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この世界の秘密

 二次予選の二日目、どうやら大日本帝国海軍の「大和」と大英帝国海軍の「ヴァンガード」が激突する事となった。

 太平洋の一大海軍国家と、古くから「7つの海」を支配する海軍国家の激突である。


「ヴァンガード」のアグニュー艦長は、水平線の辺りに見える艦が極めて大きい事を確認する。

 そんな艦をトルコは持っていない。

 地中海や黒海で活動する彼等にそんな戦艦は必要無いし、建造したり購入する国力も無い。

 相手は日本で間違いないだろう。

 そして噂では聞いた、アメリカが遭遇した巨大戦艦か。


 イギリス史上最大の戦艦も、世界史上最大の戦艦「大和」よりは小さい。

 防御力も、主砲攻撃力も、安定性も劣っている。

 だが速力は「ヴァンガード」が3ノットも勝っていた。

 アグニュー艦長はそこまで詳しくは知らない。

 しかし、イギリスが最後に日本に売った巡洋戦艦「金剛」、高速戦艦に改装されたその艦の速力を30ノット程度と見積もっていた為、大体そこまでは速力が出るのではないかと疑っていた。


「大和」の有賀艦長も、偵察機を兼用する零式水上観測機からの報告で、イギリス戦艦であると把握した。

 この当時の日本海軍にとって、イギリス海軍は師匠にあたる。

 先に述べた戦艦「金剛」までは主力艦を購入していたし、最初の空母「鳳翔」の艦載機を着艦させたのもイギリス海軍の飛行士である。

 第二次世界大戦において、アジア主義は蔓延り「白人国家より亜細亜を解放する」という声が大きくなったなり、植民地帝国であるイギリスを敵視する声が出ていたものの、海軍においてはそういう反イギリスイデオロギーが小さかった。

 ごく普通に仮想敵国として考え、アメリカの同盟国として挟み撃ちされる可能性を考慮して計画を立てていたまでだ。

 それ故に何度も海戦で戦っていたが、激し過ぎる敵意を持ってはいない。

……空襲などで祖国を悲惨な目に遭わせているアメリカへの敵意が激し過ぎるだけで、外地でしか戦っていないイギリスは半分忘れている部分もあるのだが。


 アグニュー艦長からは「アメリカからの報告にあった巨大戦艦」ゆえに侮る気分は全く無く、有賀艦長も「帝国海軍の師」でありいまだ強大なイギリス海軍の戦艦が相手だから、気を引き締めてかかっていた。

 お互い神の気まぐれが謎仕様で、あの大戦の時に完成していなかった艦が召喚されている事を、両陣営とも把握している。

 自分たちが知っている戦艦ではない可能性も。


(まったく、巻き込まれたこちらは迷惑なのだ)


 そう思いながらも、元の世界での連合国陣営と枢軸国陣営は衝突する。

「大和」からは索敵機として零式水上観測機が発艦する。

 油断していない有賀艦長は、今までと違って主砲の最大射程42,000メートルからの戦闘を計画した。

 いち早く敵を発見し、着弾観測機を纏わりつかせて、観測射撃を行う。

 地区予選では観測機が居なかったから出来なかった。

 二次予選一回戦では、偵察の結果第一次世界大戦時建造の戦艦が相手で、しかも接近戦を相手が選択したから受けて立った。

 この海戦が、レーダーを使用出来ない中で初めて行われる、砲の性能をフルに発揮出来る戦いになるだろう。


 そして「ヴァンガード」を発見した零観は、直ちに位置を「大和」に報告。

「ヴァンガード」も対空砲火を放ち、観測機を追い払おうとする。

 フランスの水上機と違い、日本の水上機は運動性能も速度も上昇可能高度も上であり、「ヴァンガード」の対空能力でもあっさりと撃墜は出来ない。

 観測の妨害は出来ているが、まだ上空を飛び回られている。

 そして「大和」が最大射程で主砲を放つ。

 この時の主砲は、天に向かって撃つよう、最大仰角であった。

 そして外れる。

 まあ初弾はこんなものだ。

 だが二射目、つまりは観測機からの情報を元に修正された筈の砲撃の外れ方を見て、アグニュー艦長はスタッフに向かって笑顔を見せた。

「日本もまだ、神の意地悪に気づいていないようだ。

 ここを地球だと思っている。

 大航海時代に海軍を持っていなかった国だ。

 近海待ち伏せを基軸戦略(ドクトリン)としている海軍だからだろうな。

 帆船時代から世界を駆け回っていた我々とは経験値が違う!」




 イギリス人とは皮肉屋であり、底意地が悪く、基本他国を信用していない。

 自国や自国民ですら毒舌の標的になるくらいだ。

 この異世界にやって来た彼等は、まずもってこの世界について調べる事から始めた。

 糞ったれな超常者(性格が悪いのは彼等の神ではない)が召喚したこの世界が、地球と同じな訳が無いだろう。

 様々な観測を行い、緯度経度、水深、自転速度、重力、そしてこの惑星の半径まで調べまくった。

 結果、地球の条件に相当似せているが、惑星の大きさが異なり、曲率も自転速度も異なっている事を割り出す。

 地球とサイズが異なる惑星が、地球と若干違う速度で自転しているのか?

 それとも何者かの作り出した世界ゆえ、天動説のように大地(もう地球とはいえない)は不動で天だけ動いて見えるのか?

 とにかくかつての世界の設定が当てはまらないようだ。


 間接射撃とは数学である。

 諸元を計算する際、地球自転による距離差や横偏差を計算しているのだ。

 砲撃時の位置、どの包囲への砲撃か、敵までの距離に自転の角速度を組み込んで最適な仰角を割り出す。

「大和」においては九八式射撃盤に緯度を入力して、自動的に割り出している。

 その地球自転の係数が違っているのだ。

 長距離になればなる程、ズレが大きくなるのは当然と言える。

「ヴァンガード」艦長だったアグニューは少将昇進後、王室専用ヨット的な扱いの艦を指揮して南アフリカまでの航海を行った。

 北半球か南半球か赤道下か、そういうものの違いも肌で感じられた。

 この世界に来てからの違和感を元に、帆船時代はよくやっていた探検航海、行く先々で測量や観測といった事を隙あらばやって、その上で

「現在の諸元では決して命中弾を得られない」

 と、射撃時の係数の変更を行わせたのだ。


 無論、こんな短期間で、専門の測地学者や天文学者も居ないのだから、正確な係数を算出は出来ない。

 しかし撃っても撃っても補充される性質を利用して、経験値を求める。

 その後、いくら目視による直接照準の方が命中弾を得られると分かっていても、徹底的に遠距離砲撃での戦いにこだわり、誤差修正作業を行っていた。

 アメリカ・大西洋地区予選の緒戦、アルゼンチン戦艦「モレノ」(1915年竣工)、ブラジル戦艦「サン・パウロ」(1910年竣工)、チリ戦艦「アルミラント・ラトーレ」(1914年竣工、1931年改装)相手なら接近戦でも十分勝てたのだが、あえて遠距離砲撃に徹した結果、命中弾が少なく撃沈は出来なかったものの、判定勝ちを収めて来た。

 そしてこの地区予選最大の決戦、アメリカ戦ではこの微調整が上手くいった結果、やはり判定勝ちではあるが金星とも言える結果を出す。

 これがイギリス1位通過の理由である。


「ヴァンガード」はこの強みを生かし、「大和」に対しても遠距離砲戦を行った。

「ヴァンガード」から見て、4万メートルの彼方から撃って来た戦艦だから、「ヴァンガード」の38cm砲の最大射程の約3万メートルは危険地帯と言える。

 それでもギリギリの線を維持しつつ、砲戦を行う。

「大和」から見れば、近づいて来ない臆病な相手に見えたかもしれない。

 しかしそれは違う。

「大和」の主砲では有効射程距離、「ヴァンガード」の主砲は最大射程距離。

「大和」の主砲は命中する可能性がある。

 そしてこの距離では「ヴァンガード」のSHS弾でも「大和」の水平装甲230mmは貫けない。

 要はリーチの長いヘビー級ボクサーのヒット距離に居ながら、リーチの短いジャブを打ち続ける中量級といった構図なのだ。

 いくらヘビー級ボクサーの瞼が腫れて遠近感がおかしくなっていると分かっていても、神経を擦り減らす心地である。

「諸君、絶えず回避行動を取り、速度を速めたり遅くしたりと緩急をつけ、煙幕を焚き、上空の蚊トンボには正確な弾着観測をさせず、戦い続けようではないか」


 一方の「大和」の方は焦れて来ていた。

 どうも相手の戦艦は足が速いようで、接近しても上手く距離を取られる。

 結構複雑な回避行動を取っているから、相手からの命中弾も少ないし、装甲が弾き返してダメージが無い。

だが、こちらの命中弾が全く無いのだ。

 既に零観は2機が撃墜され、3機が損傷して退避している(後で回収しまーす!)。

 このままではダメージがほとんど無いのに、判定負けを食らうだろう。


 そんな中、開戦前にありったけ出撃させた零観のうちの1機が報告を送って来た。

 それを聞いた通信士から砲術長に報告が上がる。

「艦長、零観からの報告で、水平線が違って見える、との事です。

 どうもここは地球と異なる海で、射撃諸元の計算が違っているのではないでしょうか」

 砲術長にも何となく、射撃諸元がズレている感覚はあった。

 だが確信が持てずにいた。

 何せ日本は「当たらないのは訓練が足りていないからだ」と考える癖が強い。

 そんなモヤモヤしていた中、観測機から水平線の形が違う、つまり地球と海の形が違う可能性が示された。


 日本の熟練パイロットはどこかおかしい。

 敵の未来位置が見えていたり、後方の敵機の殺気を感じて撃たれる前に回避したり、空の形が違って見えるからそっちに行ってみたら敵を発見したりと、どこぞの天パとか「なんだ、男かよ」と言われたら軍人でも殴ってしまう空手少年とかみたいな超感覚を持っている。

 水平線なんて、もっと高高度に行かないと曲率が分かる筈がない。

 しかし彼等の中には、何か違って見えていた。

 そんな超常的な感覚だったが、複数人のパイロットが同じ感覚だったそうで、ここまで当たらない砲撃をおかしく思った者が、科学的では無い事を承知の上で報告を上げたのだ。


 有賀艦長は頭を抱えた。

「それ、もっと早く言ってよ……」

 明らかに弱い相手に近距離攻撃で勝っていた事や、おかしいと思っても「訓練不足」で片づけたがる思考が、この結果に辿り着くのを遅らせたのである。

 こうして「大和」は九八式射撃盤が出す数字を信じられない状態で、この事実を知っているとしか思えない敵と戦い続けるのであった。

おまけ:

作者、割と気楽に書いているので、この海を持つ星が海王星並のデカさ(だけど表面重力は約1G)という場合、通常の諸元で遠くに落ちるのか、近くに落ちるのか考えるのが面倒になりました。

なので、その辺の計算は一切無視して、地球と違う海なのに一見同じだから、中々気づかなかったという程度にしました。

案外これでも当てられそうな気はするんですが……。

(それでも距離3万メートルとか、命中率相当低かったりしますしね。

 相手もこっちも動いてますし)

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