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巨大戦艦の一騎打ち

「アイオワ」級戦艦の主砲16インチ50口径砲Mk.7(直径40cm)は、4,600メートルの距離で749mmの装甲を穿つ。

「大和」級の九四式四◯サンチ砲(直径46cm)は、20,000メートルで494mmの装甲を貫通する。

「アイオワ」級の垂直装甲は307mm、重装甲の「大和」級でも垂直装甲は410mmである。

 距離4,000メートルで撃ち合えば、どちらの艦も装甲を撃ち抜かれてしまう。

 だから「大和」の有賀艦長、「イリノイ」のキッド艦長ともに、主砲発射と共に回避運動をし、こちらは当てるけど敵弾からは避けようとした。

 こんな至近距離だと、挟叉を狙う観測射撃ではない、直接照準での砲撃となる。

 だが、靄により相手がハッキリ見えない。

 狙いは正確には非ざるなり。


「大和」の主砲は180秒で一回転する。

「イリノイ」の主砲は毎秒4度、90秒で一回転する計算だ。

 発見はほぼ同時ながら、主砲旋回速度の差で「イリノイ」が先手を打つ。

 命中すれば「大和」の装甲も貫通する巨弾は、手前に落ちて巨大な水柱を上げた。

 その巨大さに、近くに居るものと錯覚したのである。

「イリノイ」は撃ったと同時に転舵。

「大和」の主砲が「イリノイ」を向いた時、既に離脱コースを向いていた。

「大和」発砲。

 距離間違いこそ無かったが、命中はせず至近弾となって「イリノイ」乗組員の肝を冷やすに留まる。

「大和」もまた砲撃と同時に転舵。

 お互い回避運動をした為、両者敵を見失う。


 この第一合の砲戦を終えて、キッド艦長は首を横に振りながら、ある事実を口にする。

「あれは16インチ砲ではない。

 もっと巨大な砲だ」

 キッド艦長は水柱からそう推測する。

 日本海軍は46cm砲を四◯サンチと呼称していて、実際の主砲口径を秘匿していた。

 それもあってかアメリカは戦争終結まで、日本の巨大戦艦たちに搭載されているのは40.6cm砲であると見ていたが、一部では45.7cm砲の可能性も示唆していた。

 どうやら一部の意見の方が正しかったようである。

 アメリカの16インチ50口径砲の徹甲弾は重量1,200kg、アメリカが日本の新型戦艦に搭載していたと考えていた戦艦「長門」と同型の砲なら徹甲弾の重量は1,000kg、それに対し「大和」の46cm砲弾は徹甲弾で重量1,460kgであった。


「大和」は、そんな巨砲を積んだ6万トン級戦艦でありながら、小回りの効く艦でもある。

 その旋回直径は640メートル程。

「アイオワ」級の旋回直径は744メートル程である。

 一旦回避コースに進路を取った後、再度敵を視認出来るよう接近コースに舵を切る。

 靄の夜、そして思った以上に内側を回る「大和」と、33ノットの快速で進む「イリノイ」、共に敵を予測位置に見つけられない。

 両艦長とも、コンパスと定規を使い、予想される旋回半径と速度から敵の位置を計算し直し、再度の会敵に備える。

 そして艦長のキャリアと乗艦のギャップも発生する。

 有賀幸作は水雷畑の戦術家で、駆逐艦を指揮させたら無類の戦上手であった。

 そして余りにも前線で戦い過ぎるから、かつて山本五十六連合艦隊司令長官から

「有賀を決して殺させるな」

 と言われた程であった。

 一方のアイザック・キャンベル・キッドは生粋の戦艦乗りである。

「ニュージャージー」「ノースダコタ」「ニューメキシコ」「ユタ」そして「アリゾナ」と戦艦を乗り継いで来た。

 そして戦死時の役職は第1戦艦部隊司令官、兼戦艦戦闘部隊幕僚長・次席指揮官であった。

 勇猛果敢に攻撃を仕掛ける軍人の乗艦が比較すれば鈍重で重防御のもの、防御力を頼みに敵を叩きのめす戦いに慣れた軍人の乗艦が、機動力抜群の巡洋戦艦的な高速艦であった。

 あくまでもお互いとの比較であり、「大和」の27ノットはまあ高速の部類だし、「イリノイ」の防御力も「大和」には劣る、というレベルで十分に強い。


「大和」は予想敵位置に対し突撃を開始する。

 それに対し「イリノイ」は最高速度をいつでも出せる態勢を取りつつ、あえて待ち構える。

 ゆえに再度会敵した際、「大和」は正面に「イリノイ」を捉え、「イリノイ」は全主砲を指向出来る状態、右舷やや前方に「大和」を捉える。

 第二合の砲戦が始まる。

 4時間ぶりの会敵で、両艦の距離は7,000メートルに開いていた。

 余りの至近距離を避け、一旦回避運動をした為だが、それでも戦艦の巨砲の前にはまだまだ危険な距離である。

「大和」は前方の主砲しか砲撃が出来ない。

 定石ならばここは進路を少しずつ変えながら同航戦か反航戦の形を取り、後方の主砲も使える態勢に持ち込むべきであろう。

 現在の丁字はよろしく無い。

 しかし有賀はこのまま前進を命じる。

 いくら「大和」の旋回能力が高いとは言え、舵を切っている間は敵から狙われやすく、こちらの攻撃は当てづらくなる。

 それに有賀には、敵も動く以上、いつまでも頭を抑えられた陣形のままではないという読みもあった。

 早く敵に肉薄して駆け抜けるというのは、正しく駆逐艦の戦い方であろう。


 一方の「イリノイ」のキッド艦長は、前進しつつ9門の主砲を速やかに斉射し、命中を得るよう命じる。

 何斉射かした後、「イリノイ」は日本艦から一旦離れるが、そこで転換して再び相手の頭を抑える。

 謂わばヘビー級プロボクサーのジャック・デンプシーのように往復打撃を加えようとしていた。


 夜間の砲戦で、やはり中々当たりが出ない。

 普通は艦隊で戦うから、その分砲数も増えて、命中弾が出る。

 例えば理想的な丁字戦法を、日本相手にアメリカが行ったスリガオ海峡夜戦では、戦艦6隻の16インチ砲16門、14インチ砲48門を指向出来た。

 これだけの砲を、既に損傷して速度が落ち、更に炎上している相手に放てば当たるというものだ。

 これが一対一なら、つるべ打ちも中々出来ないし、単純に砲数が少ない事もあって、お互いが無傷な状態では当たらない。

 命中弾は彼我の距離が5,000メートルにまで迫ってから出た。

「イリノイ」は3発当てた。

 1発は「大和」第二砲塔に命中するも、平射に近い角度の砲弾が天蓋に当たった為、弾かれてしまう。

 しかし巨弾が当たった衝撃で、第二砲塔の測距儀は故障してしまった。

 別の1発は第一艦橋に命中し、ここを破壊し、中に居た全員を即死させた。

 昼の戦いから、これで勝負有りだったろう。

 だが夜戦において、有賀艦長は第二艦橋、別名「夜戦艦橋」もしくは「羅針艦橋」に居た為に無事であった。

 それでも被害は大きく、第一艦橋、別名「昼戦艦橋」の上に在る主砲射撃指揮所と測距儀も破壊されてしまった。

 世界最大の15メートル測距儀が失われた事は、今後の砲戦において極めて痛手となる。

 最後の1発は前部の非主要区画を貫通し、浸水させた。

「大和」は戦闘力は失っていないが、速度はやや低下し、主砲の測距儀が二つ失われる損害を受けた。


 一方「イリノイ」には2発の46cm砲が命中する。

 いずれも側面を晒していた「イリノイ」の舷側装甲を貫いた。

 推進軸線上の三基の主砲塔全てを使える態勢は、敵からも狙われやすい横っ腹を相手に見せる事でもある。

 浸水もしたし、命中箇所近辺の対水上/対空両用砲も壊れ、更に艦内部で火災も発生していた。

 下手をしたら機関部まで火の手が及んでいただろう。

 だが、アメリカが日本に比べて圧倒的に優っている技術、ダメージコントロールが艦を救う。

 浸水しても沈まなければ良い。

 火災は消火すれば良い。

 こうして被害の拡大を食い止めた「イリノイ」だったが、反転しての往復攻撃は諦めた。

 やはり16インチ砲ではない、もっと大きな砲による損傷は思った以上に重い。

 このまま一旦「大和」の視界から消えた状態で、修復作業をしつつ、戦い方を考え直そう。

 文字通りのボディーブローを食らった「イリノイ」は、足に来ている状態である。

 出来れば元の快速に近づける為、可能な限り損害ダメージ制御コントロールしようではないか。

 一方の「大和」は傷ついたまま戦闘を続行しようとするも、艦の態勢は考えなければならなくなった。

 破損した射撃指揮所には及ばないが、後部艦橋の予備方位盤と10メートル測距儀を使う必要がある。

 更に後部の第三砲塔も有効に使わないと。

 第二砲塔の測距儀が壊れている。

 仮に後部艦橋の予備方位盤まで失われた場合、単独での測距が出来ず、後部艦橋からの指揮でしか撃てなくなった第二砲塔は無力化されたも同然だ。

 第三砲塔も、小さいが副砲の測距儀も、使えるものなら全て使わないと。


 こうしてお互いダメージを負いながらも、主砲という牙はまだ残されていて、第三合に備えて現状での全力を出せるよう支度をしていた。

 日米の戦艦一騎打ちはまだ終わらない。

(続く)

明日でこの小説、〆ます。

半分時事ネタでもありますし、短期で終わらす予定でしたので。

ラストはまた17時からアップします。

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