第107話、無意識
茶を飲みながら一息ついていると、ガチャガチャという音が聞こえて来た。
明らかに金属が鳴る音であり、一定のリズムのそれは聞き覚えがある物だ。
鎧を身に纏った人間特有の音であり、更に言えば複数聞こえて来る。
そのどれもが同じリズムで動いている辺り、規律のとれた集団という事だろう。
「騎士か、衛兵か、はたまた貴族の私兵か」
予測のつく範囲ではその辺りだな。少なくとも暗殺者の線は無いだろう。
この娘の強さは良く知っているはずだし、解り易い接近は絶対にしない。
やるとすればひっそりと近づき、ブスッと背後からという所か。
「この音って、昨日の人達、かな」
『さあなぁ』
娘の方も無意識の技術を発揮しており、接近には気が付いている。
狐は当然気が付いていて、これは不意打ちなど中々出来ないだろうな。
丁寧に鍛えた道具という事が、暗殺組織にとっては仇になっていると言える。
『あー、美味しかったぁ・・・いっぱい食べると眠くなるよねぇ・・・すぴー』
何にも反応しないのはコイツだけだ。やっぱりコイツ要らないだろ。
寝てんじゃねえよ。いやもう寝てて良いか。起きてても邪魔だ。
「い、いらっしゃいませ」
「朝早く失礼しておきながら申し訳ないが、我々は客ではありません。用件が済めばすぐに去りますので、少々の滞在をお許しください」
「は、はい・・・」
看板娘は以前の事が頭に在るのか、少し怯えつつも笑顔で迎えた。
プロ根性だなと思いつつ、何時でも動けるように構えておく。
そうして騎士達は当然と言うべきか、俺の下へとやって来た。
知らん顔だな。まあ騎士と一口に言っても、何人もいる様だから当然か。
「俺を捕らえる算段でも出来たか?」
「その件に関しましては、こちらの落ち度を謝罪したく思っております。貴女が受けた仕打ちを考えれば、我々を信用できない事も致し方ない事かと」
「その言い草だと、あの家から何か出て来たか」
「はい、お耳をお借りしても宜しいでしょうか」
大きな声では言えない事、という事か。さてどうしたものかな。
近距離で俺を縛る為の呪いの罠、という線も無い訳ではないだろう。
とはいえ断っても話が進まない以上、聞いた方が良いか。そう思い頷き返す。
「本来はミク殿ではなく、領主様を狙う予定だったとの記録が見つかっております」
騎士は俺の耳の傍に口を近づけ、かなりの小声でそう告げた。
そうか、狙われていた貴族とは領主の事だったか。
暗殺組織との契約書の類は、依頼する側にとっては爆弾を抱える様なものだ。
だが依頼される側にとっては、依頼者の裏切りを防ぐ為の意味合いが強い。
確りした組織で在れば在る程に、その辺りを曖昧にはしない。
この辺りは多少運の要素も有ったが、勝率は高いと思っていた。
何せ精霊付きの暗殺者を抱える組織だ。しかも丁寧に扱ってな。
そんな組織がいい加減な、木っ端組織なはずは無いだろう。
まあ、万が一違ったとしても、結局は俺が追われる身になるだけだ。
「それを伝えに来た、という事で良いのか?」
「いえ、出来れば領主館にご訪問頂ければ、という旨もお伝えしに参りました。今すぐであれば我々が護送致しますし、お時間の有る時でも構いません」
「俺に対し、騎士の護衛を頼めと?」
「・・・面目次第も有りません」
俺の言葉に反論をせず、素直に頭を下げる騎士。
背後の騎士達にも不満はなく、むしろ気まずさが感じられる。
これならば、騎士達の発言は信用しても良いかもしれない。
まあ、こいつらの演技が上手いだけ、という可能性も大いにあるが。
「解った。付いて行ってやる」
「感謝致します、ミク殿」
「礼など必要ない。そういう事情なら、俺も領主に言いたい事があるだけだ」
俺が殺した男は、発言から察するに良い家の出の馬鹿なのだろう。
ならば本来は、殺してしまっては色々と面倒が有るはず。
だが今回領主は証拠を見つけ、本来の標的が自分だと知った。
ならば確実に強気に行くだろうし、それならばもっといい材料がある。
ついでにこちらの条件も何かしら呑ませられれば上々だ。
「いくぞ、メラネア」
「え、う、うん」
『はっ!? 妹どっか行くの!?』
『おう、なんか領主館行くらしいぜ』
声をかけると戸惑いつつも頷き、席から立ち上がるメラネア。
狐はその後ろをついて来て、小人は突然起き上がって走って来た。
来なくて良いのに。お前は寝ていろ。邪魔だ。
とは思ったものの、用件を考えると来た方が良い理由も有ったりする。
全く忌々しい存在だ。邪魔で嫌いで仕方ないが、偶に役に立つのが本当に。
だが騎士は俺が声をかけた事で、初めてメラネアへと意識を向けた。
「そちらの少女は、一体・・・」
「それも含めて領主に話す。伝える事が有るなら奴から伝えられるはずだ」
「・・・承知致しました。表に車が在りますでの、どうぞお乗り下さい」
随分と聞き分けの良い。やはり負い目があるせいか?
それとも騎士として、この娘の立ち振る舞いで何かを悟ったか。
後者の可能性の方が高そうだな。俺が見ても解るぐらい足取りが良いしな。
無意識なんだろうけど、この娘足音が無いんだよ。完全に暗殺者の歩法だ。




