二次予選の結末
フランス戦艦「ガスコーニュ」にて。
シュバリエ「私は艦長を辞任する。
後任はガロア君がやり給え。
私は補佐をした方が良さそうだ」
こうして初代艦長シュバリエとガロア艦長という人事で戦艦は運用される事になった。
大日本帝国の戦艦「大和」と大英帝国の戦艦「ヴァンガード」の1対1の海戦は、引き分けという判定が天の声から出された。
だが「大和」の有賀艦長からしたら、敗北したのと同じ感覚である。
九八式射撃盤から出された諸元を、勘で調整し、かつ対空砲火を浴びながら、燃料も切れながらも上空で決死の弾着観測を続けた結果、日没直前にようやく1発の46cm砲がラッキーヒットしたのである。
このダメージが思った以上に大きく、撃沈には至らなかったものの、採点には影響したようだ。
ボクシングに例えるなら、「ヴァンガード」はポイントを兎に角稼ぎまくったが、「大和」が12ラウンド終了のゴングが鳴る直前に渾身の一撃を当て、ノックアウト直前の相手がゴングに救われたようなものだ。
夜戦で継続しても良かったが、「ヴァンガード」がそれに乗って来ず、退避行動を採った為に実現しなかった。
やろうと思えば、零式水上観測機から照明弾を投下し、サーチライトを点けながらの近距離戦闘が出来たのだが、「ヴァンガード」のアグニュー艦長がそれを望まなかった。
彼は誇りの為に勝つ気満々ではあるが、いくら生き返るからと言って無駄な戦いをする気もなく、判定勝ちがあるならそれで十分と割り切っている。
今回は当て逃げする気だったが、最後にまぐれ当たりを食らった。
引き分け判定ならそれで良い。
迂闊に戦い続けたら、ダメージの大きさのせいで負けるかもしれない。
引き際というのも肝心だろう。
イギリスにしたら、最終戦はトルコが相手だから、2勝1分で予選突破は確実だろう。
不条理な超越者相手にゴネても意味が無い。
全試合を判定勝ちで来ているから、審判の心象を悪くして得な事も無い。
一方の日本は、これで一気に気持ちが引き締まった。
最終戦はフランスが相手となる。
フランスもかつては日本の師匠であった。
それは専ら陸軍の事で、海軍はイギリスに師事してはいたが、海軍も明治の頃はフランス製軍艦を購入した事がある。
大変使い辛かった。
だから師匠と言っても「反面教師」な感じではあるが、それでも造船技術、砲の性能等侮れないものは多々ある。
この「大和」に搭載されている九六式二十五粍機銃も、元はフランス・オチキス社25mm対空機銃であり、フランスが技術においていまだ優秀な国である事は否定出来ない。
そして過去には戦艦を保有していたが、運用停止して新規の計画すら無い国以外は、最新の戦艦が出て来ている。
本日対戦したイギリス戦艦も、「キングジョージ5世」級と似ていたが、やはり知らない新型艦であった。
フランスもきっと新型戦艦が出て来るだろう。
あそこはドイツに早々に占領された為、計画中止になった戦艦がいくつもあるだろうし。
今日と同じように、優速と戦場の特性を生かした遠距離砲戦に終始されたら、不覚を取る可能性だってある。
「負けられない戦いが、ここに有る!」
有賀艦長は全乗組員に檄を飛ばした。
フランスは第二戦でトルコに勝利し、1勝1敗。
イギリスはトルコに勝つだろうから、ここは2勝1分でいくだろう。
日本がフランスに勝つと
1位:イギリス 2勝1分
1位:日本 2勝1分
3位:フランス 1勝2敗
4位:トルコ 0勝3敗
となる。
日本がフランスに敗れると
1位:イギリス 2勝1分
2位:フランス 2勝1敗
3位:日本 1勝1分1敗
4位:トルコ 0勝3敗
となって日本の予選敗退となる。
まあ引き分けでも
1位:イギリス 2勝1分
2位:日本 1勝2分
3位:フランス 1勝1分1敗
4位:トルコ 0勝3敗
で予選通過は確実だが
「それでは納得がいかん!」
と有賀は思っていた。
実のところ、彼の頭の中では本日の戦闘は敗北であり、
フランスに勝って
1位:イギリス 3勝0敗
2位:日本 2勝1敗
3位:フランス 1勝2敗
4位:トルコ 0勝3敗
引き分けだと
1位:イギリス 3勝0分
2位:フランス 1勝1分1敗
2位:日本 1勝1分1敗
4位:トルコ 0勝3敗
というように考えていた。
天の声が
(それは貴方が勝手に思っているだけ)
とツッコミを入れて来るが、日本人の悪い癖で
「自分がそう思った以上、誰が何と言おうがそうなのだ!」
と曲げない頑固さが出ていた。
だから、せめて単独2位で予選通過する為に、負けられないと思っている。
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「敵艦見ユ」
「敵機発見、接近中」
日付が変わって第3戦が始まる。
直ちに零式水上観測機を発艦させて偵察を開始した。
「ガスコーニュ」側も同じように考えていたようで、偵察機が接近して来る。
「予備の零観を出せ」
これは相手の対空砲火を搔い潜っての着弾観測を行う機体を増やすと共に、フランスの偵察機を撃墜する為でもあった。
この零式水上観測機、戦闘機並の空戦性能を持っている。
時速225kmしか出ないフランスのロアール・ニューポール水上機に対し、時速370kmの零観は前方に向いた7.7mm機銃を持って簡単に撃墜出来ると思われる。
しかし植民地大国であるフランスが作ったこの飛行艇は、熱帯地域での運用に耐え、戦艦からの発艦も可能な堅牢な構造であり、7.7mmの豆鉄砲では中々落ちない。
お互いに頭の上の蠅を追う戦闘をしながら、射程距離に敵艦を捉えた!
そして砲撃開始。
「あいつら、4万メートルの彼方から撃てるのか!
これは侮っていた!」
お互いに敵艦の主砲性能を称える。
そして気を引き締める。
「大和」には世界的に見て大型の15.5メートル測距儀が搭載されていたが、「ガスコーニュ」にも13.5メートル測距儀という大型の測距儀があった。
両艦ともに長射程の砲に相応しい装置を積んでいる。
最初の砲撃はお互いに外れた。
これは当たり前だ。
初弾命中なんてまず無いのだから。
しかし、修正砲撃でも外れる。
調整を繰り返しながら挟叉を狙うのだが、その着弾の傾向を見ながらお互いに感じた。
「あいつもまだ、この海域の特徴に適応出来ていないな」
フランスも日本もイギリスと戦った。
そして、こちらは射撃方位盤の諸元を使っても当たらないのに、イギリスは何とか当てて来る。
大和魂にエラン・ヴィタールと精神主義がある両国だが、同時に合理性だって持っている。
両国ともイギリスには遅れたが、地球そっくりに見えるこの異世界が、実は色んな数値が違っていた事に気づいたのだ。
最初から神らしい存在を疑っていたし、何より冒険海軍の伝統を残すイギリスは、各種観測からスタートした為、開戦までに完璧ではないにせよ調整が出来ていた。
日仏はそこまで出来ていない。
あとは着弾観測機からの報告によって調整し、砲手の勘が冴えるのを期待しよう。
やがて空の戦いは日本圧倒的有利となる。
最終改装前の「大和」も、空母戦を経験した事が無いフランス海軍で造られた「ガスコーニュ」も、対空砲は大した事が無かった。
そうなると、戦闘機としての使い方すら出来る零観を8機も搭載する「大和」は、頑丈だが鈍重な飛行艇を2機搭載の「ガスコーニュ」より有利である。
半数を上空直掩に残していた為、零観がロアール・ニューポール水上機を何とか撃墜する。
そうなると着弾観測は日本だけが出来て、フランスは出来ない。
有利になった有賀艦長は、遠距離砲戦に終始させながら
「射撃方位盤を微調整出来るよう、対応表を作っておけ。
出た数値にどれだけ足したら良いか、どれだけ引いたら良いか。
決勝戦とやらに進む際、これが無いと勝てんぞ」
と命令を出していた。
お互いに命中弾は出たが、「ガスコーニュ」の38cm砲弾は「大和」の舷側装甲410mmはおろか、水平装甲230mmに歯が立たない。
一方「大和」の46cm砲弾は3万メートルで360mmの貫通力を誇る為、「ガスコーニュ」の舷側装甲330mmを貫いて大ダメージを与えていた。
浸水が始まり、足が止まり始めた「ガスコーニュ」を「大和」はアウトレンジで叩き続けた。
フランスに恨みは無いし、大戦においてもヴィシー・フランスは同盟国扱い。
たが、タイやトルコ相手にしたような緩い戦い方はしない。
舐めプで得られるものなんて無いのだ。
全力で戦い続けながらデーターを取り続ける。
日本海軍では46cm砲の命中9〜16発で敵戦艦を完全に無力化出来ると考えていた。
これは同型艦含めた艦隊での砲戦前提で、単艦でこんなに命中弾を出すとは想定していない。
近距離での砲戦であれば命中弾も増えるが、遠距離ならば例えこの異世界で無くとも当たらないものだ。
結局、主砲弾を撃ち尽くすまでに7発を命中させるも、「ガスコーニュ」はまだ浮いている。
新設計の戦艦というのは、それ程にタフなのだ。
確かに舷側装甲を撃ち抜いて浸水させたものの、予備浮力もあって中々沈まない。
こうなれば、浸水で足が遅くなった上に、傾斜のせいで砲撃精度が落ちた「ガスコーニュ」に対し接近して、より命中弾を多く与えればこれまでの戦艦同様撃沈出来ただろう。
だが有賀はこの海戦においては遠距離砲戦を徹底させ、その精度向上に努めた。
侮ってはいないが、楽な方にも流れない。
次戦以降も見据えたのだ。
こうした戦いの為、結果は「大和」の判定勝ち。
「大和」は二次予選突破を決めたのである。
おまけ:
2敗となり予選敗退のフランス戦艦では、革命の国らしく
「こんな結果は艦長の指揮が良くなかったせいだ」
と糾弾の声が上がり、艦長が一番下の立場に置かれてトイレ掃除等をさせられる
「逆さまデー」
が行われたのであった。