第109話、仕返し
「それで領主殿、今回の件は騎士一人の処分で終わるのか?」
「ミク殿、解っていて聞いているだろう」
俺の問いかけに対し、領主はジト目で返して来た。
「さてな。俺は貴族社会には疎い。泣き寝入りの可能性も無い訳じゃ無いだろう?」
「それが解っている時点で、本当に疎いのか問い詰めたくなるがな」
本当に疎いさ。少なくともこの世界の貴族事情は殆ど知らない。
生前には貴族籍に居た事もあるが、清廉潔白過ぎて排除されたしな。
なので俺は結局の所、貴族の在り方は知っていても、知っているに過ぎない。
その世界できっちりと最後まで生きた、という経験は皆無と断言出来てしまう。
「まあ、流石に証拠が在るんでな。問い詰めさせて貰うつもりだ。公的な処分を後回しに殺した事を理由に、色々と逃げ回る予感はするが・・・それはもう仕方ない」
「殺してしまった俺を責めないのか?」
「責めてどうなると言うんだ。貴殿の対処が無ければ、むしろ貴殿の存在が無ければ、奴はこの屋敷に入り込んで、暗殺者を手引きしていたかもしれない。そうだろう?」
「そうだな。馬鹿でも関係者だし、多少の穴は知っているだろう」
例え全員が真面目に警備をしていたとしても、完璧な警備などありえない。
絶対に何処かに穴がある。身内であれば尚の事穴は突き易い。
暗殺者を手引きする程度であれば、何の問題も無くやれてしまうだろう。
「正直一番面倒なのは、縁を切った者の失態など関係ない、と言われる事ではあるが・・・だとしても証拠が明確に在る以上、奴の評判は確実に落ちる。クソジジイめ、ざまあ見ろ」
「随分な言い様だな」
「そりゃあそうだろう。厄介者を押し付けられていたんだぞ。だからと言ってクビにも出来ず、死なれては困るしで、本当にどうしてやろうかと思っていた馬鹿だからな」
そう言えば最初に会った時も、あの馬鹿の話で頭を抱えていたな。
「死なれたら困るのであれば、現状も問題では?」
「今は困らん。だが当時は困った。馬鹿とは言え血筋はそれなりで、教育を押し付け・・・頼まれてここに置いていた。ソイツが死んだとなれば、俺が殺したのでは等と言われかねん」
ああ、何となく読めて来たぞ、あの馬鹿がここに居る理由が。
つまりあの馬鹿騎士は、実家からも見放されていたのだろう。
だが血筋に利用価値が有ると判断され、この辺境に送り込まれて来た。
それは別に、アレが有能な仕事をするとか、交渉に期待した訳じゃない。
死ぬ事を期待されていたんだ。騎士として危険地帯で死ぬ事を。
その死を理由にいちゃもんを付けて、領主と何かしらの取引をすると。
もしくは領主の評判を下げて、発言力を無くすための策といった所か。
「しかし・・・事実殺しているが、それは良いのか」
「暗殺組織との契約書類が見つかっている以上、たとえ見つけたのが後で在ろうとも、因果関係は逆転する。私を殺そうとしたから処分した、とな」
「貴族らしい話だ」
実際の所は、辺境にて危険な存在を相手にして死んだので、敵方の目論見は叶っていた。
本来は殺した事実が先に来るはずで、だが暗殺という事実がある以上は事情が覆る。
後付けの理由になるはずの事柄が、あたかも事前に知っていたという形に。
となればどれだけ血筋が良かろうと、実家を継げなかった様な馬鹿子息だ。
領主の命を狙ったとなれば、それは処分を免れない。免れるような力が無い。
もし家が助けてくれるのであれば、そもそも辺境に送り込まれていないだろう。
「ならば更に良い案があるぞ領主殿。そのクソジジイとやらを追い詰める案がな」
「ほう、聞かせて貰おうか」
「あの馬鹿は精霊付きを敵に回した。家の名を名乗ってな」
「くっ、成程、精霊が家を敵と見做したと、そう判断させる訳か。中々に人が悪いなミク殿」
人が悪いなどと言いながら、お前の方が余程悪い顔をしているぞ。
愉快気にくっくっくと笑いながら、この場に居ない敵を嵌める算段をしている顔だ。
まあ実際の所は、家を名乗る前に殺したので一切知らないんだが
「だが良いのか。それは貴殿が俺についている、と思われる様な内容だが」
「そんなつもりは無いが、勝手に勘違いした分は知った事では無い」
「成程、承知した。では存分に使わせて貰おう」
俺は別にこの男に付いたつもりは無い。この男も召し上げたつもりは無い。
ならば勝手に周囲が勘違いして、勝手に上手く事を運んでくれるだけだ。
「それともう一つある。むしろこっちが主題だな」
「・・・聞こうか」
そこまで楽しげだった領主は、一瞬で真顔になって聞く態勢に入った。
俺が主題といった事で、余程の重要事項だと思ったのだろう。
話している内容が内容だからな。まあ実際、今から爆弾を落とす訳だが。
「俺の友人であるこの娘も精霊付きだ。しかも俺より強い可能性が有る」
「えぇ!? わ、わたし、負けたよ!? 気絶したし!」
突然話を振られたからか、大慌てで反論する娘。
そんな娘に目を向けながら、俺はそれに対する反論を口にする。
「アレは勝敗に数えられないだろう。途中で止めた様なものだし、俺は終始圧倒されていた」
「えぇ、でも、ミクちゃんの力凄かったし・・・」
「膂力では勝っていたが、技量では負けていた。続けていたらどうなるかは解らん。いや、その話は置いておこう。つまり強い精霊付き二人相手に、あの馬鹿は手を出した訳だ」
大嘘だ。実際は精霊付きと精霊付きをぶつけただけだ。
だがその事実を知る者は居ない。いるとすれば暗殺組織の関係者だ。
それ以外の者にとっては、俺のこの言葉が真実となる。
「領主殿?」
返答がない領主が気になり、視線を向けると天を仰いでした。
「・・・精霊付き二人を敵に回すとか、どれだけ馬鹿なんだ・・・辺境を滅ぼす気か・・・!」
腹の底から怒りの滲んだ声だな。暫くほおっておくか。




