第105話、才能の差
「先ず目先の問題点として、服が要るな。何時までもその恰好では動き難いだろうしな」
今の娘の恰好は、男上着を羽織っている状態だ。明らかに大きい。
しかも上しか着ていないから、下からの風が冷たいだろう。
偶に震えながら丸くなっているので間違いない。
「あ、ええと、でも、その、私、お金・・・」
『俺達無一文だから支払いは出来ねえぞ?』
「解っている。だからこそ懐でも漁れば良かったと思っていたんだが・・・まあ良いか」
俺の手元にはそれなりに金が有る。この娘の服を買う程度の金は。
武具店の防寒具なら少々足が出かねないが、とりあえずの服なら問題無いだろう。
泊る所も無いだろうし、そっちの分の金も要るな。生活費が無いと話にならない。
「暫くは貸しておいてやる。生活が安定したら返せ」
「あ、ありがとう・・・」
『ありがとな、妹ちゃん』
「妹ちゃん言うな。名を呼べ」
『・・・妹ちゃんの名って聞いたっけ?』
「・・・そう言えば名乗ってなかったな」
娘と狐の名はお互いが呼んでいたので知っているが、俺は名乗っていなかったな。
「俺の名はミクだ」
『僕ヴァイド!』
・・・何でお前は俺が名乗ると一緒に名乗りたがるんだ。
しかもさっきまで様子が変だったのに、もう普段通りになっている。
出来れば静かなままが良かった。
「ミクちゃん、ヴァイド君・・・」
『おう、覚えたぜ。宜しくな。んでそっちのでかい兄ちゃんは?』
「コイツは・・・」
あれ、そう言えば聞いた覚えがないな。
名乗った覚えも無ければ、名乗られた覚えも無い気がする。
首を傾げながら男を見上げると、男も少し首を傾げて俺を見下ろす。
「お前の名、聞いていないよな?」
「一応嬢ちゃんには、名乗った覚えはあるんだよなぁ」
男は溜め息を吐くが、そんな覚えは一切無い。何時の話だ?
「そうだったか?」
「護衛任務の時に一応な。覚えてないんだろうけど。つーか興味も無かったんだろ嬢ちゃん」
「そうだな」
『妹はあんまり周囲の事に興味がないもんねー』
あの頃のコイツとの接点なぞ皆無だったし、こうやって話す関係になるとも思わなかった。
だから興味は無かったし、そもそもコイツの話も殆ど聞いていなかった。
名という点の話をし出すと、こいつどころかゲオルド達以外は一人も覚えていない。
「え、あの、お二人は、お仲間とかじゃ、無いんですか?」
『仲良さそうだから兄貴かと思ってたぞ』
「違う」
『兄の座は渡さんぞぉ!』
煩い。そもそも妹の俺がお前を兄と認めていない。いや違う妹じゃない。
ああもう一々ズレた返答をするな面倒くさい。もう今日は投げ捨てようかな。
等と思いながら精霊を見つめていると、男の方が説明の続きを口にする。
「俺達の関係は簡単に言えば、嬢ちゃんに世話になってる、ってだけだな」
「・・・? 逆、じゃ、なくて、ですか?」
「逆じゃないんだよなぁ、これが。嬢ちゃんに面倒をかけて、命を救われて、色々と目を覚まして貰って、今は鍛えても貰ってる。世話になってばっかりだよ」
『まー、兄ちゃん余り強くなさそうだもんな』
精霊の目からは、この男の明確な実力が見えているのだろうか。
俺は感覚的に強くないと感じるが、これの精度は余り高くない。
なにせゲオルド達に対しても、余り危機感は感じなかったからな。
手合わせと実践を見た事で、初めて力量を理解したぐらいだ。
・・・そう言えば、この娘の技量について気になる事が有るな。
「一つ気になる事が有るんだが、聞いて良いか」
「な、なに、かな」
『知ってる事なら何でも答えるぜ』
「なら気兼ねせず聞かせて貰おう。俺はお前達と相対して、敗北が頭を霞める程に技量差を感じていた。あの技量は狐の物なのか、それとも娘の方なのか、どちらなんだ」
「あ、あれは、どっち・・・なんだろう? ニルス、なのかな」
『多分メラネアの力じゃねえかなぁ。暗殺組織に売られた後で、メラネアは命令されるがままに戦闘技術の反復練習してたし。膂力だけでは限界がある、とか誰かが言ってた気がする』
体に染み込む程の修練を7年続けた結果、その技術と身体能力が合わさったのか。
羨ましいというのも酷い話だが、少しだけ羨ましくは有るな。
俺は何十年と修練を続けた所で、あの動きを出来る気がしない。才能の差だな。
いや、今の体で努力すれば、技術は手に入るのだろうか。
昔と同じ感覚で居たが、今の俺の体も才能の塊な可能性はある。
魔術の鍛錬も何とかはなった訳だし、アレは明らかに体の才能のおかげだ。
・・・いや、不明瞭な事への努力よりも、明確な結果を先に求めよう。
勿論暇があれば技術を磨くのも良い。だがそれを主軸にしてはいけない。
俺の一番の才能は、魔核を食べて身体が強化される事だ。
一番磨き易く解り易い才能な以上、これを優先するのが一番だろう。
「えーと・・・所で、俺名乗って良いのか?」
「あ、ご、ごめん、なさい。ど、どうぞ」
そう言えば、そうだったな。因みに男の名はブッズだった。
まあ、知った所で今後名を呼ぶかどうかは解らんが。
とりあえず古着屋へ行こう。それから宿に行って食事だ。




