身長2mの令嬢になってしまいましてよ〜!?
私、マチルダ・グリフィスは転生者である。が、この設定が生きることはほぼないので忘れてくれて構わない。
というか、私もほとんど忘れている設定だ。
今世の私はサーナイル侯爵家の長女に生まれ、上に歳の離れた兄が二人いる末っ子だ。サーナイル侯爵家は騎士の家系で、父も兄二人も騎士として働いていて、私も将来的は騎士か護衛侍女くらいにはなるため学院の騎士クラスに通っている。
前世の物語の中では、転生した時には女神様に迎えられ何かしらの使命を拝命し転生の特典として「チート」と呼ばれる何かしらの特殊能力を授けて頂けるとのことだが、そんな記憶はないし魔法が使えるだとか妖精が見えるなどもない。
この世界の言語も私が赤ちゃんの頃から必死に覚えて、教わってきたものだ。
前世の発明品や文化も、まず前世の私が原理や作り方を理解してないので再現不可能。
つまり結論、人生はズルできない。
と、思っていた。15歳になるまでは。
「……でさ〜〜〜わぷっ!?」
廊下を歩いていると突如、曲がり角から小走りでやってきた少年が私の胸の中に飛び込んできた。
「え、え、何!?柔らか???」
飛び込んできた少年は突然の障害物に驚き、ぶつかった目の前の物体に忙しなく手を動かす。
「おい!馬鹿お前!!!」
後ろで呆然としていた友人と思わしき少年が、慌てて彼の首を引っ掴んで引き離しその場に跪く。
「グ、グリフィス令嬢!連れがとんでもないことを……どうかお許しください」
「グリフィス令嬢…………?」
少年は引き離されてようやく自分が何にぶつかったのか理解したらしく、顔を赤くしたのち青くしていく。
「も、も、申し訳ありません!!!令嬢とは知らず、その、令嬢の胸に無礼を!あ、いや!ぶつかってしまって申し訳ありません!!!」
慌てて跪くというより土下座をしているに近い形で謝罪を述べてくれるが、慌てすぎて失言が多い。
「………いえ、お気になさらず。ただし、よそ見をして歩くのは紳士らしくありません。ぶつかってしまったのが私でなければ怪我をしていました」
「申し訳ありません!」
「今後は気をつけてください。では」
礼を一つしていく去る私の背に何やら呆然と溢す声が聞こえてくる。
「あれがグリフィス令嬢か……本当に背も乳もデカかった」
「お前はまた……」
そう、私は全てがデカい身長2m20cm越えの令嬢に転生してしまったのだ!
因みにこの世界でも男性の平均身長は172cm、女性は160cmなので私が規格外にでかいだけだ。街を歩いていても私より大きい人間は見たことがない。
図体もデカい、胸もデカい、尻もデカい。騎士見習いを目指しているから筋肉もそれなりにある。
こんなヒロインや悪役令嬢やモブがいるだろうか?いやいないだろう。よって断言する。
ここは創作物の中ではないと!
今度は誰かにぶつかり跳ね飛ばさないよう細心の注意を払いゆっくり歩いていく。人々に避けられながら廊下を進んでいると、私を聴き慣れた声が呼び止めた。
「おい」
誰とは言っていないが、多分私だろうなと振り返るとやはりそこには私の婚約者が立っていた。
「マーティン様。ご機嫌よう」
「ご機嫌よう、グリフィス令嬢。少しいいかな」
彼はビシュート公爵家嫡男のアーサー・マーティン。私の幼い頃からの婚約者である。
高位貴族が集まる特別クラスに入るくらいお金持ちで、学年上位に入るほど頭も良くて、騎士クラスの人間にも負けないくらい剣の腕がたち、身長も189cmとなかなかの高身長で、婚約者がいるにもかかわらず女性からのアプローチが絶えない美男子である。
が、今は美しい顔を不機嫌そうに歪めている。
「はい、構いませんが」
「では少し失礼して……なんでさっきの者たちを見逃した?」
同意するや否や彼は素早く私を非難した。どうやら先ほどのやりとりを見ていたらしい。
「人にぶつかる程度、誰しもあるでしょう。謝罪もされていましたしそれ以上騒ぎ立てる理由が?」
「身体を触られていただろう」
私の返答に彼はより顔を顰める。
マーティン様は普段周りには優しく振る舞っているが、私には何かと突っかかることが多い。曰く、私のマイペースなところが嫌いらしい。
彼がこんなに怒る理由が分からず「はぁ」と気の抜けた返事をした私に更にイライラしてきたのか今度は足をコツコツと踏み鳴らす。
「身体を触らせて見逃したとなれば、君はふしだらな女だと思われるだろう。未来の公爵夫人、私の妻となる女性にそんな不名誉な俗言がつけばビシュート公爵と僕にも傷がつくんだよ。だいたい、身体を触られておいて動揺一つ見せないきみの品位はどうなって……………」
マーティン様はお説教モードに入ってしまったようで、洪水のように言葉が止まらない。まぁ、大体は私の行動の不用意さとそれに対するマーティン様への損失の話だ。
「10歳のときだって………」
「…………」
別にこのまま黙って聞いていても良いのだが、もうすぐ移動時間が終わってしまう。マーティン様の話は私の10歳の頃の話に突入し、まだまだ終わりそうにないのでもはや強行手段に出るしかなさそうだ。
「マーティン様」
「なんだ。君はちゃんと話を聞いて、」
マーティン様の腕を強く引き、そのまま強く抱き寄せる。
「わっぶ、」
「よしよし、そんなに怒らないでください」
よろめきながら弾力抜群の私の胸に飛び込んだマーティン様の後頭部を押さえ込み、撫でる。
こうするとマーティン様は最初は羞恥から暴れるが、最後にはその柔らかさに黙り込んでしまうのだ。
「っっっ!!!だから君はそれをやめろ!品がない!!!」
マーティン様が必死に顔を上げて、顔を真っ赤にして怒る。
普段は冷静な方なのにこういうところは子供らしくて、つい癖になってしまう。
それにちょうど良く胸の上にマーティン様の頭が乗って大変抱きやすい。
「私たちは婚約しているので抱き合うくらい問題ないでしょう」
「それでも、こんな……学校で………」
マーティン様はキョロキョロと周りを伺っているが、あまりに
大胆な逢引きの様子にみんな顔を逸らしている
顔を動かすたびに目の前の栗色の髪は柔らかく揺れて、私は思わずその髪に顔を埋めた。シャンプーの匂いなのか整髪料の匂いなのか甘いいい匂いがする。
「ふふふ」
「!」
私が1人で楽しんでいるとマーティン様が弾かれたように顔を上げ、空のように青い目と目が合った。
しかし、すぐに目は逸らされる。
「何で、こんなときばかり笑んだよ…………」
私が笑っていることも気に入らなかったらしい。
普段はもっと笑えとうるさいのに注文が多い人だ。
「もういいだろ。早く教室に行くぞ」
マーティン様は私の胸から抜け出すと私の腕を取りエスコートしながら教室へと向かう。
私はその令嬢扱いが、何だかくすぐったかった。
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「どうなってるのよこの世界は!!!」
学園で一年を締めくくりとして開かれたパーティーで、小さくて可愛らしい栗毛にピンクのドレスを纏った少女が私の前で崩れ落ちて泣き出した。
私の周りには婚約者のマーティン様、幼馴染みであるハリス様と双子のワトソン兄弟、友人のシャーリーとその兄フレデリック様とグレースが集まっている。
彼らは一様に目の前の少女に呆れたような目をしており、抱き起こそうとする者はいない。
「ええっと……テイラー嬢?」
「こんなに美形が揃ってるから!絶対何かの乙女ゲームだと思ったのに!私は可愛いしヒロインになれると思ったのに!」
代表して私が心配して声をかけてみるけれど男爵家のアメリア・テイラー嬢は全く聞く耳を持たず、わっと泣きながら勝手に自分の考えを吐露していく。
「可愛い美形の双子なんて絶対メインキャラだと思ったのに、話しかけても意地悪ばっかり言ってくるし、双子の違いなんて分かるわけないじゃない!」
「勝手に近づいてきといて何なんだよ」
「嫌なら話しかけるなよな」
ワトソン兄弟は迷惑そうにやれやれと首を振った。
確かに2人は美少年で双子というのもこの世界では珍しいので創作物ならメインキャラになれそうだ。しかしそれ以外は妖精が見えるらしいくらいの普通の少年たちなので攻略キャラにするには薄いだろう。
因みにテイラー嬢は見分けがつかないようだが、兄のライリーは少し強気な性格で弟のルイは少しぶりっ子だ。
よって1番最初に話し始めてふんぞりかえって腕組みをしているのがライリー、頬に手を当てて当てて呆れているのがルイだ。
私もいまだに見分けがつかなくなるからテイラー嬢の気持ちも分かる。
「遊び人な優男なんて絶対メインキャラだと思ったのに、遊び人なんて嘘で全然健全で腕組みもキスもしてくれないし!」
「もしかして俺のことなのかな?婚約者でもない女の子と浮き名を流すなんて、商人の息子として評判の落とすようなことするわけないだろう」
言及されたハリスは困ったように頬を掻いた。
ハリスは商団を持つ伯爵家の息子で、遊び人と言われているがあくまで貴族の中ではという話なので平民と比べるとそうでもない。彼は結構ロマンチストなので初キスも大事に取っているし恋愛結婚を夢見ていているので、攻略キャラとしては面白いだろうが幼馴染としてはちょっと心配だ。
因みに私は彼の初恋の人を奪ったといわれて恨まれている。
「公爵家でお金持ちで顔も頭も良くて婚約者とよく喧嘩してるなんて絶対メインキャラだと思ったのに、婚約者がこんなデカブツなんてライバルキャラの設定間違えてるのよ!」
次の標的はマーティン様だ。
分かる、分かるよ。私もこんなスパダリみたいな設定の婚約者だなんていまだに信じられないから。
私だけ世界観がみんなと違いすぎて、私だけ生まれた種族が違うんじゃないかとちょっと疑っている。シャーリーと初めて会った時も「巨人族だ!」と言われたからね。
こんな規格外の令嬢がライバルキャラではさぞ怖かったことだろう。
テイラー嬢に同情していると、マーティン様が私をテイラー嬢から隠すように(全然隠れてないが)一歩前に出る。
その表情は後ろから見れないがどうやら怒っているらしい。
「……まさか、“デカブツ”とは俺の婚約者のことか?」
プライドの高いマーティン様は自分の婚約者が馬鹿にされることを許さない。入学当初に私が学園内でバケモノ扱いされたことを1番怒ってくれたのはマーティン様だった。
いつも私にイライラしているし、この婚約も不本意であるはずなのに彼はいつも真剣に私を婚約者として扱う。
「何でその婚約者を庇うんですか!?何がいいんですかそんな朴念仁!!!」
その言葉にぴくりと私の周りにいた友人たちが敵意を剥き出したのがわかった。
「確かにマティは鈍いし粗野で愛想笑いの一つも出来ない女性だけれど、素直で安穏で心身共に強くて他者を慈しめる人間だ。何も知らないくせに見た目だけで俺の婚約者を侮辱することは許さない。
大体、君は俺が好きなわけじゃないだろう。玉の輿でも狙っていたのか知らないが、俺はマチルダと結婚する。これは家とは関係なく、俺が決めたことだ」
そう言い切ったマーティン様に私は心が温かくなった。
まさか彼がそんな風に思っていたとは。他人にどう言われようと気にならないが、いつもツンツンしている彼にそんな風に言われるのは、嬉しいと思う。
敢えなく振られてしまったテイラー嬢は唖然としたのち、令嬢の体裁を投げ捨ててドレスのまま床に這いつくばりより一層ギャンギャンと泣き始めてしまった。
「じゃあ私が転生した理由って何なのよ!意味わかんない!日本に帰して!もとの世界に帰して!うわーん!!!」
あぁそうか、可哀想に見知らぬ土地にひとりぼっちで心細かったのか。分かる分かる、私も愛着はないのに急に日本が恋しくなるときがあるから………
ん?日本?
……え、もしかしてテイラー嬢も転生者?
「あの、テイラー嬢」
「うるさい!テレビも漫画もないしこんな世界全然楽しくない!おしへしの小説も最後まで読めてないのに〜〜〜」
私は「おしへし」という単語にふむ、と少し前世を振り返る。前世の私もそのおしへしとやらを読んだ記憶がある。
「えっと、カトリーヌとウィステリアは結婚して公爵夫妻になりましたよ」
「え!?国王と王妃になるんじゃないの!?」
「もともとウィステリアは公爵家に婿入りする予定だったのですが、公爵が暗殺未遂で足を怪我したことで当主交代することを発表して直ぐにウィステリアと結婚して公爵家を継ぐことになったんですよ」
「あ、あそこまで暗殺企んでおいて第一王子が王太子になるの!?」
「いや今まで登場が少なかった第一王女が中立派の宰相の息子と婚約して王太子になって、第一王子は王位継承権を剥奪されて辺境に送られてたわ」
記憶はあやふやだけれど、確かそんな結末だったはず。テイラー嬢は「はぇ〜」と令嬢らしくない気の抜けた声で呆けている。
「え、てか何でおしへしを知ってるの?もしかして………あんたも転生者?」
「……まぁ、1割くらい?」
「やっ……!やっとおんなじ人に会えた〜〜〜〜〜〜〜」
テイラー嬢が顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら私に抱きつく。
私は同郷のよしみとひてよしよしと彼女を宥めた。
「………で、結局この茶番は何なんだ?」
困惑した友人たちを代表してマーティン様がそう聞いてきたけれど、私もよくわらない。
「さぁ?」
「君はいつもそうだ。何も分からないのに、何も分からないままことを解決させる」
マーティン様はいつものように、呆れた仕草でため息を吐いた。
こうして訳のわからない茶番劇は幕を閉じた。
そうして予定通り、学園卒業とともに私とマーティン様は結婚した。
式当日は晴天で、純白のタキシードを纏う彼はまるで彫刻のようだった。
「マーティン様は今日もかっこいいですね」
「君はまたそう言うことを照れずに真顔で……まぁいい。もう夫婦になるんだ、いちいち君の言葉に翻弄されたりしない。どうだ?これで少しは“名前負けしていない”だろう?」
「?何ですかそれ」
「君が言ったんだろ!初対面の僕に“名前負けしてる”って」
「う〜ん。言ったような……ないような」
初めて会ったときからマーティン様は意地悪な人だった。だから多分、物語の中の騎士、アーサー王のような人ではないと揶揄したんだと思う。
「そうですね。今は騎士様のように見えますよ」
「騎士?……まぁいいか。君の背には届かなかったが、僕も十分大きくなった。並んでも不恰好にはならないだろう」
「あっ……式の前に最後の確認なんですけど」
「?何だ?」
「誓いのキスは屈んだ方がいいですか?」
「………っ!お、!」
教会の鐘の音に混ざり、馬鹿!と新郎の大きな罵声が響き渡り、集まった人々は「こんな日でもいつも通りの2人だ」と笑った。
これは、どの物語でもなかった、マチルダ令嬢の物語。
*マチルダ・グリフィス→マティ
転生したら2mの巨女に成長した。サーナイル侯爵令嬢。
騎士の家系であり、屈強な家系。上に兄が二人いるが、いずれも高身長でムキムキ。父もムキムキ。母は他国出身。
幼い頃から背が高かったが伸び続けている。
アーサーに合わせてちまちま歩いている。
髪は赤毛に茶色の目。美人ではある。226cm。
10歳の初めてのお茶会ですでに152cmある。
*アーサー・マーティン
ビシュート公爵家嫡男。マチルダの婚約者。自分で顔がいいことも頭がいいことも理解していて少し鼻持ちならないが、マチルダにコンプレックスがある。陰で努力するタイプ。
容姿端麗、成績優秀で優しく、非の打ちどころのないように見えるが内心はプライドが高い。新入生にはその姿から人気だが、同級生からはマチルダといつも小競り合いをしているのを見られており本性がバレバレで残念な人として扱われている。
趣味は筋トレだが、筋肉がつかないのが悩み。
子供の頃は背が低く細く女の子みたいなのが悩みで、マチルダに名前負けしてる(熊のように強いという由来)と言われたのを根に持っている。
マチルダはいつもおでこあたりを見ながら話している。
マチルダに合わせて早歩き気味。
青い目に栗色の髪。身長は189cm。