第110話、懸念事項
「ずず・・・ふぅ」
「落ち着いたか領主殿」
「・・・正直に言えばまだ落ち着いてはいないが、何とか会話は出来るな」
「なら問題無いな」
「もうちょっと容赦という物を覚えてくれないか、貴殿は」
「良く知らん言葉だな」
精霊付きを敵に回した。その事実はかなり大きい物だと聞いている。
だというのに二人も敵に回していたという事実は、衝撃どころの話じゃないだろう。
最悪の場合、領主の言う通り街が滅んでいてもおかしくはない、と俺も思う。
今まで精霊の力を実感しきれなかったが、メラネアは明らかに格が違った。
相対したどの相手よりも危機感と恐怖、化け物だと感じる存在。
精霊の封印が解けた事で半端に終わったが、続けていればどうなっていたか。
ただ気になる点を挙げるとすれば、継続戦闘能力の話だな。
アレは封印状態が理由なのか、それとも素で継戦能力が低いのか。
どちらにせよ、下手な兵士なら一撃で死ぬだろうし、そこまで問題無い気はする。
「それで、ええと、今更で申し訳ないのだが、お嬢さんの名を聞いても宜しいかな」
「あ、は、はい、メラネア、です」
「そうか・・・メラネア殿、疑う訳では無いのだが、君の口から直接確認しておきたい。ミク殿が言った精霊付き、というのは本当なのかな?」
「え、ええと、精霊付きって言うのが、精霊と一緒に居る事なら、その、そう、です」
「・・・そうか」
領主に応える際、メラネアはちらっと狐を見た。自分に付く精霊を。
その視線の移動をしっかりと追った領主は、恐らく何も見えていないだろう。
だがそこに何かが在るのだと、何かが居るのだという事は解ったらしい。
「ミク殿が強いという程だ。余程強いのだろうな」
「そ、そんな、私は、別に、ニルスが強いだけで」
「ニルス、とは、もしや精霊の名なのか?」
「あ、す、すみません、そうです。精霊の名、です」
「成程、私には見えはしないが、よろしく頼むよニルス殿」
『んー、まあー、それなりに宜しく』
最早狐を抱きかかえ始めたメラネアだが、領主は落ち着いてその手の中に声をかける。
すると狐は返答はしたものの、聞こえていないからか大分適当だ。
「精霊の名・・・名か。ミク殿についている精霊にもあるのか?」
『僕はヴァイドだよ!』
「・・・ヴァイドだそうだ」
「ふむ、そちらも付いているんだな。となると今まで精霊殿、と呼ぶのは失礼だっただろうか」
『別に良いよー?』
『俺も構わねえよ。事実精霊だしな』
「・・・気にしていないそうだ」
「そうか、それなら良かった」
何故俺が通訳の真似事をしているのだろう。面倒くさいな。
狐は人に見える様に出来るらしいが、やらない理由が在るのだろうか。
それに狐に出来るという事は、小人にも出来るのかもしれない。
なら見える様にして、本人達に話して貰った方が・・・。
いや、狐は兎も角小人の方は、見えていると騒ぎを起こしそうだな。却下だ。
「それで、ええと、二人は友人で、二人共にあの馬鹿は喧嘩を売ったと」
「そうなるな。詳しい話は省くが、その事実さえあれば良いだろう?」
「・・・そうだな。大きな理由になるだろうさ。全くとんでもない話だ」
領主は茶を飲みながら、盛大な溜め息を吐いて顔を俯ける。
そんな領主を眺めつつ俺も茶を一口。
娘は下手な事が言えない自覚はあるのか、緊張した面持ちだ。
尋問どうこうの話を昨日したからな。真実を知られては不味いと思っているんだろう。
実際の所は真実など必要ないが。精霊付きが二人いる事実さえ在れば良い。
領主もそれが解っているからこそ、細かい所を突っ込んで来なかったのだろう。
「しかしそうか、二人、か」
だが領主はこの好条件に対し、何故か悩む様子を見せた。
一体何に悩む必要が有るのかと、俺は首を傾げる。
ただ領主の視線が俺ではなく、メラネアへと向いている事に気が付く。
「メラネアがどうかしたのか」
「いや何、彼女の性格を考えると、本当に精霊付きの事を伝えて良いものかと思ってな」
「何か問題が在るのか?」
「精霊付きが一人居る、と言うだけでも多少疑いの目を向けられるんだ。珍しいからな。それを二人居るなどと言ってしまえば、尚の事信用する人間は減るだろう。だが俺が本気で訴えれば、疑いを確認しようとする人間が確実に出て来る。本当なら一大事、嘘なら俺を陥れられると」
確認、確認か。成程本当に精霊付きなのかと、メラネアにちょっかいをかける可能性だな。
礼儀をもって接して来るのであれば良いが、そんな連中ばかりでは無いだろう。
特に今領主が言った様な、領主を陥れたい手合いに礼儀は望めない。
「成程面倒だな・・・」
「ああ、ミク殿だけならば、なにも気兼ねしないのだがな」
それはそれで不満を言いたくなる話だが、言いたい事は解らなくはない。
俺なら何が在ろうと、気に食わなければ殴って押し通るだけだ。
だがメラネアがそうかと言われると、明らかにそんな性格には見えない。
しかしそうか、信じない可能性か。それは考えていなかったな。
勿論信じなかったところで、だからどうしたという話ではある。
何せ実際に俺達は居るし、そこ精霊も居るからな。だが・・・。
「メラネアに面倒がかかるのは、出来れば避けたいところだな」
「そうなると、この件はミク殿だけが関わっているという事にした方が良い、か」
「いい話を持ってこれた、と思っていたんだがな」
「実際良い話だったさ。ミク殿の事だけでもな」
信じている連中は良い。信じていなくとも慎重な連中も問題無い。
だが信じない馬鹿であれば、確かめる為にどんな大馬鹿をやらかすか解らない。
となると大人しい性格のメラネアにとっては、嫌な想いをする可能性が大きい。
「わ、私は、か、構いません。そうしたら、ま、丸く収まるん、です、よね?」
だが悩む様子を見せる俺達に、どもり気味な娘の声が確かに響いた。




