第100話、精霊の意図
何故やる気になったのか、なぜ突然怒っていると言い出したのか。
それに怒っていると言っている割には、そこまで怒りが見えないのは何故なのか。
色々と疑問は尽きない。そういう意味で言えば、自分の行動こそが謎過ぎる。
だがそれでも気が付くと少し後ろに下がり、精霊の邪魔にならない位置に立っていた。
「・・・まあ、良いか」
良く解らない感情に考え込んでいても、結局の所は良く解らないだけだ。
何故か解らずとも、俺は精霊に任せる判断をした。してしまった。
なら結論を出してしまった以上、精霊がやられるまでは静観しておこう。
だが精霊がやられる事態が起これば、その時はまた俺が戦うだけだ。
『プンプンなんだぞコラー!』
「・・・?」
・・・精霊の良く解らない態度に、殺気塗れだった狐が困惑している。
だがその視線が『精霊の居る辺り』ではなく、しっかりと精霊を見つめている。
精霊の動きに合わせて視線も動いているので、あれは確実に見えているのだろう。
初めて俺以外に精霊を視認できる人間と会ったな。
『むむむ・・・ここだー!』
緩い掛け声とは裏腹に、精霊は突然凄まじい魔力を放って狐を吹き飛ばした。
狐が放った衝撃波に似ている。殆どノーモーションから放つ遠距離攻撃。
いや、歩いて近づいていた辺り、距離制限は有るのかもしれないが。
「ギャンッ!?」
ともあれ狐はその一撃が予想外だったのか、悲鳴を上げて吹き飛んでいく。
威力が狐の放った物と同じなら別だったろうが、込められた魔力が段違いだった。
いや、純粋な魔力量というよりも、放たれた魔力の密度が違う。かなりの高密度だ。
恐らくは密度が高ければ高い程、あれの威力は上がるのだろう。
以前は一瞬見ただけで解らなかったが、遠目でじっくり見たから理解出来た。
今度練習してみるとしよう。アレは使えたら大分有用そうだ。
だがあの一撃程度で狐が死にはすまい。アレは俺の一撃と同じ程度だ。
なら魔力を纏った狐が耐えられないはずが・・・何だと?
「・・・子供?」
狐は起き上がる事は無く、更には倒れた狐が子供の姿になってしまった。
逆関節だった足は、その名残など一切無い人間の足になっている。
そもそも大きさが大分違う。さっきの狐はもっと大きかった。
だが今は俺とほぼ大差ない処か、下手をすると俺より小さい。
性別はうつ伏せだから解らない。だが仰向けでも同じかもしれない。
この頃の子供というのは、見た目では男女が解らない子供も多い。
いや、そんな事はどうでも良い。混乱し過ぎてどうでも良い事ばかり考えている。
『ふいー! 流石は僕! いい仕事したぁ!』
訳が解らず困惑している俺を置いて、精霊はやけにすっきりした様子だ。
というか、完全に事を終えた気分になってやがる。待てコラ。説明しろ。
「え、ええと、決着ついた、のか? というか、どうなってんだこれ? てっきりこの辺りには珍しい獣人かと思ってたんだが・・・どう見ても人間の子供だよな」
「・・・決着は、ついたんだろうな。だがコイツの事は俺にも解らん」
狐が倒れた事で決着がついたのだと、男が恐る恐る近づいて来た。
だが何が起きているのかと問われても、俺の方こそ解らないと言うしかない。
何よりも不可解なのは、あの一撃で決着がついた事だ。それが一番解らない。
精霊の一撃は、確かに重い一撃だった。だが致命の一撃では無かったはずだ。
少なくとも、あそこまで戦えた狐が倒れる様な、そこまでの重さは無かったはず。
『やったああああああああ!』
だがそんな訳の分からない俺に、更に訳の分からない光景が飛び込んで来る。
倒れ伏した子供の背中から、小さな狐がぴょこんと出て来た。
しかも何故か物凄く嬉しそうに、ピョンピョンと飛び回っている。
『ありがとう! 本当にありがとう!』
『どういたしましてー!』
そして小人の精霊に近づくと前足を上げ、タッチするかのような仕草を見せた。
小人精霊もそれに応え、手を上げてパーンと叩き合う。
あの狐はもしかして精霊か。もしや狐の獣人になっていたのはこれが要因か?
『いやぁ、びっくりしたぜ。まさか人間の中に閉じ込められるなんて』
『出れないよねー。僕も閉じ込められたから大っ嫌い。でも外から殴ると簡単に壊れるんだー』
『それにも驚いた。驚き過ぎて本当に出られるのか疑ったぜ。そうだ、そっちもありがとうな、この子を殺さないでくれて。加減してくれたんだよな?』
『むふー。匠の技です』
狐は人間に閉じ込められた。小人の方も閉じ込められた。外からは簡単に壊れる。
この三つの発言で、精霊が何を見たのか、そして何をしたのか想像がついた。
小人の精霊が閉じ込められていた場所と同じ術が、この子供にされていたのではと。
結果この狐の精霊は子供の中に閉じ込められ、自由が無かったという所だろう。
なら精霊が怒っていたというのは、封印に気が付いて気に食わなかったのか。
『でもねー、加減したのはね、殺しちゃうと妹が泣いちゃうからなんだー』
『妹? ああ、成程妹。そっか。でもありがとうな』
おい待て今のはどういう事だ。何故この子供を殺して俺が泣く。
コイツは敵で、殺しにかかって来た。ならただの敵だ。
殺した所で心など痛まないし、そもそも狐は何で妹で納得してやがる。
「う・・・ここ、は・・・さむっ・・・あれ、喋れる・・・・・・喋れてる!?」
そこで子供が起き上がり寒さに震え、そして言葉を発せる事に驚いていた。
・・・まさか、まさかとは思うが、この子供は自由意志が無かったのか。
『おはよう。やったぜ親友、これでお互い自由の身だぁ!』
「あ、に、ニルス・・・だよね?」
『何で不思議そうなんだよう。どう見てもニルスだろがい』
「いや、えっと・・・だって・・・私の知ってるニルスは、もっと大きかったし・・・」
『アレは本当の姿だからな。あの姿だと他の人間にも見えるから面倒なんだよ』
「そ、そっか・・・」
和やかに会話をする二人だが、そんな二人を見る俺の感情は穏やかではない。
想像がつく範囲の事で拳を握っていると、精霊がトテトテと戻って来た。
『妹は実験された人間を殺すと、とっても泣くでしょ? 良かったね、助かって』
つまりはあのまま戦っていれば、この子供を殺していたという事だ。
本人の意思ではなく、誰かの命令で戦わされ、それを殺していたと。
精霊は俺がその事で心を痛めると思い、だから代わりにやったと。
解決方法の解らない俺よりも、自分でやった方が良いと判断して。
馬鹿な話だ。何故俺が心を痛める。何故泣く必要が有る。
俺は悪党として生きると決めた以上、人を殺す覚悟はしている。
今更子供を一人殺めた所で、俺が一体どうなるというのか。
「・・・くだらない」
くだらない。本当にくだらない話だ。何の意味も介在はしない。
だが、ともあれ、だ。こんなふざけた真似をした奴は、絶対に殺す。
相手がどんな大貴族だろうと、領主の約束も知った事か。




