オネエ探偵の助手を始めたけど異世界と行き来できるなんて聞いてない
アタシはその扉を開けて…………
すぐ閉めた。
*
無駄に天井の高い、だだっ広い広間。掃除の手間にしかならないような飾るだけの壺やら、どこぞの誰が描いたかもわからないような絵画があちこちに飾られている。
広間の奥には二階へと続く、両翼のように無駄に広がる階段。いかにもお金持ちの貴族サマって感じね。
そんな広間に点々と、胡散臭い人たちが集まっている。
部屋の中心にあたる柱時計を背にした、空っぽの一人掛けソファから少しだけ距離を置いて、みんな落ち着きなく様子をうかがっているみたい。
ソファの右手で不愉快そうに踏ん反り返っているのは脂ぎったおでこを光らせる豚オヤジ。
俯きつつも子ネズミのようにキョロキョロと周囲に目を配る気弱そうなその嫁。
二人の後ろには右手の中指と薬指でクイクイ眼鏡を調整する蛇男。小指がピンッと立ってるのが気に食わない上に、銀縁のフレームが照明を反射してイラつくったらないわ!そんなにズレるなら修理に出しなさいよ!
ソファを挟んで反対側の左手には、まるで自分の家のように酔いどれている芸術家肌のオジ様と、どこのパーティーに出席するのかと思うくらい露出高い真っ赤なドレス姿の美魔女。
忙しなく働くお手伝いさんをベトっとした視線で見つめる姿は、まるでハイエナみたいね。
美魔女も釣り上がった瞳が狐のよう。唇を彩っているリップカラーは素敵ね。どこのブランドのものか教えてもらおうかな?
そんな2人のイイところばっかり集めたみたいな造形の妖艶な顔立ちをした、スラッと背の高い孤高の狼のような美少年が手持ち無沙汰にしている。
そして、ソファのちょうど向かいの窓辺ではこのアタシが退屈そうにカードをめくっているの。アタシのパパとママは去年亡くなってしまったから、アタシだけこの珍獣たちの集いにはひとりぼっちで参加。
だけど、今は側にいてくれる人がいるの。
カード占いをするアタシの指先を、まっすぐな目で追う小柄な女のコ。見た目だけなら子リスちゃんのようだけど、一寸も乱れない七三分けの前髪とピッシリしたスーツ姿で少しも隙がない。
座る角度がどこを取っても直角だから、疲れてしまわないか心配になっちゃうわ。
「あらヤダ!死神じゃない」
最後にめくったカードには、ボロボロのマントを羽織った骸骨がおおぶりの鎌を振り上げているイラスト。
「よくない結果なのですか?」
抑揚のない無機質な話し方で子リスちゃんが聞いてくる。うん、可愛い声ね♡
「誰か人が死んじゃうみたいね。恋の予感のカードもあったから油断していたわ」
「恋」
子リスちゃんってば動揺してるのかしら?表情も声色も姿勢も何ひとつ微塵も変わらないけど、瞬きの数が減っている気がするもの。
「そんなことより貴女のおツレさん、まだかかるのかしら」
「そうですね。いつもなら戻ってくる頃かと」
子リスちゃんがそう言って、柱時計を振り返ろうとしたその時。
「お待たせいたしました!事件は全て解決しました」
広間の階段の上、柱時計をちょうど見上げたそこに、探偵は自信たっぷりに仁王立ちしていた。
真っ黒な10cmのピンヒール。細くて長い足にぴったりフィットしたダークモカカラーのスラックス。ウエストの高さとスタイルの良さをアピールしたパールホワイトのドレスシャツが嫌味なくらいに似合っている。
そしてそのモデルのような身体にちょこんと乗っている顔は、キリッとした眉毛に切長の瞳。筋の通った鼻梁に薄い唇。エンジェルリングを煌めかせた、ダークブラウンの真っ直ぐな長髪を無造作に括って左肩から垂らしている。
彼は、優雅な身のこなしをして二階の奥にあるこの屋敷の当主、おじいさまの部屋を指し示した。
「それでは皆さまどうぞ、事件現場へいらしてください」
誰もが自分から動き出そうとはせず、チラチラと様子を見ながら誰かが先陣を切るのを待っている。
「わかったわ!ぜひ見せてちょうだい」
カードを丁寧に揃えて、珍獣たちの群れの中をアタシは颯爽と進んで行った。
子リスちゃんはというと、アタシのすぐ後ろを音もなく着いてきていた。この子ニンジャなのかしら?
珍獣たちも少し距離をとって、アタシたちに続いてノロノロ歩き出した。
一番奥にある重厚感ある大きな扉の前で、含み笑いを浮かべてアタシを見つめる探偵。
「カヲルさん?でしたよね?さあどうぞ扉を開けて下さい」
レリーフの刻まれたくすんだアンティークゴールドの扉の取っ手を掴みかけて、アタシは一瞬躊躇した。
昨晩この部屋で、おじいさまは惨殺したいで発見されたのだ。
フカフカな毛足の長い絨毯を染め上げていく血溜まりと、動くことのなくなってしまったおじいさまのガラス玉のような濁った眼がアタシの記憶に焼きついている。
山羊のようにたっぷりしたおヒゲのおじいさま。厳しく躾けようとするパパとママからいつも庇ってくれた、優しいおじいさま。
アタシは、おじいさま譲りの恵まれた大きな体躯を一瞬だけ震わせると、振り切るように深呼吸をした。
大丈夫。アタシは強い。
今度はしっかりと取っ手を握りしめる。
アタシはその扉を開けて…………
すぐ閉めた。
「……探偵さん、ちょっといいかしら?」
「なんでしょう?」
「…一応確認なんだけど、部外者を部屋に入れたの?」
「わたしが到着してからは、わたしと姉様しかこの部屋には入ってないですね」
うなずく子リスちゃん。あ、お姉さんなの貴女。個性的な姉弟ね。
「そうなると、今この部屋には亡くなったおじいさまだけがいるはずよね?」
「そうですね」
「じゃあ今この部屋にいる桃色の髪のフワフワした笑顔の愛らしい幼女は誰なの!?」
「貴方のおじいさま、奥間権蔵様です」
「おじいさま」
「おじいさまです」
ボーン、ボーン、ボーン…
意識が遠くなりかけたアタシを支えるように、柱時計が3時をお知らせしている。
探偵は、両の眼を糸のように細めて、うっそりと笑っていた