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ついに雷帝と


 朝からシルヴァ邸は大忙しだった。慌ただしく女官たちが走り回る音がする。


 それもそうだ。

 

 今日は雷帝が新しく集めた女たちを見定める日。


 そしてそのお眼鏡に適った女は側室となる。


 類はじっと身動きを取らずに、大人しく紅をさされている。

 目の前で筆を持って立つヘルガの顔はわりと真剣だ。


「もうっ! スカート邪魔!!」


 自身が着るロングドレスのふんわりと盛り上がったスカートが気に入らないらしく、度々イライラしている。

 ヘルガは、類にメイクをしたいと半ば強引に女官から道具を奪い、よく似合う可愛らしいピンクのドレスを着た動きづらい格好のまま、メイクをしてくれている。


「よし! 出来た! 完っ璧!!」


 作業を終えたのか、筆を置いてふぅと額に腕を当て、汗を拭うように言った。まるで力作を完成させた職人のようだ。


 側で見守っていた女官たちは、仕上がった類を見て歓声を上げる。


「きゃー! ルイ様素敵です!」

「雷帝はルイ様を見たら一目惚れしますわ!」

「昨日のお姿もこれ以上ないほどに素敵だったけど、こちらも同レベルに尊いですわぁ。ああ、倒れそう」


 満足気にうんうんと頷くヘルガと、騒ぐ女官たち。一体どんな姿になっているのだと気になり鏡の前に立つ。


「う····」


 目の前の全身鏡の中には、見たことのない美女が立っていた。いや、美女って····いやだって! これは自分の顔じゃない! こんな女らしい顔は自分じゃない!!!!


 類は整った顔面を崩壊させて、自身の全体像を見た。ロイヤルブルーのピッタリと体のラインに沿ったマーメイドドレスは違和感なく体に張り付いており、ラインストーンが惜しみなく散りばめられ、キラキラと全体的に輝いている。胸は詰め物とパットを入れて少々盛られていて、Bカップはありそうに見える。便利なものがあるのだなとそこは感心した。

 腰辺りまである黒のストレートヘアのカツラ(ウィッグというらしい)は、それと分からないほどしっくりと馴染んでいる。髪飾りはつけないでくれと懇願して、何とかイヤリングとネックレスのみにしてもらったが、ヘルガは最後までブルーのカチューシャを付けたがっていた。

 

 チラリと横を見る。ヘルガが椅子に座り、自分でメイクしている。


「自分でするの?」

「だって。今日の主役はあたしじゃないし! あんた以上に目立っちゃったら困るでしょ? ごくごく薄――い地味メイクにするから安心して?」


 ヘルガはせっせと顔を仕上げる。いつも三つ編みにしている髪を今日は下ろしていて、ボリュームのあるピンクのウェーブヘアがヘルガの美しさをさらに引き立てている。


 こうやって定期的に女たちを集めても、誰も選ばれないこともあるらしい。選ばれなかった女たちは後宮で下女や女官になり、その数はどんどん増えていく。だからこんなに多くの者が後宮で働いているのだ。


(なんて自分勝手なんだ。本当に腹が立つ)


 類は雷帝の女たちに対する扱いに前々から憤っている。この国のことは後宮の中しか知らないが、ここでこれなら外ではもっとそうなのだろう。そんな国が安定した良い国であるわけがないと思う。



「雷帝がご到着されたようです」


 パタパタと女官が部屋へ入ってきて言った。


「他の候補や側室方も続々と来られていますので、ご準備を」


 類は覚悟を決めるように、ゴクリと唾を飲みこんだ。心臓がバクバクと音を立てているのを感じる。

 

 ポンっとヘルガに肩を叩かれる。メイクが終わったようだ。薄化粧だが元々目鼻立ちがはっきりしているので、キチンとメイクしているように見える。


「さ、行くわよ。いざしゅつじーん!」


 その緊張感のない声で、類は少し平静を取り戻した。ふっと笑って、「行こうか」と言った。





 広間の扉の前のわりと広々としたスペースには、人だかりが出来ていた。護衛兵がやたら多い。

 そりゃあそうか。雷帝が来ているのだから。類はこの光景に納得し、ヘルガと共に緊張気味に歩を進めた。


 ざわっとなって、一斉に人々がこちらを見た。え? なになに? と後ろを振り返る類。


「馬鹿。あんたを見てるのよ」


 横にいるヘルガに言われ、類は顔がカーッと赤くなるのを感じる。男の容姿で目立つことはあっても、こんな姿で注目されたことはない。は、恥ずかしい! 帰りたい! という気持ちを抑えられない。パニックになってしまいそうだ。


「落ち着いて。大丈夫。何もおかしくない。あんたはここにいる誰よりも綺麗よ」


 ヘルガが微笑んだのを見て、類は(ヘルガの方が綺麗じゃないか)と思った。


 類は震える両拳をぎゅっと固く握り、唇を結ぶ。ヘルガの一歩前を歩いて、しっかりと前を見据え扉をくぐった。


 広間に入り、エリサベトと話した時と同じ場所とは思えないと思った。部屋中が豪華に装飾され、パーティ会場のようだ。

 人が多くいたが、一番奥に玉座のようなものが用意されていて、そこに肘をついて鎮座している者の姿が目に映った瞬間、類は心臓が止まりそうになった。

 

 そこにいたのは、無性に目を引かれたあの絵の何千倍も何万倍も輝いている、“美しい”という言葉で表すには到底足りないほどの、至高の領域の美。


 完璧な金色の長いストレートヘア。少々吊り上がった切れ長の形の良い目に縁取られた金色の瞳。鼻や口も形良くこれ以上ないほどの一寸もたがわない配置に収まっている。前髪は多くが後ろへ流され、僅かな束のみ、サイドに流れていた。

 輪郭は無駄がなくシュッとしていて、色白の肌は一切の曇りなくまるで陶器のようだ。肩幅が広くがっしりして、組んだ足はとても長く見える。最高級だろう軍服をその身に纏っている。

 全てが整いすぎていて逆に突出して目立った部分がない。全て突出しているとも言える。


 神だ。と思った。神々しいとはこの男性を表す言葉であると確信する。それだけではなく、同時に類の内部に潜んでいた何かがざわざわと音を立てて蠢くような、奇妙な疼きを覚えた。


 類が雷帝から目を離せないでいるのと同様に、雷帝もまた類を見ていた。ほんの数秒だろうと思うが、長い間見つめ合っているような気がして、目を逸らさなければと焦る。しかし何故か逸らすことが出来ない。そのうちに、ふいと雷帝が視線をずらした。シルヴァが雷帝に近づいたからだ。


 こちらを見て、何か話している。類を紹介しているのだろうか。心臓がドクドクと音を立てるように鼓動している。落ち着かない気持ちになり、無理矢理目を逸らしてヘルガを見た。ヘルガはそんな類に真顔で目を向けていた。次の瞬間、ニヒッと笑い、「どう? 本物の雷帝は」と言った。


 ヘルガの顔を見ると安心する。ほっと息を吐いて、「思ったよりイケメン」とだけ答えた。


 側にいた女官に案内され、広間の中心へ向かって歩く。すでにそこには三人の女が玉座の方を向いて立っていて、顔は見えないが皆豪華に着飾っている。その横に並ぶように類とヘルガが立つ。類は女たちの中で頭一つ分飛び出ていて目立つ。

 雷帝の真ん前なので落ち着かない。先程よりも距離が近い。5メートルほどしかないのではないか。敢えて目を向けないように少し手前の地面をひたすら見つめた。


 周囲の様子を見る余裕などなかった。ただただ立ったまま時が来るのを待つ。ヘルガも何も言わない。さすがに緊張しているのだろうか。横に立つ女たちからも、緊張感が伝わってくる。


 やがて、広間によく通る少し低めの男性の声が響いた。


「始めるか」


 雷帝の声のようだ。初めて聞いたその声に、何故か類の体は震えた。再び心臓がバクバクと大きな音を立てる。静まれ! と念じるが、ますます鼓動は大きくなり、思わずギュッと目を閉じてしまった。


「では、まずは一人ずつ雷帝にご挨拶を」


 別の男性の声が聞こえて、類は目を開け声のする方を伺い見た。

 玉座の脇に立つ、長い白髪を頭頂部で縛り、両肩から垂らしている長身の男性が目に映る。雷帝と同じく軍服のようなものを身に着けている。


「いらん。手短に済ませるぞ。お前、名は?」


 白髪の男性から、今声を発した雷帝に目を移すと、バチッと目が合った。


(え?)


 左右を見ると、ヘルガももう一人の女も類を見ている。


「あんたよ! 名前!」


 ごくごく小声でヘルガが言う。恐る恐る雷帝を再び仰ぎ見て、ゴクリと唾を飲む。


「あ····る····類····です」


「ルイ。お前を側室にする」


 広間に響くその言葉を聞いて、頭が真っ白になりそうになる。言わなければ。帰りたいと。元の世界に帰りたいので側室にはなれないと。


 それでも何も言えず立ち尽くしていると、突然目の端に動くものが映った。


「雷帝!!」


 エリサベトが席を立ち、叫びながらちょうどヘルガの少し前辺りに飛び出してきた。


「これ以上側室を増やすのであれば、私を殺してください!!」


 切実な、苦しそうな表情をして、エリサベトは雷帝に大声で訴えた。

 しーんと広間は静まり返っている。


 雷帝はエリサベトに目を向けていた。その目は氷のように冷たかった。


「お前に意見する権利はない。死にたいなら勝手に死ね」


 肘をつき拳を頬に当てたまま冷たく言い放たれたその一言を聞いて、エリサベトは絶望の表情を浮かべて立ち尽くす。全身がふるふると震えている。そして立っていられなくなったのか、ぺたんと膝をついた。良い言葉が返って来ないことは分かっていただろうが、気合いを入れたのだろう完璧に着飾った姿は、儚く散ったように色褪せて見えた。青白くなった頬に涙が伝う。ポタリとその涙が綺羅びやかに輝いたドレスを濡らした。類はそれを見て、自分の拳も震えているのに気付いた。


「追い出せ」


 雷帝が再び冷たく言い放った時、類の中にある何かがプツンと音を立てて外れたような気がした。


「いい加減にしろ」


 気づくと声を発していた。バッと勢いよくヘルガがこちらを見たが、構わず続ける。体が熱くなってくるのを感じる。もう止められないと思った。


「お前の都合でカゴに閉じ込めておいて、訪れもせず飼い殺して何がしたいんだ! 側室たちがお前を愛していながらも、必要以上に縛らないようにしているのは何故か分かるか? どんな気持ちで生きているか想像したことがあるか!?」


「ルイ!!」


 シルヴァとヘルガが同時に叫ぶ。


「あ?」


 雷帝は機嫌悪そうに類を睨んだ。それでも類は、先程まで萎縮していたのが嘘のように、真っ直ぐにその金色の瞳を睨みつける。


「お前の側室になんてならない!! 生き地獄を味わうのは真っ平だ!!」

「お前も死にたいようだな」


 雷帝は手の平の上にバチバチと鋭い光を放つ電気の玉のようなものを出現させた。青と白が入り混じったプラズマボールのようなそれは、手の平から浮かび上がりどんどん大きくなる。


 雷帝が今にも電撃を類に向けて放ちそうになった時、シルヴァがエリサベトの隣に飛び出し、手と膝をつき懇願するように叫んだ。


「雷帝! どうかお見逃しを! 世間知らずな未熟者なのです!」

「こんな無礼な女はいらん」


 我慢の限界だとばかりに雷帝はそう吐き捨てるように言うと、スクっと立ち上がった。そして雷帝を睨みつける類の元に歩いてくる。

 

「雷帝!」


 白髪の男も止めるように言うが、構わず歩を進める。

 類の目の前に立ち、その顎をぐっと掴んだ。睨んだままの類の顔は、雷帝の顔に真っ直ぐに向けられる。反対側の手の真上には熱を帯びた、サッカーボールほどの大きさになったプラズマの玉がほとばしっている。

 おそらく190センチはあるのだろう。類よりも頭一つ分は背が高い。


「今命乞いをすれば、ここを立ち去るだけで許してやる」


 頭に血が上った類は、命乞いをするなど考えられなかった。恐怖よりも、この男に物申したい気持ちが勝っている。ここまで怒りを感じたのは人生で初めてだった。


「殺すなら殺してみろ!! 死んだ後お前を呪い殺してやる!!」


 そしてウィッグを取る。留めていたピンが外れる音がする。髪も少し抜けたか。構わず類はそのままウィッグを地面にかなぐり捨てた。雷帝は一瞬ハッとしたような顔をした。


「そして後宮の女たちをお前から解放する!!」

「言いたいことはそれだけか?」


 スッと雷帝が手を動かした時、一斉に広間の壁際に並んでいた女官たちが声を上げた。


「雷帝!! どうかルイ様をお助けください!!」

「ルイ様をお許しください!!」


 大合唱のように、女たちが類の命乞いをするのを見て、雷帝は目を見開いた。その光景が異様であることは明らかだった。


 その時、白髪の男の側に立っていた、大きな黒い羽を背中に生やした黒髪に黒い衣装の女が声を発した。


「雷帝。面白い女ではないですか。雷帝に対して命を投げうってここまで発言出来る者はそうそうおりませんわ」


 するとその隣に立つ、女と同じ姿をした男が直ぐ様諫めるように言う。


「出過ぎたことを言うな、ヴァリス」

「あら、本当のことを言ったまでよ」


 雷帝はチッと舌打ちした。ぐっと手を握るとプラズマの玉は跡形もなく消える。類の顎から手を離し、そのまま横にすり抜けていく。同時にヘルガは後ずさるように距離を取る。


「戻るぞ」


と言って扉へ向かって行くと、白髪の男と黒い羽の男が付いていく。先程発言した女はこの場に残るようだ。腕を組んで、赤い口元に笑みを浮かべている。


 雷帝が出て行った後、徐々に興奮が冷め、冷静になってきて大変なことをしてしまったと実感した時、ツカツカとシルヴァが目の前にやってきて、思いっきり頬を引っ叩かれた。


「お馬鹿っ!! 何考えてるのっ!? 殺されるところだったのよ!? 雷帝が容赦をしないことは知っていたでしょ!?」


 冷静なシルヴァがここまで怒るとは、よほどのことをしたと分かっていた。でも黙っていられなかった。仮にも自分の女に対してあまりにも酷すぎる。あんなヤツの側室になんて絶対になりたくない。


 エリサベトは黙って床に座り込み項垂れていた。気力がないのか、微動だにしない。


「まあまあシルヴァ。そのくらいにしてやりなさいよ。面白いものが見られて、私は楽しかったわよ? ルイって言ったかしら? あなた最高ね」

「ヴァリス様····」


 シルヴァは黒い羽の生えた女の方へ顔を向けた。


「私は雷帝の父上である最高神に仕えたカラスのヴァリス。相棒の男はガーラよ。今は雷帝と共に戦う戦士、兼側近の一人なの。私はあなたに味方するわ、ルイ。雷帝に意見する者は必要よ」


 類は楽しそうに話すそのヴァリスと名乗る女を見る。

 シルヴァはふぅと息をつく。


「ルイ。分かってるでしょうけど、後でお説教よ。ヴァリス様は庇ってくださるけど、皆に迷惑をかけたことを反省しなさい」

「はい····すみませんでした」


 雷帝に謝ることは出来ないが、シルヴァを始め皆に迷惑をかけたことは事実。シルヴァの立場も危うくしてしまったかもしれない。


貴女あなたが“ルイ”なのねぇ。噂と違うから最初は分からなかったわ」


 不意に別のところから声が聞こえて、類はそちらに目を向けた。

 

 見ると明るいオレンジ色の真っ直ぐな髪をトップできちんとまとめて華やかな花の装飾をつけ、同じくオレンジベースのやたらとレースを強調したドレスを着た女がこちらへ向かって歩いてきていた。


「わたくしはフローラ。雷帝の側室の一人ですわ。この国の重臣の娘で由緒ある家柄の正当な雷帝の后。以後よろしくね。もしここにまだいるのなら、だけれど」


 ふふっと扇子を口元に当てて笑う姿は、典型的なお姫様という印象だ。

 

 そしてその後ろからもう一人、編み込んだ長い銀髪をゆるくハーフアップにして、リボンがいくつもついた水色とピンクの入り混じったような不思議な色合いのドレスを身に纏った女が現れた。垂れ目で柔らかい印象だが、美しい顔をしている。例えるなら妖精のようだ。


「まああ。正面から見るとより美人。新しいお仲間が出来たと思いましたのにぃ、残念残念」


 全く残念とは思っていないような、口だけで言っているように本音の見えない軽い言葉を放つその銀髪の女は、人の良さそうな笑顔で軽くお辞儀をして挨拶した。


「わたしはセシリアです。ルイさん。どうぞよろしくお願いします」


 側室が揃った。類は順番に側室たちを見る。エリサベトはああだが、この二人はおそらくそうはならないだろうという確信めいたものを感じる。どちらもタイプは違うが、精神力が強靭そうに見える。


 いつの間にか背後に回っていたヘルガが、こそっと類に耳打ちする。


「女狐と変態天然女よ。気をつけて」


 なんだその異名は。類は怪訝な顔でヘルガを見る。ヘルガはべっと舌を軽く出して応えた。


「ルイの処遇はそのうち雷帝が下すでしょうけど、一応フォローはしておくわ。じゃあね、ルイ。また会いに来るわ」


 ヴァリスという黒い女はそう言って、バサッと大きな羽を広げた。その面積の大きさに少し驚く。女官が慌てて大きな窓を開ける。

 ふわりと舞い上がったかと思うと、あっという間にヴァリスは窓から出て行った。羽で切られた風が類の短い髪を揺らす。


 類がその窓を呆然と見ていると、シルヴァの声が広間に響いた。


「今日はお開きよ」


 フローラとセシリアもせっせと帰る準備をする。フローラは「では、ごきげんよう」と言っていち早く女官をぞろぞろと引き連れて出て行った。次にセシリアが出る。「ではでは、皆さん、また」とふふっと笑いながら去っていく。隣りに並んでいた候補者たちも帰った。

 

 最後まで残っていたエリサベトは、供の女官たちがいくら声をかけても立とうとしない。

 シルヴァがエリサベトに近づく。


「皆、帰ったわよ? ずっとここにいるつもり?」

「····」

「雷帝はあなたを殺さなかった。それだけで十分じゃない」

「····」

「心を望めないことは分かっていたでしょ? 何故あんなことを····本当に愚かよ」


 シルヴァの表情は、哀れみを帯びていた。エリサベトの苦しみを理解出来るのだろう。しかしそこから救ってやることは出来ない。


 放っておけば本当に自死を選ぶだろうというところまで来ていると思う。こんな姿にしたのはあの男だ。エリサベトは、もう冷静に考えることなど出来ない状態なのだろう。

 

 三人の女官が抱えるようにして何とかエリサベトを立たせる。外に輿があるらしいが、何とかそこまで歩かせるしかないらしい。

 女官たちに支えられて、無言のまま去っていくエリサベト。ずっと下を向いていて表情は見えない。


 エリサベトが去った後、シルヴァはふぅと息をついた。

 類は少し疲れた様子のシルヴァを見て、再び申し訳ない気持ちになる。


「シルヴァ様。本当に申し訳ありませんでした」


 そして周囲にいる女官たちの方を見る。


「皆さんも。····迷惑をかけてごめんなさい。そして、私の命乞いをしてくれて、ありがとう」


 女官たちは微笑んでいて、類はほっとした。


「もういいわ。結果助かったけど、これからは発言には気をつけるのよ。次は本当に殺されるわよ」


 シルヴァは帰るわよと言って、扉へ向かう。

 類は次に雷帝と対面した時、黙っていられるだろうかと少し不安になった。普段はそこまで感情的ではないが、頭に血が上った時、自分では抑えられず体や口が先に動いてしまう。

 ヘルガが類の肩をポンと叩いて、行くわよと言うように促した。シルヴァに続いて、ヘルガと共に広間の扉を出る。雷帝に天上界の門を開けてもらうのはもう無理だろう。何か別の方法を見出さなければと思いながら、廊下を歩いた。




 ここまで読んでくださってありがとうございます。

 とてもありがたやです。


 ここで少しだけ北欧神話との関連のお話を。



 雷帝のモデルは言わずもがな雷神トールです。見た目の描写は変えています。


 過去の大戦争  → ラグナロク

 ヴァルハル宮殿 → ヴァルハラ宮殿(オーディンの住まい)

 最高神     → オーディン

 オルム     → ヨルムンガンド

 ペレ      → ロキ

 ヴァリス、ガーラ → オーディンのカラス

            フギン、ムニン


 他にも登場させる予定です。

 北欧神話はとても魅力的なお話なのでたくさん盛り込みたかったのですが、都合上少しだけ掻い摘んで使わせて頂いています。

 

 拙い文章で恐縮ですが、この後もぜひ読んでいただけますと幸いです。


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