休養日
戦艦「大和」はソビエト連邦の巨艦「ソビエツキー・ソユーズ」との壮絶な撃ち合いの結果、傷だらけになりながらも勝利を収める。
天の声を信じるならば、明日になれば傷は全快し、死者すら何事もなかったかのように復帰しているという。
だが軍人たるもの、そうならなかった場合の準備はしておくべきだ。
急ぎ損傷箇所の修復を行わせる。
接近戦の結果、戦った敵艦はソ連海軍のものだと分かった。
双眼鏡でソ連海軍のマークを確認したし、沈没後の漂流物にもロシア語が書かれてあったからだ。
アジア予選、そうなると残るはオーストラリアとタイ戦である。
タイはともかく、オーストラリアには本国イギリスから新鋭戦艦供与があるかもしれない。
万全の状態で戦えるようにしておかねば。
そして、徹夜で補修作業をさせていたのがまるで無意味だったように、朝日を浴びた瞬間に、直しようが無い大穴が塞がり、破壊された銃座等も元に戻っていた。
無傷で済んだ「定遠」との戦いとは違い、乗組員も戦友の死亡や自身の負傷の記憶はある。
それなのに朝日が昇ったと共に何事も無かったかのように治っている傷や、戦闘修了後に浴室に押し込められていた死体が欠伸と共に甦るのを見てパニックになっていた。
死体ならまだ良い。
肉片だけになっていた戦友も、死亡した地点でゴワゴワ言いながら元に戻っていったのを見て、小便をちびったり、海に向かって嘔吐した者も出ていた。
こうなれば説明は絶対に必要である。
有賀艦長は全乗組員を整列させ、この数日の事を今度こそ事細かに説明した。
自分たちは何者かによって、ゲームのようなものに参加させられている事。
決して死なない事。
ただし今は予選とか言われている戦いの中に居て、もしも予選で敗退した場合はどうなるのか分からない事。
もっとも、予選を勝ち抜いた後に何が待っているのかも分からない事。
今分かっているのは、予選で戦う国くらいであり、残るはオーストラリアとタイという事だ。
そしてその2国が何という戦艦を持って来るのかは不明である。
実際、昨日戦ったソ連の戦艦は、自分たちにとって未知のものであった。
この先何があるのか、分かったものではない。
乗組員は不安を覚えていたが、艦長の言葉で落ち着きを取り戻す。
「このような状況にあっては、自分が全責任を負う。
諸君は自分の命令に従い、帝国海軍軍人として恥ずかしくない行動をするように。
この馬鹿げた遊戯を勝ち切り、優勝の暁にはそれなりの対価を要求すると約束する。
まずはそれを信じて欲しい」
こうして乗員を落ち着かせた有賀だったが、同時にこれまで戦った2隻の戦艦の艦長の事を思った。
(彼等もきっと自分と同じような説明をしたのだろうな。
沈んだのに翌日になったら何事も無かったかのように復活。
何が我が身に起こったのか、説明しないとならない。
その苦労たるや、同情してしまう)
いくら軍人は命令に従い、余計な事を考えないよう訓練されているとはいえ、余りにも超常現象過ぎるから、「命令に従え」だけでは統率出来ないだろう。
そして先が見えない戦況。
この先延々と戦い続ける修羅道にいるなんて思ったら、精神を病む者も出るだろう。
まずは時期をハッキリと示し、勝ったらどうするかくらいは説明しておかないと、士気に関わるのだ。
まあ「大和」はまだ負けていないから、実際に沈んだ戦艦が翌日復帰後にどうなっていたかは分からない。
もしも前日の記憶が消えていて、また一からやる気十分の状態で復活しているなら幸せだろう。
これこそまさしく「神のみぞ知る」話である。
そうこうして本日の遭遇戦に備えて戦闘準備をしていると、有賀艦長の脳にまた天の声が届く。
『大日本帝国さんは、本日は戦闘は有りません。
休養日です』
考えてみれば、予選は5ヶ国で行われていて、1対1の対戦であるなら確実に1ヶ国は余る。
戦っていない日が発生するのだ。
有賀は天の声に聞いてみる。
「我々は昨日、一昨日と戦った。
その他の国は、どういう結果になったのかを教えて欲しい」
『…………』
「どうした?
教えられないというのか?」
『やっと聞いて来たんだな、って思ってね。
ヨーロッパ予選やアメリカ予選の連中は真っ先に聞いて来たのだが……』
これは想定外の事態で頭が混乱していた事もあるが、頭のどこかに
(清、ソ連、豪州、タイ、どこが来ても勝てるのは確実だ)
という驕りがあったからかもしれない。
それに思い当たって有賀は反省するが、それはそうとして情報を得る。
■1日目
〇大日本帝国 対 大清帝国●
〇ソビエト連邦 対 オーストラリア●
■2日目
〇大日本帝国 対 ソビエト連邦●
〇オーストラリア 対 タイ王国●
■3日目
?ソビエト連邦 対 タイ王国?
?大清帝国 対 オーストラリア?
4日目以降は明かされないようだ。
艦名も明らかにされない。
また、ヨーロッパ予選の方も教えてはくれないようだ。
『他の予選は、君たちが予選通過してからだね』
「で、予選通過はこの中から1国だけか?」
『…………』
「どうした?」
『教えられない。
教えたら手を抜かれる可能性がある。
君たちの場合、スポーツで引き分けで仲の良い国同士が共に予選通過とか、次に当たる強豪を避ける為に2位狙いとかしているからね』
(まあ、そういう事もあるのだろうが、戦いにそんな馴れ合いを持ち込むだろうか?)
この辺は競技についてクソがつく程真面目な日本人の思考、そういったズルいやり方が今一つ理解出来ていなかった。
なにせサッカーのワールドカップは有賀の生前、既に開催されていたが、サッカー人気が低く、そこに参加する事を想像すら出来ない為、国対国の対抗戦で引き分け狙いとかをしている事に慣れていない。
まあ日本も相撲等で「八百長試合」というのは存在しているから、出来レースというのを全く知らない訳ではないが。
「で、本当に今日は戦闘は無いのか?」
『ありませんよ』
「自分が『定遠』やあの巨艦の艦長なら、復讐の為に油断している我々を狙うが?」
『そういう事を避ける為に、今、君たちの「ヤマト」は違う空間に隔離している。
だからどこまで進んでも、今日は会敵する事は無い』
「本当だな?
信じて良いのだな?」
『神の名にかけて』
「その神の名は?」
『…………』
唱えてはならないようだ。
「それともう一つ質問がある。
あのソ連の戦艦だが、我々は見た事が無い。
確か今次大戦が始まった後、建造中の戦艦は廃棄されたという話は、どこかで聞いたように思うが」
『その情報は、本来の君たちは知らないものだよ。
君たちをこちらの世界に呼んだ時に、君の記憶に書き込んでおいた』
「どういう事だ?」
『油断せずにしっかり考えれば、思い出せる筈なんですよ。
情報はある程度与えたので。
そう、君が対戦したあの戦艦は、本来の歴史では誕生しなかった艦なんだ。
”もしも完成していたなら?”という思いを受け取って作った艦だ。
そういう戦艦も今回参加している』
「では、我が『大和』も決して世界最強とは言えないのだな?」
『そうだよ、どうだい、面白くなって来ただろ』
(全くもって面白くも何ともない)
そもそも神の暇潰しの余興に強制参加させられている事自体が不快なのだ。
「想像上の戦艦が参加可能なのだとしたら……」
『想像上の戦艦は参加していない。
少なくとも現実に計画された戦艦だけだ。
せめて設計図から造形をする事が出来るようなもの』
つまり空想小説の海底軍艦とか空中戦艦とかはダメなのである。
「まあ、それでも良いが、だとしたら何故『大和』なのか?
大日本帝国にも超大和型戦艦という、より強い戦艦の計画が存在した。
そちらを造れば良かったのではないか?」
『君の疑問は分かる。
だが、天に届いた君たち日本人の意思は
”ヤマトこそ最強”だったのだ。
どんなに後継艦が出来ても、”ヤマト”こそが最高だそうだ』
「むう……」
確かに「大和」は現在の奈良県の旧国名ではあるが、それと同時に日本という国そのものの旧名でもある。
国民が思い入れるのは分かる……いや、国民は「大和」の存在を知らない筈だ、それなら何故?
『神にとって君たちの世界の時間は意味が無いんだよ。
君が死んだ時よりも遥か未来でも、”ヤマト”という名前は特別な意味を持っている。
なんでも人類滅亡の危機に際したった1隻で地球を救う事に成功しただの、
愛という事を唱えながらいくつもの文明を滅亡させただの、
とにかく”ヤマト”が強いって意思がビンビン伝わって来たのだ』
「文明を滅亡させる?」
『そう、次元波動なんちゃらっていう超兵器を使ってね』
「なら、その超兵器を搭載させて欲しい」
『駄目!
神の望みは、人間の力で戦えって事だ。
重い砲弾を運んだり、頭で考えて未来位置を予測しながら砲弾を放ったり、壊れたら必死に直したり。
そういう人間の頑張りを見たいという事だ』
何とも厄介な事だ。
結局ビーム砲とか反応弾のように、一撃で相手どころか広範囲の敵を倒せる兵器が開発された時代の戦艦は、今回招集されていないという事である。
人間が戦っている時代、つまりは第二次世界大戦前後の戦艦までが、バラバラの時代から召喚されたようだ。
(ならば、弾道計算用の歯車計算機とか、自動揚弾機とかはどうなるんだ?)
という疑問は持ったものの、その辺は認められているようだ。
その他いくつかの質問をぶつけ、答えられないものもあったが、どうにかこの神のお遊びのルールも知る事が出来る。
(我々は神の前では、ただの駒、ただの情報に過ぎないという訳なのだな。
全く口惜しい事だ。
だが、神がどう思おうと、この肉体がどのような物であろうと、今ここに自分たちの意思は存在している。
是が非でも勝ち抜いて、人間の意地を見せてやるわい)
そう思う有賀であった。
その決意を感じ取った天の声こと、天使なのか、神の使徒かは
(神の気まぐれに突き合わせたのは悪いと思うよ)
と内心で謝罪はしていたのだが、それは有賀他全戦艦の誰にも伝わってはいないのである。