決着
有賀幸作は、自分以外の乗組員に違和感を持っている。
この世界に召喚されたのは自分だけで、他の者たちは「全く同じように」再現された存在ではないのか、と。
であるなら、ある程度気が楽ではある。
有賀にはこんなエピソードもある。
戦死した部下の内縁の妻から遺族扶助料をめぐるトラブル解決を依頼された有賀は、遺族間のトラブル解決に自ら出向いたという。
部下思いで人情に篤い。
それだけに、他の部下たちが実際には召喚されてはいなく、本物は元の世界で幸せに暮らしていたり、戦死した後は静かに眠っているのなら、その方が良かった。
だがこの考えは間違いである。
有賀の他にも、実際に召喚された者たちは存在した。
「艦長に具申します。
零観、敵艦補足と着弾観測の為に出撃します」
「大和」の艦載機・零式水上観測機の搭乗員たちがそう訴えて来た。
そう、二時予選から召喚され、トルコ戦では勝手に敵前3回転宙返りアクロバット飛行なんていうのをやらかした者たちがそうであった。
命令に従って動かねばならない者たちに比べ、自己判断で臨機応変に動く飛行機乗りは、単なる複製体ではいけなかったのかもしれない。
有賀はこういう複製体とか本物とかを確信を持って判断してはいないのだが、この者たちは自分と同じであると直感する。
「夜間の発艦、月明かりも夜光虫も居ない海、危険過ぎる」
真っ暗な中を飛行すると、空間識失調を起こす事もある。
人間の平衡感覚なんていい加減なものだ。
海水面を見たり、島や雲や太陽や月を見ながら補正され、漸く安定して飛べたりする。
星明かりだけの暗い海だと、真っ直ぐ飛んでいるつもりで下降していたり、左右どちらかに微妙に曲がっていてグルグル同じ場所を飛行する事もある。
1945年に起きた「バミューダ・トライアングルミステリー」として有名なアヴェンジャー雷撃機の編隊の遭難は、濃霧の中で位置や高度を見失う空間識失調が起こった為とも言われたりした。
更にこちらの位置を知らせかねないから、「大和」からの無線発信も、サーチライト等での居場所明示も出来ない。
つまり、帰って来る事が困難なのだ。
有賀としては、こんな危険過ぎる任務は任せられない。
ちなみに海面付近で発光するプランクトン、夜光虫については、船のスクリューで光る海に航跡が残され、それを頼りに艦載機が夜間でも戻って来たりする。
アポロ13号の船長を務めたジム・ラヴェルが海軍のパイロットだった時に、機器全てがダウンした中、夜光虫の光を頼りに空母まで戻った逸話がある。
残念な事に、この海にはその夜光虫も棲んでいない。
暗闇の中、空と海を識別出来る光は無い、そんな状況だ。
しかし搭乗員たちは食い下がる。
この点でもただのAIではあり得ない事だ。
「さっきまでは前で戦ってましたが、次は後ろの砲も使いますよね。
射出機や格納庫への被弾も有り得ます。
零観は活躍する事無く、艦内で破壊されます。
それでは我々がここに来た意味がありません」
「天一号作戦の時も艦載機は降ろしましたよね。
航空燃料も、被弾したら火災の元になるから廃棄。
だったら、今も艦載機は全部出したとて同じ事です」
「こんな暗闇でも、まともに飛べない未熟者は居ませんよ」
「まあ誰かが堕ちたって、8機もいますからね。
どうにでもなります」
「少なくとも奴がいる方位は分かっているんです。
こんなやりやすい偵察任務は有りませんよ」
「我々にも活躍の機会を!
零観にも本来の仕事を!」
有賀は折れた。
部下に優しい男ではあるが、一方で勝つ為に厳しい部分もある。
搭乗員の意見を容れよう。
かくして、敵に見つかっていない今のうちに、零式水上観測機が相次いで射出された。
神とはいえ、人間の能力以上に調整は出来ない。
というか、召喚された零観乗りは既に最強状態だった為、特別に何かはしていない。
それでも平衡感覚を失って不時着水してしまった機体も出た。
しかし最高練度のチートパイロットたちは、目的の方位に真っ直ぐ飛んでいく。
計器なんか見ていない。
唯一の光、星を見ながら安定飛行をする。
後部座席の搭乗員は、集中して海面を見ていた。
そしてある機体が、灯火を落としながらも、僅かに漏れている修理の光を見つけ出した。
近づいた観測機は、吊光弾を投下する。
そして敵発見の信号を発した。
これで「大和」が圧倒的に有利となる。
暗闇過ぎる為、相当遠くな筈の吊光弾がよく見える。
「イリノイ」はジレンマに陥った。
この観測機を落とすべく対空砲を撃つのは容易い。
しかし、自らの居場所をはっきり示してしまう。
「最早黙っていても意味が無い。
頭の上のハエを追い払え!」
キッド艦長は、半分以上日本の行動を軽蔑しながら、対空戦闘を命令した。
こんな暗闇の中に観測機を飛ばすなんて正気の沙汰ではない。
人命軽視も良いところではないか。
合衆国海軍ならこんな事はしない。
レーダーさえ生きていれば、きちんと水偵を管制出来るし、ビーコンを出して帰り道に迷わないようにする。
日本艦から電波は出ていない。
つまり上空の観測機は帰るつもりがなく、戦場に捨てられるのを覚悟でやって来たのだ。
この辺り、日本とアメリカの意識の違いであろう。
アメリカは戦争が終わっても国は続き、兵士は日常に戻るという思考である。
折角育成したパイロットを使い捨てにもしない。
10回出撃させたら、後方に下げて教官として後進を育てたり、除隊させて日常に戻す。
人的資源こそ国の宝であると、この移民国家は考えている。
一方の日本は、「此の一戦」に全てを賭ける。
ある意味、後先を考えていない。
元寇辺りに始まり、黒船来航、日露戦争、そして日米戦争を
「ここで負けたら国は失われ、子や孫は隷属の辱めを受ける」
という危機感で動いていた。
外国恐怖症とも言えるが、外国の奴隷国家となるより潔く戦って散ろうなんて考える。
だから、必ず死ぬ行動でもする。
特攻なんてその際たる例だ。
やがて砲撃音と発光が彼方からする。
「大和」が砲撃を開始した。
「イリノイ」から方角こそ分かるが、遠過ぎて正確な位置は分からない。
靄が掛かった海が仇となってしまった。
最初に「イリノイ」を発見した観測機は撃墜したが、どうも他にも多数群がっているようだ。
「大和」の砲撃は、当たり前のように初弾は外れるも、徐々に修正されていく。
やがて一発の命中弾が出ると、それが引き起こした火炎が完全に目印となり、砲撃の精度が上がって来る。
33ノットが出せれば、全速力で離脱をしたい。
しかし第二合の砲戦で舷側が損傷し、浸水もあった為、最早そんな速度は出せなかった。
「こうなれば仕方が無い。
日本艦に向けて舵を取れ。
私は戦う。
だが、無理して付き合う事は無い。
退艦も許可する」
キッド艦長は退艦希望者多数ならば、敵に通信を送って退艦の時間を求めるつもりであった。
しかしアメリカ人たちは最後まで戦う事を選ぶ。
まだ「イリノイ」は戦える。
どうせ退艦するにしても、もう戦えなくなってからだ。
かくして「イリノイ」は刺し違える覚悟で砲撃音のする方に進み、生きている砲を放つ。
だが観測機を使っている日本には歯が立たず、ついに耐久可能な被弾数を超えてしまった。
「総員退艦。
残念だが我々は負けた。
死んでまで無駄死にする事は無い。
退艦せよ」
これがアメリカの合理主義であった。
もう負けた、そして覆しようがない、ならば恨みから戦い抜く事はせず、最善の判断をしようじゃないか。
通信を使い、敵艦に
「攻撃を中止されよ。
我に戦闘能力無し。
退艦の時間を求む」
と伝えた。
あの真珠湾攻撃をした日本軍だが、この通信後に砲撃は止んだ。
どうやら決着したようだ。
キッド艦長は艦と運命を共になどせず、救命ボートに移乗する。
彼は負けた後、こう語った。
「そもそも戦争は一対一でするものではない。
我々に空母が26隻と戦艦が18隻、駆逐艦150隻があれば絶対に負けなかったのだ!
開拓時代のガンマンの早撃ち対決のようなもので負けたとて、それが合衆国の敗北とはならないのだ!」
と。
おまけ:
「他にもアメリカには強いのがいるから」
「こんなエキシビションで負けたって、何の意味も無いから」
「ルールに問題がある」
「本当に強いのはアメリカだから」
戦艦対戦艦でない、野球でも聞いたような話であります。
(というか、そっちが元ネタですからね)