緒戦
戦艦「定遠」艦長・劉歩蟾提督は
「聞いてねえよ」
と頭を抱える。
この艦は甲午戦争(日本名で日清戦争)の際、鹵獲を恐れて威海衛で自沈した筈だった。
劉歩蟾は黄海海戦後に提督に昇進していたが、その後は日本の魚雷艇攻撃により「定遠」は擱座し、陸上から攻められた事もあって艦を自沈させ、彼も自殺した。
なのに気が付いたら「定遠」と共に何処かの洋上に居た。
傍らには副長である元イギリス海軍軍人のウィリアム・タイラーも立っている。
「一体これはどういう事だ?」
「それは私も知りたい。
私は『定遠』沈没後、色々あって最後はジャマイカで神の御元に行ったのだが……」
確かに神の前に召されたのである、相手は軍神なのだが……。
そして二人との天の声を聞く。
「これより第1回、World Battleship Contestを始めます!」
という……。
何が何やら分からない中、遥か遠方に見た事も無い艦影を確認する。
あんな巨大な艦橋を持った艦は見た事が無い。
「あれは何だ?」
そうこう言っている間に、敵艦が発砲した。
「あいつらは何を考えている?
あんな遠くから撃って届く筈が無いだろう」
劉歩蟾は笑ったが、暫くしてその笑いは消えた。
砲弾は「定遠」より手前で巨大な水柱を上げるも、それは届かない距離という訳ではなさそうだ。
謎の艦は3万メートルの彼方より砲弾を届けて来る。
そしてその水柱から、「定遠」の12インチ(30サンチ)砲よりも巨大な砲のようだ。
「あれは、日本の戦艦だろう。
仏塔式ではないから艦名までは分からないが、少なくとも私の記憶にあるタイやオーストラリア、ソビエト連邦にはあんな艦は無い」
ウィリアム・タイラーは天の声が何らかの方法で送りつけたアジア予選とやらの当事国リストを見て、そう判断する。
ウィリアム・タイラーは1952年まで生きた。
その為、第二次世界大戦の記憶を残している。
彼が中国で海軍の顧問をしていたのは中華民国時代までであった。
従って、日本艦を見る機会も多かった。
まだ遠くてハッキリ見えないが、艦をいち早く識別する必要がある海軍軍人の目の良さと勘から、日本の戦艦と思ったのだった。
「提督、日本なら撃破してやりましょう!」
「そうです、日本ごとき清の敵ではありません」
水兵たちが劉歩蟾に決戦を迫る。
(あれ?
北洋水師の水兵、こんなに士気が高かったか?)
と練度の低さや士気の無さ、敗戦が続くとサボタージュも頻繁だった北洋水師を思い出す。
そんな劉歩蟾の疑問に、天の声が先に回答した。
『練度と士気が最高レベルの水兵は、条件を同じにする為のサービスだからね。
君も、あの時の乗組員じゃ戦えないと思っただろ?
これで思いっ切り戦える筈。
そうあの方が仰っていてね。
まあ、期待に沿えるように頑張ってよ』
(まあ確かに。
私もこういう兵を指揮したかったのだ)
そう思った劉歩蟾は、副長のタイラーと顔を見合わせると命令を出す。
「これより全速前進!
正面に撃てる砲は全て撃て!
突撃!!」
タイラーも命令を出す。
「燃やせるものを燃やして煙幕を張れ。
それで相手の砲の直撃を少しでも避けられる」
こうして最大速力で突撃する「定遠」。
やがて相手の巨大さがハッキリ分かるようになる。
劉歩蟾は叫んだ。
「兵士よ怒れ!!
兵士よ叫べ!!
兵士よ戦え!!」
直後、「定遠」に相手の巨艦「大和」の46サンチ砲が直撃した……。
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「当たりませんでしたねえ」
「大和」艦橋で有賀艦長に周囲がそう呟く。
突撃して来た「定遠」に中々主砲が直撃しない。
「定遠」がどんどん距離を詰めて来たから、ようやく距離2万メートルで至近弾、そして命中弾を出せた。
旧式の7000トン級の装甲艦相手に、失態とすら言えた。
砲術長や主砲指揮官は頭を抱えている。
「定遠」の全長は94メートル、幅は18メートル。
それに対し「大和」が戦うと想定していたアメリカ戦艦は、全長200メートル以上、幅も33メートル。
「大和」がレイテ海戦の中のサマール沖海戦で沈めた駆逐艦「フレッチャー」級が全長114.75メートル、幅12メートルであった。
この砲戦において、日本の戦艦部隊は中々命中弾を出せなかった。
日本の戦艦部隊は、戦況に応じて対空戦闘の訓練を多くしていて、燃料不足もあって大規模な対艦戦闘訓練は行われていない。
結果、軽空母と護衛駆逐艦の部隊に対し、中々当てられずに苦戦してしまったのだ。
こういう時の為に副砲があるのだが、「定遠」は仮にも装甲艦。
15.5サンチ副砲は優秀だが、果たしてそれで沈める事が出来るかは分からない。
「着弾観測機を飛ばせたら楽でしたのに……」
砲術長がボヤくが、有賀艦長は裏事情を察する。
(条件を同じにする為に、航空機を使用不能にしたのだな……)
いくら他に戦艦を保有していないとはいえ、引っ張り出されたのは日清戦争の時の戦艦。
この旧式艦の頭上を、当時存在すらしていなかった航空機が飛び回って着弾観測をしたら、明らかに不公平であろう。
同様に電探も使えない。
(要は人間の目で戦えって事なんだな)
光学機器は使えるし、歯車計算機も使えるから、線引きがよく分からなくはある。
それでも小型でかつ速度も遅かった為、上手く射撃計算が出来ず、狙った位置にまだ相手が辿り着いていなかった為に前面ばかりに着弾させたりもした。
「しかし、奴等はどうして前進して来たんですかね」
「そりゃあ、旧式・短砲身の12インチ砲だから、接近しないと当てられないからなあ」
「まあ当たっても、この『大和』の装甲を貫けないでしょうがね」
そう言って笑う艦橋要員を、有賀艦長はしかりつけた。
「『定遠』最強の武器は主砲じゃないぞ。
衝角だぞ。
奴等、多少ジグザグ運動をしながらも、基本的に真っ直ぐ向かって来たのは、衝撃をする為だったのだろう」
「衝角ですか。
なるほど、そう言えば昔の艦にはそれがついていましたね。
それでも、『大和』の脚に『定遠』では追いつけませんよ。
体当たりされるような間抜けは帝国海軍にはいませんし」
「そういう事じゃない。
勝ちを狙って最大の攻撃を仕掛けて来たって事だ。
性能差で実現しなかったが、それでもその精神は立派なものだ。
我々も、勝って当たり前の戦いと思い上がらず、主砲を中々当てられなかった事を反省し、明日の戦いは気を引き締めて臨むべし」
「はっ!」
艦長の注意に再び褌を締め直す一同。
こうして予選一回戦は、小型目標に中々砲を当てられない、やってみると想像以上に命中率が悪かったという反省点を見つけ出して終了した。
その晩、有賀艦長は天の声の話を各指揮官たちに伝える。
彼等にも坊ノ岬で「大和」が沈んだ記憶は残っていて(あるいはその前に戦死していて)、自分たちが沖縄に辿り着けなかった事を思い出していた。
そんな自分たちが謎の世界に召喚されてしまった。
斯くなる上は、「大和」の、大日本帝国海軍の意地を見せつける為にも戦いあるのみ。
「何故か、今日使用した弾薬は、明日になったら全て補充されているそうだ。
本当かどうかは明日確かめるとして、何にせよ明日以降の戦いは続く。
勝った先に何があるかは分からないが、それは勝ち残ってから考えよう」
「了解しました」
「まあ、その予選表を見るに、この『大和』の相手になる戦艦は居ませんな」
「アジア予選と言っても、我が国以外にまともな戦艦は有りませんし」
「これは明らかに大日本帝国優遇ですな」
「天の声とやらも、決勝戦でアメリカ対我が国にするという脚本を書いているのではないですかな」
確かにアジアにまともな戦艦は存在していない。
アジア「地区」という事でオーストラリア海軍とソ連海軍がこちらのブロックに入っているが、オーストラリアが持っていたのは第一次世界大戦時の巡洋戦艦「オーストラリア」、ソ連の戦艦は「ガングート」級とかいう「大和」より弱い艦だ。
米英以外敵は無いと、気が緩むのも仕方無いのかもしれない。
そしてそれは錯覚であったと翌日に気づく。
対戦相手として現れたのはソ連の戦艦「ソビエツキー・ソユーズ」。
全長270メートル、満載排水量6万トンの「大和」に勝るとも劣らない巨艦であった。
WBCでアジア予選は「日本が勝って当たり前」という展開を崩しに来ました!