友好的な戦闘
大日本帝国とオスマン帝国は、第一次世界大戦以外で対立した事はない。
その第一次世界大戦だって、直接戦ってはいない。
そしてオスマン帝国の後継国家トルコ共和国とも関係良好である。
第二次世界大戦最終盤で、トルコも日本に対して宣戦布告をしたが、それは時流によるもので仕方がないだろう。
そんな訳で、戦艦「大和」としたらトルコ戦艦「ヤウズ」と戦うのは心苦しいものがあった。
「通信士、向こうの艦と交信出来るか?」
「やってみます」
有賀艦長に言われ、通信士はまだ見ていないトルコ戦艦に平文で話をしたい旨を送信する。
アジア予選の時は、無線は利用出来なかった。
機械自体がうんともすんとも言わなかったのだ。
しかし零式水上観測機が到着後、無線通信が急に出来るようになる。
観測機との間で有線通信は発光信号、旗旒信号という訳にはいかないだろう。
そこは調整されたようだ。
「艦長、応答がありました」
トルコ戦艦と繋がったようだ。
ただ、向こうは必要最低限の返答だけで、警戒を崩していない。
(まあ、自分が同じ立場でもそうするだろうな)
内心苦笑いしながら、有賀は平文で「ヤウズ」に電文を送る。
”戦ウ前ニ挨拶ス。
大日本帝国ハ土耳古ニ一抹ノ敵意無シ。
斯様ナ仕儀ニ相成リシカラニハ微力ヲ尽クス。
ナレド貴国ヘノ親愛ト敬意ハ損ナワレルモノデ無シ。
正々堂々戦ワン
大日本帝国海軍 「大和」艦長有賀幸作海軍大佐”
数分後、返信が届く。
”神の思し召しにより日本と戦う事になった。
我々も日本への敬意を失うものではない。
貴艦と戦える事を光栄に思う。
お互い天の恩寵あらん事を”
元々プロイセン・ドイツ帝国の「モルトケ」級巡洋戦艦「ゲーベン」が売却されて「ヤウズ・スルタン・セリム」と改名されたものだ。
第一次世界大戦時はドイツ人のリヒャルト・アッカーマン大佐が艦長をしていたが、その後「ヤウズ」と再改名され、88mm対空砲や40mm対空機関砲を増設した。
これから戦うのは、「ゲーベン」でも「ヤウズ・スルタン・セリム」もない、改装後の「ヤウズ」をよく知るトルコ人の艦長であろう。
日本で昭和初期に発生し、日本が亜細亜を導くべきだとする思想を持つ者でも、トルコ人に敵意は持っていない。
どちらかといえばよく知らないから、同じアジア人という目でしか見てないのが正解だが、何にしてもスポーツマン的な殺意無き戦闘になるのは必至だろう。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
レーダーが使えないこの世界において、重要なのは肉眼による観測である。
「大和」の檣楼の高さは39メートル程。
その高さから、石炭・重油混焼缶の「ヤウズ」が吐き出す黒煙を発見出来た。
「きさんら、ええか?
俺ら、ギリシャのバカチンどもと違って、日本には何の恨みも無いったい。
むしろ友達って思ってっちゃ。
やけど、戦わなければならんって事やし、気張ったり」(トルコ語)
彼等は既に同じく同盟国だったドイツとの海戦で負けていて、その際も翌日は無傷で復活していた。
だから壮絶な戦闘をしても心は痛まない。
まあトルコの宿敵ギリシャを叩きのめしたのに、翌日になればあっさり生き返っているから、それもそれで面白くは無いのだが。
そんな訳で、敬意を持って砲戦を仕掛けるべく「ヤウズ」は接近していく。
「大和」からは零式水上観測機が2機発艦した。
「ヤウズ」上空の零観は、艦上にカタパルトが無く、偵察機を持っていない事を打電する。
零観に対し対空砲火を打ち上げる「ヤウズ」。
「大和」からは引き続き上空に居ろという指示のみ。
そこで彼等は一回やってみたかった事をする。
2機の零観が揃って宙返りをした。
零観は複葉機で、旋回性能が戦闘機並である。
それもそうだ、この観測機は自らが着弾観測するだけでなく、敵の観測機が来た場合はそれを追い払い、敵が迎撃機を上げて来た場合はその攻撃を掻い潜って観測を続けるよう求められたのだ。
艦上戦闘機を撃墜したという記録すらある。
そんな性能を持つ機体を操るだけに、一回はやって見たかった。
ラバウル航空隊の連中が言っていた話をこの機体でも。
という訳で、3機でとはいかないが、2機揃って敵艦上空3連続宙返りというアクロバット飛行を披露。
この瞬間、「ヤウズ」も発砲を止めてショーを見物していた。
「この遊び、『大和』には見られていないよな?」
「見えてはいるだろうけど、何をやっているかは分からないだろ」
「そうだな。
何か言われても、対空砲火を避ける為で押し通そうか」
飛行士と観測員とは機内で誤魔化す算段をつけていたが、それは失敗した。
見事なアクロバットに対し、「ヤウズ」の艦長が「大和」に向けて
”見事な編隊宙返り飛行であった。
日本海軍の飛行隊の練度の高さに敬意を表す”
と賞賛の通信を送っていた為、彼等は帰還後にどやされる事になる。
そんな和やかな時間も過ぎ、相互の距離が1万5千メートルを切る頃には「大和」「ヤウズ」ともに慌ただしくなる。
「大和」の場合は、相手に対する礼儀と、同時に相手の戦艦の持つ28cm砲ならその距離でも大丈夫という、所謂「舐めプ」もあった。
「ヤウズ」の場合は、その距離まで詰めないと砲弾が届かない。
図らずも有効射程距離と看做した線を超えた時に、ほぼ同時に発砲されて海戦が始まる。
「ヤウズ」は常に艦首を「大和」に向けながら突っ込んで来る。
この態勢では前方を向いた砲しか使用出来ないのだが、一方で的を小さく出来る為、巨大戦艦の砲の命中リスクを下げる事が出来る。
「ヤウズ」の場合、主砲塔配置が前後に1基ずつ、右舷前側に1基、左舷後方に1基である為、後部主砲以外の3基は前方に向けて砲撃が出来る為、この戦法でも特に問題はない。
しかしそれでも「ヤウズ」乗組員は、この艦の主砲で日本の戦艦を沈められると思ってなんかいない。
「ヤウズ」の切り札は、ギリシャ戦同様魚雷であった。
魚雷の有効射程距離は数千メートル。
日本のように4万メートルもの距離で使える魚雷なんて、まず開発されていない。
その数千メートルでも、まず当たるものではない。
魚雷が進む間に、敵艦も動くのだし、視認されたら回避行動をされる。
航跡がほとんど見えない純酸素魚雷なんて、日本以外は開発していない。
モーター式の魚雷は存在するが、それも射程距離は1万メートルなんてものにならない。
「ヤウズ」は被弾を最小限にしながら、数千メートルまで接近して巨大戦艦をも沈められる一撃を放つ、それに賭けていた。
「大和」はやはり舐めプをしている。
観測機からの通信を元に、夾叉させる練習を行っていた。
要は実戦で演習を行っている。
当てられるのに当てない。
納得いくまで演習を続けていた。
そして数千メートルに迫った時、「ヤウズ」は必殺の魚雷を放つ。
「魚雷の航跡確認。
回避します」
「無用」
「何ですと?」
艦長のその言葉に、艦橋要員全てが驚く。
「『大和』は十本以上の魚雷でも沈まない。
それくらい耐えていた記憶があるだろう?」
「ですが、損傷してしまいます」
「折角だ。
損傷してからの応急修理の訓練もしよう。
こんな機会は中々無いのだから」
「分かりました。
仮に酷い損傷であっても、どうせ明日になれば直ってますからね」
「そういう事だ」
翌日になればリセット、この事が「大和」も「ヤウズ」も弛緩させていたかもしれない。
地区予選の際の殺意バリバリの状態を、天が調整してしまった為、逆に緩んでしまったとも言える。
「ヤウズ」は「当たってもどうせ明日は生き返るんだし」と損害無視で突っ込んで来る。
「大和」は「損傷しても最終的には直るのだから、丁度良い訓練として当たってみよう」なんてなっている。
トルコの方は「一目見ただけで勝てないのは分かったわ」と半分勝利を諦めながら、どうにか勝てる最善手を打っていた。
日本の方は「第一次世界大戦時の旧式艦にやられる事も無い」と割り切っている。
そして「大和」の水線下防御は、「ヤウズ」の希望を打ち砕いだ。
命中の水柱が2本立つ。
しかし、全く効いていないようだ。
内部では排水作業や、反対側への注水を行う事で傾きを防いでいるのだが、それは外からは分からない。
全く効いていない「大和」から主砲、副砲が、今度こそ狙って発射される。
かくして至近距離での砲撃で、「ヤウズ」を浮かべるスクラップに変えた後に降伏勧告。
やるだけやった「ヤウズ」は、白旗を上げて降伏した。
お互い、いくら復活するからと言って、艦が沈むまで殺し合うつもりはサラサラ無かったのだ。
こうして二次予選初戦は日本海軍の勝利に終わる。
戦闘修了後は、やはり救助した「ヤウズ」乗員を「大和」に招いて健闘を讃えたりした。
こういう緩い、殺意が消えた戦い方が次の戦いで足元を掬う事になると、この時は誰も予想していなかった。
今日からまた3話ずつ更新します。