強敵ソビエト連邦
ソビエト連邦の戦艦「ソビエツキー・ソユーズ」級は未完成のまま歴史から消えた。
戦争により建造している余裕が無くなったのである。
出来ていたならば、満載排水量64,121トン、速力28ノット、主砲50口径40.6センチ三連装砲塔3基という巨大戦艦となっていた筈。
(嗚呼、こういうアメリカの糞野郎やドイツのチョビ髭すら羨ましがるような巨艦を、一回保有してみたかったなあ)
という髭親父の思念を感じた神は、その願いを叶えてやる事にした。
なお
(同志首相、そんな巨艦不要です。
巡洋艦以上の洋上艦なんて全部廃艦にして潜水艦だけで良いのです!)
という禿げ親父の思念は無視する。
なんか「ぎゃー」という悲鳴も聞こえた気がするが、それも無視しよう。
「私は何故、こんな戦艦に乗っているんだ?」
ニコライ・クズネツォフは1974年に死んだ。
なのに、目を開いたら現役の海軍軍服を着て、見た事も無い艦橋の中に立ち、洋上を疾走している。
この戦艦は知らない筈なのに、何故か脳には名前、性能、特性等がインプットされていた。
天の声は、彼がこの艦「ソビエツキー・ソユーズ」の艦長になった事を告げる。
一時は海軍元帥に昇進し、失脚・降格後ですら中将の彼が、艦長という大佐の職にさせられたのは納得いかなかったが、どこからか
(復帰を許したのだから、祖国の英雄らしい働きをせよ)
と聞いた事のある声が脳に届いて来る。
(そういう干渉は迷惑だって著述したんだが、分かっちゃいないよなあ)
とりあえず色んな事情から、この事態をどうにも出来ないようなので巡洋艦「チェルヴォナ・ウクライナ」以来の艦長としてこのWBCを戦う事にした。
そして初戦、オーストラリアの巡洋戦艦「オーストラリア」と戦い、勝利を収めた。
(やはりイギリスのお下がりなんかを使っている国に負ける筈がないな!
社会主義はやはり偉大なのだ!)
といううざい思念をクズネツォフは無視し、問題点を洗い出す。
(この「ソビエツキー・ソユーズ」だってイタリアの「ヴィットリオ・ヴェネト」級を参考にしているんだし、当初はアメリカに建造して貰うって話もあったのだし、イギリスのお下がりどうこうを言える程立派ではないのだがな)
という思考はグッと我慢する。
アレに思念が届くかもしれないし、余計な事は考えない。
とりあえずクズネツォフが思ったのは、弾が当たらないという事だ。
天の声曰く、水兵の練度は最高に設定してある。
それでも主砲の命中率なんて、遠距離になればなる程悪くなり、数パーセントに過ぎないのだ。
まず艦は走るだけで揺れるものだ。
この謎の世界の海は、まるでバルト海のように静かな海ではあるが、それでも艦が走れば海水の抵抗を受けて波が発生して揺れる。
砲撃の為の最適な角度にする為、艦を旋回させれば更に揺れる。
僅かな揺れによる射角のズレでも、遠くに飛ばす程大きく外れるようになる。
また砲の精度、砲身が射撃の度に摩擦や温度による反り等での変形、照準器の性能等様々な要素があるが、何にせよ遠距離での砲戦は当たらないものだという事を実感する。
これまでは「兵士の練度不足」「海面の状態や天候」(太平洋艦隊時代)とある程度割り切っていたが、そういうのを無しにするならもう
「主砲弾は中々当たらない」
とハッキリ認識せざるを得ないだろう。
もうこれ以上命中率が向上しないのなら、
「接近して戦った方が良い」
クズネツォフはそう考えた。
この戦艦「ソビエツキー・ソユーズ」は6万トンもある巨大戦艦だ。
機関部の装甲は375㎜、弾薬庫周辺は420㎜もある。
「大概の艦の砲には耐えられる」
こうして大概じゃない戦艦と相対する事になる。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
戦艦「大和」と「ソビエツキー・ソユーズ」、排水量6万トン級の2隻の巨艦はお互いの正体を知らないまま遭遇する。
アジア予選の対象国リストは有ったが、今日どこと戦うかは分からない。
しかしソ連からしたら、あんな戦艦を持っているのはたった一国しかアジア予選の国の中には居ない為、すぐに大日本帝国が相手だと判断する。
一方の日本は、ソ連には大した戦艦が無いという情報しか持っていなかった。
だからまだ戦っていないオーストラリアに
「英国海軍が巨大戦艦か巡洋戦艦を供与したのかもしれない」
とも考え、必死に既存情報から該当する艦型を検索した。
ソ連の方も、相手が日本の戦艦とは分かったものの、その性能までよく知らない。
アメリカが空襲で沈めた大型戦艦があった事は知っているが、その戦艦「大和」が広く知られる事になるのはクズネツォフの死の前後からである。
この辺りでプラモデルや有名アニメで、広く「大和」が知られる。
それ以前は知る人ぞ知る戦艦であり、大日本帝国海軍の象徴は「長門」の方だった。
結果、お互いに「でけえなあ」と思いながら、前日の当たらなかった遠距離砲撃をせずに、自分たちの防御力を頼みに1万5千メートル前後に接近してからの砲戦を始める。
流石に日露戦争時でも可能だった距離での砲撃戦、前日と違って双方とも命中弾を出す。
そして上部構造物を破壊するか、舷側装甲を貫くか。
「大和」の有賀艦長、「ソユーズ」のクズネツォフ艦長ともに接近戦を後悔し始める。
「ソユーズ」の主砲は、射程13,600メートルで舷側装甲406mmを貫通可能だ。
「大和」の舷側装甲は410㎜で20度傾斜している。
主要区画はギリギリで貫通を免れているが、そこでも命中での衝撃は相当なものがあり、リベットが飛んでそこからの浸水も発生していた。
主要区画以外はとっくに貫かれている。
一方「大和」の主砲は2万メートルで494mmで、「ソユーズ」の装甲375㎜は貫通可能だ。
数発ずつの命中弾を与え合い、双方とも
「あんな化け物が存在していたのか!」
と驚く。
まあ「ソユーズ」の方は現実世界では未完成のまま廃棄されているから、存在なんかしていないのだが。
「大和」の方は、戦後になってその存在が世界に知られるも、空母の時代に大戦中に沈没した枢軸国側のあだ花とも言える戦艦、過去の存在なのだから、クズネツォフも詳しく知る気は無かったようだ。
今となっては、それが悔やまれる。
(一旦距離を置いて、遠距離砲戦に切り替えた方が良いかもしれない)
2隻の艦長はほぼ同時にそう考えたが、艦は急には止まらない。
双方全速力、合計55ノット(時速約102km)で距離を詰めていた両艦は、途中進路変更があったが、30分後には既に1万メートルを切る距離まで迫っていた。
(このまま接近する進路での同航戦をするか、それとも離脱する進路での同航戦とするか……)
悩みつつも、結局同じ決断をする。
「このまま同航戦で距離を詰める!」
片や(逃げ腰になってはいけない、士気に関わる)という判断。
片や(逃げ腰になったら、死後もシベリア送りにされるかもしれない)という恐怖。
結果、壮絶な叩き合い、相対的に足を止めての打ち合いようになった。
なにせ「大和」は27ノット、「ソユーズ」は28ノットとほぼ同じ速度で同じ方向に進んでいるのだから。
どこかから見ている神も喜んでいた。
天使たちも興奮しているのか?
それとも髭や眼鏡とかの旧指導者たちも見ているのか?
『や・ま・と! や・ま・と!』
『ソユーズ! ソユーズ! ソユーズ!』
と声援が聞こえるような気がする。
そして命中した艦体だけでなく、至近の海面に落ちた砲弾の炸裂音も轟く。
『まさしくラルルパルルオーザってところだな』
『主よ……それは”地響き”って読みますぞ』
『細けえ事ぁどうでもいいんだよ!
私はこういうのを見たかったんだ!』
有賀艦長の脳に、妙な会話が届いて来るのだが、気にしてなんかいられない。
既に「大和」も艦首の方が浸水で傾斜している。
油断はならない。
(敵の艦長、誰だか知らんが、奴も同じ苦境の中にいるのか?)
クズネツォフの方はもっと深刻だった。
防御力でやや「大和」に劣る「ソユーズ」だが、打撃力の方は明らかに劣っていた。
ダメージが大きい。
そしてソ連海軍は基本的に内海仕様である。
ダメージコントロールという面で劣る。
日本海軍だって似たり寄ったりではあるが、そうなるとダメージ量が大きい方が時を追うごとに不利になる。
そしてついに「大和」の砲弾が機関部を破壊する。
これが致命傷となり、「ソユーズ」は撃沈される事になる。
「こんな事になるのなら、一番最初の計画通りに45.7cm主砲にしておくのだった!」
それがクズネツォフの敗戦の弁であった。
こうでも言っておかないと、死後でも圧迫して来る存在が何して来るか分からない。
とりあえず45.7cm砲を売ってくれなかったアメリカが全部悪いのだ。
(アメリカだって45.7cm砲を持っていないから、売り様が無いのは知らん)
兎にも角にも、「大和」は中破と大破の中間くらいのダメージを負いながらも、アジア予選2勝目を挙げたのである。
今日はここまで。
明日17時から再開します。