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第106話、翌朝

「ふああああ・・・ん?」


 大あくびをして体を起こし、手に生暖かい感触を感じた。

 視線を向けると見知らぬ娘が転がっており、小さな狐も丸まっている。

 誰だこいつ・・・ああ、そうだ、メラネアを部屋に泊めたんだった。


 いかんな、朝はどうにも頭が回らん。一瞬本気でこの娘の事を忘れていた。

 もう一度大きなあくびをしてから頭を起こし、ベッドから降りて娘に目を向ける。


「それで、何故寝たふりをしている」

「え、あ・・・あ、そうだった、起きれるんだった・・・あ、あはは。今まで体が勝手に動いてる感じだったから、まだちょっと、その、自分で動かすのに慣れなくて・・・」


 起きているのに転がったままだったのは、起きろという命令が無かったからか。

 自分で体を動かすのが慣れない、等という言葉はそうそう聞かないだろうな。

 しかしそうなる程に自由を奪われた人生だった、という事がありありと解る言葉だ。


 子供時代なぞ、人生で一番貴重な時間だろうに。

 その貴重な時間をこの娘は、血濡れた世界で生きて来たのだ。


 文明の程度を見れば、恐らく他にも似た様な子供は居るだろう。

 暗殺組織が在るのなら、そこに拾われた子供なども居ておかしくない。

 子供は洗脳がし易いからな。上手く育てれば忠誠心の高い良い道具になる。


 逆に忠誠心など欠片も必要としない、心を壊した道具の場合もあるが。

 この娘の場合はどちらかと言えば後者だが、幸いは通常の場合とは違う事か。

 心を壊して道具にする場合は、往々にして使い捨てだからな。


「胸糞悪い」

「え、ご、ごめん、なさい」

「いや、すまん、今のはお前に向けた言葉じゃない。気にするな」

「あ、う、うん・・・」


 思わず口に出てしまった。俺は所々こういう所が有るな。

 この娘は無駄に気にする性格の様だし、下手な事を言わない様に気を付けねば

 ・・・何でこんな事になったんだか。いや、俺が連れて来たんだから仕方ないんだが。


 ブッズの奴に預ける提案もしたが、アイツは即座に断りやがった。


『いや、俺に預けられるのは怖いだろ。嬢ちゃんと一緒の方が安心するんじゃねえか?』


 等と、常識的な事を言いやがって。そもそもお前が襲っても勝てる訳無いだろうが。

 俺が危険を感じた娘だぞ。精霊付きだぞ。お前なんぞ一瞬で肉塊にされるわ。

 とは思ったが、娘本人が俺と共に居たい様子だったので仕方ない。


「さて、俺は食事に行くが、お前はどうする」

「え、えと、食べて良い、のかな」

「既に宿代も食事代も払っている。食べない方が損だぞ」

「あ、う、うん・・・ニルス、起きてる?」

『ふああ~・・・おう、起きてるぞー。食堂だなー?』


 着替える俺に応えると、娘は狐を起こしてから着替えを始めた。

 娘が来ている服は昨日古着屋で買った物で、全体的にモコモコだ。

 結構寒がりなのか、俺と同じぐらいの厚着で丁度良いらしい。


 狐は大あくびをしてからベッドを降り、娘の足元をちょろちょろしている。


「あ、あの、ヴァイド君は、起こさなくて良いの?」

「煩いから要らん」

「そ、そう、なんだ・・・」

『兄貴への扱いが雑だねぇ。いや、妹なんてそんなもんか』


 妹では無いし、兄だから雑な訳でも無い。だがその説明も面倒だ。

 そうしてお互いしっかりと着替え、暖かい恰好をしてから部屋を出る。


「おや、おはよう二人共」

「おはよう女将」

「お、おはようございます」

『はよー』


 何時も通り暖炉に火を入れてる女将に挨拶を返し、見送られながら食堂へ向かう。

 当然ながら狐の事は見えていない。そういえばメラネアは小人が見えているな。

 精霊付きでも見えない時が有るという話だったが、やはり実験を受けたせいだろうか。


「あ、ミクさん、おはよう」

「ああ、おはよう」

「メラネアちゃんも、おはよう」

「お、おはよう、ございます」


 看板娘も何時も通り迎え入れ、そしてメラネアの頭を撫でて声をかける。

 俺と同じぐらいの子供ではあるが、おそらく庇護欲を覚えるのだろうな。

 引っ込み思案でどもり癖の有る様子は、優しい人間にとっては保護対象か。


 ・・・その実下手をすると俺より強いのだから、世の中解らない物だ。


「メラネアちゃんは、昨日食べた量と同じぐらいで良いかな?」

「え、えの、も、もう少し、減らして貰えると・・・朝は、ちょっと、そんなに・・・」

「ん、解った。お父さんに伝えておくねー」


 看板娘が厨房に向かったので、俺は何時もの席へと陣取る。

 メラネアも隣に座り、やけに姿勢の良い姿に視線が行く。

 昨日もそうだったが、基本的に動きは良いんだよなこの娘。


 寒さで丸まっている時は別だったが、防寒具を着込んだ後の動きはきびきびしていた。

 どもり気味な話し方とは裏腹に、何時も背筋は伸びて足取りも軽い。

 7年の鍛錬の成果が無意識に出ている、といった所なんだろうな。


 つまりこの子供を舐めてかかると、急所狙いの蹴りと投げが飛んで来る訳だな。

 ・・・俺より性質が悪くないかコイツ。素の膂力が無い分余計に詐欺だろう。


「はーい、ミクさんおまたせー。メラネアちゃんはもうちょっと待ってね。量が少ない分美味しーの持って来るから。あ、でもうちの料理は全部美味しいよ!」

「は、はい、ありがとうございます。昨日も、美味しかった、です」

「ふふっ、こちらこそありがとう」


 二人の会話を聞きながら早速食べ始め、そうしている間にメラネアの分が届く。

 その量はどうにも少なめに見えるが、本人曰く丁度良いらしい。

 昨日も全然食べてなかったしな。この年頃の女子とはそんな物だったか?


「ふう、美味しかったぁ。ニルスも食べたら良いのに」

『俺は良いんだよ。むしろ何でもかんでも食べるヴァイドの奴が特殊なの』

「そ、そうなんだ」


 図らずも、精霊をして『特殊』と呼ばれる存在だと知れてしまった。

 アイツはどこまで訳の分からない存在なんだ。


「・・・昨日も思ったけど、凄く良く食べるよね、ミクちゃん」

『メラネアは食わなすぎだけど、嬢ちゃんは食いすぎだな』

「食わんと足りんのだ。この体はな」


 同じ実験動物の身でも、やはり系統が違う、という事なのだろうな。


『兄、さん、じょう!』


 しなくて良い。食べるのに邪魔だから胸元から出て来るな。


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