追加招集
天の声により、二次予選の組み分けが届けられた。
それによると、日本は予選Bブロックに入っている。
それぞれの予選は
■Aブロック:
・イタリア王国(欧州地区1 1位通過)
・ドイツ第三帝国(欧州地区2 1位通過)
・ソビエト連邦(アジア地区 2位通過)
・アメリカ合衆国(アメリカ・大西洋地区 2位通過)
■Bブロック:
・フランス共和国(欧州地区1 2位通過)
・トルコ共和国(欧州地区2 2位通過)
・大日本帝国(アジア地区 1位通過)
・イギリス王国(アメリカ・大西洋地区 1位通過)
となった。
日本にとっての宿敵アメリカとは、決勝ラウンド進出しないと当たらない。
フランスにとっての宿敵ドイツとも、やはり決勝ラウンド進出しないと当たらない。
どうもフランスとイタリアが地区予選で八百長に近い事をした為、こういう分けられ方をしたようだ。
この組み分けを見て、イタリアとトルコは
「どうしてこうなった?」
と頭を抱えている。
トルコは第一次世界大戦時の戦艦を、多少近代改装しただけのものだから、どこと当たっても変わりないだろう。
予選通過しただけでも奇蹟に近い。
新造戦艦計画が「ヴィットリオ・ヴェネト」級以降は無かったイタリアは、情報こそ入っていないが、恐らく計画段階で中止になったり、途中で建造取り止めとなった米ソ独の戦艦と当たる事になる。
「それで、天の声よ。
艦載機が使用可能になったのは、ほぼ全ての戦艦がそれを使用可能になったからだな?」
戦艦「大和」の有賀幸作艦長が問うと、天の声は
『ご名答』
と返して来る。
提出しろと言って来た書類は、何を何機搭載するか? というものであった。
地区予選では、艦載機も対空砲も搭載していない前世代の戦艦や、サイズ的に無理な海防戦艦も居た為、艦載機は使用不能と調整されていた。
しかし二次予選の戦艦は、最低でも高角砲と対空機銃を搭載している。
爆装こそ禁止だが、着弾観測や偵察になら航空機を使用可能としたようだ。
有賀艦長は幹部たちと相談した結果、零式水上観測機、通称「零観」を全部で8機追加招集する。
戦艦「大和」は建造当時から水上機の運用を考えていた。
格納庫が存在している。
この格納庫には、零式水上偵察機こと三座水偵と零観を合わせて5機収容出来る。
これに左右の射出機に1機ずつ乗せた7機が「大和」艦載機の数とされた。
これは二機種を搭載した場合であり、小型の零観のみを搭載するなら、格納庫に6機、カタパルト上に2機と8機の運用が可能となる。
ただし、日本の戦況から「大和」に定数いっぱいの艦載機が搭載された事は無い。
レイテ沖海戦の時は、4機(保管機が1機)しか搭載されなかった。
三座水偵は艦隊の目として、敵の所在を探す偵察機である。
最高速度367km/h、航続距離3,326kmで、居るか居ないか分からない敵艦隊を見つけに行く。
乗員の3人で、敵艦隊の位置を正しく報告し、また長距離を飛行して味方の居る位置まで帰る為に航法要員と通信要員が必要となる。
一方、零観は着弾観測を行う為の機体だから、遠くまで飛ぶ必要が無い。
航続距離は1,070kmに過ぎず、乗員も2人で済む。
史実では着弾観測に使われる事は無く、三座水偵同様に敵を探す偵察機としての使用が多かった。
この世界では、長距離偵察機は不要。
何故ならば、どのように航行していても、必ず会敵するよう仕組まれている。
先に見つけられて、空襲に遭う事も無い。
逃げ回ってもいずれ必ず遭遇する。
何としても戦闘させたい存在の執念のようなものを感じる。
ならば、先制攻撃の為に偵察機を飛ばす事に、余り意味を見い出せないのだ。
敵を発見し、会敵までの時間で戦闘準備を整えられる、その程度の距離ならば三座水偵でなくても問題は無い。
そして偵察や着弾観測以外にも理由があって、とにかく零観を数多く揃えた方が良いという意見が出た為、有賀は零観8機を要求したのだった。
「艦長!
格納庫と射出機に零観が出現しました。
昨日までは乗っていなかった整備員もです」
後部甲板要員から報告が入る。
天の声は要求通りに揃えてくれたようだ。
史実では一度も実現しなかった8機もの零観搭載。
それに伴って、よく分からないまま異世界に召喚された搭乗員と整備士たち。
これまでの天の声との会話で、実世界での自分たちは既に死んでいて、魂か或いは精神の複製がこちらの世界で用意された、生前と寸分違わぬ肉体に移されているものと何となく理解していた。
だから、最後の出撃の際に艦と運命を共にしなかった零観乗りの中には、戦争を生き残って天寿を全うした者だっているのかもしれない。
やる気、士気だけは最高に調整されてはいるが、それにしても事情を説明してやる事は艦長としての責務であろう。
事情を説明された彼等は、天による精神状態の調整ゆえか、或いは元からの人間性か
「分かりました、一緒に戦わせて下さい」
「訓練して来た着弾観測、やっと行う事が出来て本望です」
「菊水作戦(大和特攻)にお供出来なかった事を残念に思っていました。
一度でも『大和』に乗艦したこの身、『大和』と共に死ねるなら嬉しくあります」
「整備員としても、搭乗員に存分に働いて貰う為、頑張らせていただきます」
こうした頼もしい援軍を得て、この日は艦を挙げての歓迎会を行う。
謎の世界に日本人は「大和」の乗員だけ。
そこに新しく人がやって来たのだ。
孤独には慣れている船乗りたちにしても、新しく人と出会えるのは嬉しい。
ましてや同じ日本人であり、共に戦う事になる。
普段格納庫になんか現れない分隊の者たちですら、チラチラと様子を伺っている。
こんな具合なんだし、今日くらいは羽目を外させて良いだろう。
締めるだけが艦長の仕事ではない。
乗員の喜ぶ事だってするのが上に立つ者の責務であろう。
二次予選開始は数日後である。
この間、絶対に敵襲は無いようだ。
そしていくら食っても食糧は翌日になれば復活する。
弾薬・燃料もそうだが、戦闘中に使い切ってしまうと回復しない。
まずは一回戦闘フェーズを終わらせるか、平日であれば日が昇るのを待たねばならない。
だから戦闘中でさえなければ、使い切るまで使った方が良いようだ。
「よし、アレを皆に振る舞おう」
有賀艦長の命令で、歓迎の夕食にはオムレツが提供される。
プレーンオムレツでなく、チキンライスを包んだオムライスの事だ。
本来士官用の食事なのだが、どうせ卵はいくら使っても補充される。
毎日だと舌が贅沢になってしまうが、今日くらいは良いだろう。
そして、かつて補充用の卵を預かったのに、渡すべき艦が緊急出動した為に卵を余らせ、「大和」艦内で処理する為に全乗員に提供した時と同じ命令を艦内放送で流した。
「総員、オムレツ食い方用意!」
この命令に士気が更に上がるのであった。
そしてトドメに桃の缶詰めも提供される。
乗組員たちはヒューヒューと歓声を上げる程大喜びしていた。
追加招集された戦友との歓喜の一日が終わると、早速訓練である。
これまで燃料の問題、砲身の摩滅の問題、弾薬節約の問題から思う存分の訓練は出来ていなかった。
日露戦争における日本海海戦前の鎮海湾猛訓練のようなものは、行われていない。
あの時とて、黄海海戦で中々砲が当たらない事を反省しての猛訓練だった。
アジア予選での遠距離砲戦での命中率の低さから、訓練の必要性は誰しも認識している。
更に航空隊が来た事で、観測機との連携での訓練をする必要がある。
どうせ翌日になったら補充される十五米内火艇、通称「長官艇」を標的にして長距離砲撃の練習を行う。
そして、二次予選開始の前日には休養を入れるが、それまでは実戦さながらの訓練を行っていたのだが、観測機と砲手とは訓練を重ねながら違和感を感じるようになっていた。
それが解消されないまま、二次予選が始まる。
初戦はトルコ海軍戦艦が相手であった。
おまけ:
使い切っても翌日になれば補充される仕組みを理解したソ連の戦艦「ソビエツキー・ソユーズ」ではこうなった。
「火酒飲み放題って訳ですな」
「折角だからウィスキーを飲みましょうよ」
「いや、ワインでしょ」
「てめえ、俺の酒の好みにケチつける気か?」
「うわ、こいつもう酔ってるぜ。
やめろよ、艦内で喧嘩とかするなよ」
「いいだろ、死んだって明日になれば復活するんだし」
「そうか」
死んだって復活すると言った奴が、問答無用で射殺された。
確かに復活するんだし、その時は素面だから覚えていないかもしれない。
(二次予選開始までに気を引き締めておかんとな。
同志首相が実はこの様子を見ているぞ、と言ってみようか)
クズネツォフ艦長は、決して嘘をつく気はないのである……。
明日17時更新します。