第111話、事実真実
構わない。それで構わない。先程の案で構わない。
言い方によってはどちらとも取れかねない言葉ではある。
だが口を途中で挟んできたという事は、どちらであるかは明白だ。
領主は俺に一瞬視線を向けてから、メラネアへと視線を戻した。
「メラネア殿を引き合いに出しても構わない、という事か?」
「あ、はい、その、その方が、良いんです、よね?」
「私にとってはな。だがそうなれば、貴殿の身に面倒が降りかかる可能性が有るぞ」
「わ、解ってます。一応、その、はい」
胸元で手をもじもじとさせながら、だが確りと頷き返す娘。
気弱そうな声音とは裏腹に、目には強い力が見える。
背筋の伸びた堂々とした佇まいもあり、どうにも声音に違和感を感じるな。
「私は、その、多分大丈夫、です、から」
「・・・ミク殿には失礼な事を重々承知で言うが、私には君は普通の少女に見える。馬鹿な貴族が手を出して来た時に、強く振り払える様な性格には思えない。そこは大丈夫なのか?」
俺に悪いと前置きする必要が有ったのか今の。いや別に気にしていないが。
そもそも俺は生物的に女なだけで、自分が少女だという意識はかなり薄いしな。
まあ俺の場合面倒なら殴るだけ、という前提があるのも大きいんだろうが。
「・・・私は、ミクちゃんに助けて貰ったから、だから、少しぐらい役に立たないといけないんです。私が表に出る事で、ミクちゃんだけに面倒が降りかからない、なら、それが良い、です」
途中はハキハキと喋っていたのに、何故か最後の方は元に戻ってしまった。
だが目には変わらず力が在り、発言を覆すような気配は無い。
そんな娘の態度をどう思ったのか、領主は少し思案する様子を見せた。
だがそれも一瞬の事で、すぐに視線を俺達へと戻す。
「解った。二人がそう言ってくれるのであれば、精霊付きの存在を存分に使わせて貰おう。勿論二人が私の配下だ、等と吹聴はしない。それでも勘違いはされるだろうが・・・良いんだな?」
「構わん。さっきも言っただろう。勝手に勘違いさせておけ」
「は、はい、構いません」
最終確認をしてくる領主に対し、俺も娘も頷き返す。
俺の決定が変わらないのは当然だが、娘の決定に口を出す気は無い。
彼女がそうしたいと決めたのであれば、その意思を尊重するまでだ。
「そうか・・・感謝する」
とりあえずこれで話は纏まった。俺達から話す事は何も無い。
本来ならば話すべき事はあるが、それを話す気はこちらに無い。
先程も娘は発言に気を付けていて、細かい事は口にしなかった。
ただ俺達の関係を「助けてくれた人」と告げただけだ。
「・・・ミク殿、私は今回の件で、これ以上詳しく調べない事を約束する」
「うん?」
「流石に、余り私を舐めないで欲しい、という事だ」
「・・・成程。確かに、少々失礼だったらしいな」
だが流石領主殿と言うべきか、どうやらメラネアの素性に勘付いていたらしい。
ただし怪しい事が解ってはいても、それ以上突っ込んだ事は調べないと。
有用な駒として使わせて貰う代わりに、知らぬ存ぜぬで通す事を約束する訳だ。
大犯罪者。下手をすれば国家指名手配にもなりかねない、凶悪な暗殺者を。
「悪党だな、領主殿」
「貴殿に言われたくない言葉だな、それは。私は領民の生活と今後の有益を考えて、良い方向へ物事を持って行こうとしているだけだ。悪事に手を染めていると言われるのは心外だな」
「ククッ、そうかい」
そうだな。知らないのだから、染めようがないといった所か。
調べなければ解らないし、何も気が付き様が無いからな。
「それにだな、メラネア殿がミク殿と共に居る。この時点で本人の望みでは無かったのだろう事は窺える。ならば事実として、精霊付きの二人に喧嘩を売った事は変わらない。違うか?」
「ああ、確かにそうだ。その通りだな」
メラネアに自由意志が無かった、と言う所までは流石に解っていないだろう。
だが彼女が従うしかなかった理由があり、俺が解決したと思っている。
故に彼女は俺と共にあり、馬鹿も暗殺組織の者も殺した事で死人に口は無い。
残るのは領主の言う通り、精霊付き二人を敵に回した、という事実のみだ。
「私が生きているのは貴殿のおかげだろうな」
「偶然が重なったに過ぎんと思うぞ」
「それでも結果は結果だ。運が良かった、だけでは済ませられんさ」
「随分と律義な事だ」
本来の流れであれば、あの馬鹿は自分の状況に不満を持ち、領主を暗殺する予定だった。
そこに俺はおらず、当然ながらあの狐の状態の娘が襲って来るだろう。
だが狐による暗殺を防げるかどうかは、かなり怪しい所がある。
もし防げたとしても、多大な犠牲を払った上での事だろう。
ああ、そうか。黙っているというのは、命を救った礼代わりも含まれているのか。
「まあ、俺は気に食わない馬鹿を殴っただけだが、領主殿がそう言うなら受け取っておこう」
「ああ、受け取っておいてくれ」
「・・・?」
解りあった様子で苦笑する俺と領主だが、娘だけは不思議そうな表情をしていた。




