言ってテーブルに乗る狐。
そして犬猫が飲むのと同じ様に、舌を伸ばしてチャプチャプと飲み始める。
「・・・もしや、そちらの精霊様は、動物型なのでしょうか」
「は、はい、そうです。狐の見た目です」
『お、良く解ったな』
本当にな。カップが動かなかった事と、波立ち方で推察したのか?
俺はちょっとこの使用人が怖くなって来たぞ。何だその観察眼。
知らない内に余計な事を見抜かれそうだ・・・いや、既に見抜いていそうだな。
その観察眼が有るならば、メラネアの動きに気が付くのは容易いだろう。
「それでしたら、そのお茶は飲み難いのではないでしょうか。熱くありませんか?」
『問題ねえぜ。見た目は狐だが、本当に狐な訳じゃねえし。普通に美味い』
「えっと、大丈夫です。美味しい、です」
「そうですか、良かった。お口に合ったのでしたら、大変嬉しく思います。お代わりをご所望の際はお気軽にお申し付け下さい」
使用人は心底嬉しそうににっこり笑い、すっと部屋の端に下がった。
基本的には空気に徹するが、用が有れば何でもやりますという位置だ。
ニコニコ笑顔で精霊が居る所を見ている辺り、空気になり切れていないがな。
そうして暫く茶を飲んでゆっくりしていると、準備が整ったと領主が戻って来た。
「ミク殿、メラネア殿、行けるか?」
「俺は問題無い」
『兄も問題無いです! お菓子はちゃんと確保してるからね!』
「わ、私も、大丈夫、です」
『まー、ついて行きゃ良いだけだろ?』
領主に促されて部屋を出ると、数人の騎士が後ろに控えていた。
流石に移動に護衛は付けている様だ。当たり前か。
今回の依頼は失敗したが、そのまま失敗で終わらないかもしれない。
特に本来の標的が領主という事を考えると、今度こそ領主をという可能性もある。
「こっちだ」
そうして案内を任せて暫くついて行くと、以前は入れなかった通路へ足を踏み入れる。
関係者以外は入れないと、そう言われたはずの通路だ。通って良いのか?
少し疑問に思いつつも黙っていると、かなりだだっ広い中庭の様な場所に出た。
そこにはこの短時間で集められたのであろう、騎士兵士魔術師がずらりと整列している。
「諸君、急ぎ集まってくれた事に感謝する。故に用件も早々に終えるとしよう。此度は我が騎士に所属する者が、愚かにも私の暗殺を企てた。それを未然に防いでくれたのがこの二人だ。ミク殿の事は知っている者も多かろうが、もう一人の少女はメラネア殿だ」
領主の言う通り、俺の知る顔がチラホラといる。勿論知らない人間も多い。
彼らは領主の言葉を静かに聞き、ざわめきすら起こさないのは流石の練度だ。
「彼女はミク殿と同じ精霊付きだ。それもミク殿をして、敗北をしたと言わせる程の。こう言えば一部の者達は、彼女がどれだけの実力者か解るだろう」
ただしこの言葉には、流石に動揺を見せた者が数人居た。
俺がボコボコにした連中だな。口こそ開かないが目を見開いている。
「此度の件で二人の事を公開する事になり、本人達にも了承は取っている。故に彼女達の存在を周知させる為にこの場に集まって貰った。皆彼女達の顔をしっかりと覚えておく様に」
顔を覚えておくように、か。だがそれだけでは足りない気がするな。
そう思いメラネアに、それから足元に居る狐へ視線を向けた。
「ニルス、少し手を貸す気は無いか?」
『お、何するつもりだ、妹ちゃんよ』
「妹と呼ぶな。ミクと呼べ」
『そうだぞ! 妹と呼んで良いのは兄の特権なんだぞ!』
それも違う。妹じゃないと言っているんだ俺は。いい加減解れ。




