決戦! 日米戦艦対決
「大和」艦長有賀幸作は言った。
「確かに夜戦にしてくれと申請出したが……」
「イリノイ」艦長アイザック・キッドは呟いた。
「確かに靄が掛かってこちらの位置が朧気になるのを求めた……」
両者はほぼ同時に文句を言う。
「相手も望みを言ったからだろう。
だけど夜に濃霧とか、酷いじゃないか!!」
両者ともにこの海に暗礁どころか浅い場所すら無い事は知っている。
それでも闇夜かつ濃霧の中で動くというのは危険極まりない。
しかもこの世界、月明かりすら存在していない為、全く先が見通せないのだ。
「まさか、『ヴァンガード』との決着のように、この一寸先すら見えない海で、敵と衝突させるとかやらないだろうな?」
頭悪い事を思いつく神の事だ、二度ある事が三度まで、でもおかしくなんか無い。
「ヴァンガード」のアグニュー艦長が言ったように
「無能な神もどきのやる事成す事、全部疑った方が良いぞ」
は正しいようだ。
さて、日本海軍の有賀幸作大佐は対アメリカでは戦意旺盛なのだが、アメリカ海軍のアイザック・キャンベル・キッド少将も対日殺意に溢れている。
何せ彼は、あの1941年12月7日に日本海軍によって殺されたのだ。
アメリカが言う「恥辱の日」に「卑怯な奇襲攻撃」によって、戦艦「アリゾナ」艦橋にて。
それが謎の世界に召喚され、未知の戦艦で艦長の任に就いていた。
完全に未知ではない。
キッド「アリゾナ」艦長だった1940年から戦死する1941年までの間に新型戦艦「アイオワ」級は4隻まで起工している。
この「イリノイ」と「ケンタッキー」は1944年以降の起工、その後建造中止だった為、艦長は存在しない。
だからキッド少将が艦長に任じられ、死後の1941年以降の記憶も何故か持っている不思議な状態でWBCを戦う事になった。
「どうやら『アリゾナ』の仇は合衆国海軍の皆が取ってくれたようだ。
真珠湾で損傷を受けた太平洋艦隊も、『アリゾナ』の他は『オクラホマ』が廃棄されただけで、他は修復されて借りを返せたようだ。
だが、やられたらやり返す、倍返しだ!
それがアメリカの男というものだろ?
違うか、皆!」
キッド少将の檄に、乗組員一同が応える。
「そうだ、やられた借りは自分で返す!
誰かに仇を討って貰って、それで満足なんてしていられないぜ!」
「ジャップには直接やり返してやろうぜ!」
盛り上がる乗組員に対し、キッド少将は演説を続ける。
「残念だが『アリゾナ』では謎の巨大戦艦には勝てないようだ。
だが、合衆国の誇り『アイオワ』級5番艦『イリノイ』ならジャップに勝てる。
諸君の中には、あの時『アリゾナ』で戦死した者も居るな。
乗り換えた事にはなるが、『イリノイ』であの時の借りを返そう!」
大いに盛り上がる艦内。
そんな士気の高揚する中、キッド艦長は密かに
(『モンタナ』が起工していればもっと良かったのに……)
とも思っていた。
戦艦「モンタナ」、満載排水量70,965トン、28ノット、主砲40cm砲12門(三連装砲塔4基)。
満載排水量72,809トン、27ノット、主砲46cm砲9門(三連装砲塔3基)の「大和」に匹敵する戦艦である。
残念ながら未起工という神の決めた出場条件を満たさず、召喚出来なかった。
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「主よ、もしかして熾烈な日米決戦となる事を期待して、あえて日本の攻撃で開戦劈頭戦死したこの人物を召喚したのですか?」
一連の下界の様子を見ていた天使が神に問う。
どうにも戦う宿命の者を呼び寄せたように見える。
水雷畑を歩んで来て、軍歴の最後に戦艦の艦長となった男。
旧式艦の艦長で、開戦直後に戦死した為に以降の自前の戦訓が無い男。
日本にもアメリカにも、もっと適任の艦長が居たに違いない。
だが、実力ではなくどう有っても相手を倒す、絶対アメリカ/日本殺すマンを選んだのだとすれば、この人選も納得出来る。
そして日米戦以外は余り乗り気じゃなかった事も。
ただ日米宿命の対決が見たかっただけで、この異世界でのWBCを開いたのだろうか。
戦神が答える。
「神とは1にして全、全にして1。
唯一神と見る場合もあるし、八百万という場合もある。
我のように戦乱や闘争という概念が具現化したモノを神と見るか、唯一神の一側面と見るか……」
「はあ……」
「お前は我々によって創られた存在。
では我々は誰に作られた?」
(いや、神学を聞きたいのでは無いのですが)
「要は、私すら逆らえない何らかの意思があり、それは自分の内なるものか、自分を創った更なる上位の存在のものかは分からない。
それが制限を掛けるのだ。
『歴史ジャンルは第二次世界大戦まで。
戦後の人物を登場させるのは不可』と……。
天意神意というものだろうな」
神でさえ自由に振る舞えない何かがあると言う。
だから、戦艦という洋上艦が消える時期の艦長とかは使えないようだった。
「何故か、西暦という人間界の時代区分で、2100年より後なら問題無いようだが」
よく分からないが、神ですらままならない事情と、神の頭の悪い人選でこうなったのだろう。
「正直言って、日米と英独だけ最初から戦わせれば良かったんじゃないですか?
わざわざこんな大会にしなくても」
だが、これには普段は戦神とは不仲の軍神すら、口を揃えて天使に反論する。
「それじゃ面白く無いでしょ!」
天使は重ねて問う。
「キッドさん、『モンタナが有れば』と思ってましたけど、起工まではした戦艦までというルールも、天の偉大な意思に基づくものですか?」
それには戦神だけが答える。
「いや、それは私が決めたものだ。
もしかしたら失敗だったかもしれない」
この拘りによって、アメリカは「モンタナ」級、フランスは38cm四連装砲3基の「アルザス」級、オーストリアは35cm砲10門搭載の「エルザッツ・モナルヒ」級、オランダは1940年度巡洋戦艦、そしてドイツはH42の使用を封じられたのである。
「せめて、スペックが分かる艦はOKにすれば良かったろうに」
軍神が呆れたように言うと、戦神が
「そんな事許したら、日本は50万トン戦艦出して来るが、良いのか?」
と反論していた。
それに対し軍神も再反論し、収集が付かなくなって来た為、天使はそっちを見ないようにする。
とりあえず神の気まぐれに翻弄された、他国の戦艦乗組員たちにはいい迷惑だったろう……。
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こんな理由で対決する事になった有賀とキッド。
そして有賀の希望である夜戦と、キッドの希望である高速戦艦の足を活かした神出鬼没を実行出来る靄の掛かった戦場、これを足した上に更に状態を悪化させた
「月明かりすら無い漆黒の海に濃霧が掛かっている」
戦場で、両戦艦は敵を求めて彷徨っていた。
(いい加減、電探を復活させてくれ)
と有賀もキッドも思っていたが、そこは頑なに認めない天。
見張り員の目が勝敗の決め手となるだろう、そう思われていた。
だが会敵はいきなりであった。
……天の方が必ず遭遇するよう調整していたので、見つけられるのは必然ではあったが。
流石に濃霧だと戦闘どころでは無く、至近距離でも分からない、下手したら衝突してしまうと分かったらしい天は、霧を晴らして靄程度にする。
霧だと視界1km未満だが、靄だと1kmどころか、それよりもっと遠くまで見る事が出来る。
それ故、双眼鏡を使って必死に海の彼方を捜索していた見張り員が、靄の中を動くものを確認する。
「敵影らしきもの、右前方に見ゆ。
接近しつつあり」
日本語と英語で、ほぼ同じ時間に報告される。
「距離は?」
靄の中、ハッキリとはしない。
だが、ある程度の距離があっても分かる巨艦同士であり、進んでいると、五感をフル活用して存在を認識出来るようだ。
大体の位置は把握した。
測距儀で測る、よく見えない。
だが、どうにか測定結果を出す。
「距離3,500から4,000メートル!
至近です!」
彼等は戦艦という兵器にとって、指呼の距離とも言える位置に敵を迎えたのであった。
(続く)