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権力者の対峙


 焦げ茶色のストレートヘアを纏め上げ、綺麗に装飾をつけて、ゴージャスな赤色のドレスを着て立つエリサベトは、厳しい表情でシルヴァと類を睨んでいた。その手には羽つきの扇子を握っており、背後に女官が二人立っている。シルヴァの女官とは服装が違い、白と黒のモノトーンの衣装を着ていた。


 対するシルヴァは、3メートルほど間をあけエリサベトの正面に立ち、ゆるりと腕を組んでいる。その少し後ろに類が立つ。


「考えたわね。側室付きの女官になるとは。でもこの私に毒を盛っておいて、逃げられるとは思わないことね」


 エリサベトが忌々しそうに顔を歪めて言い放ったのを、シルヴァは冷静に切り返す。


「ルイがやったという証拠は? そして毒を盛られたのに着飾ってノコノコと姿を現せるとは、毒ではなくて軽い食あたりではないの?」

「医官に診てもらって毒で間違いないと言われたわ!! ルイは昨日薔薇の館の厨房で働いていた! 私の料理に使う食材はその厨房から持ち込まれたものよ! この前のことを恨んでやったに違いないわ!!」


 薔薇の館とは下女の住まいのある建物のことだ。

 エリサベトは興奮しているようだ。シルヴァはふうと息をついて言う。


「厨房ではルイ以外に沢山の下女が働いていたわ。それだけでルイの仕業と決めつけるのは極端すぎる。もう少し思慮深くならないと、雷帝に愛想を尽かされて真っ先に側室の座から降ろされるわよ」

「煩いわね!! 何よ、ずっと雷帝のお通いがない癖に偉そうにこの根暗女!! 真っ先に側室の座から降ろされるのはあんたよ!!」

「あなただって同じようなものでしょ? 雷帝はしばらく後宮へ足を運ばれていないもの」


 エリサベトは怒りが収まらないという風にふぅふぅと息をしてシルヴァを睨んだ後、きっと類の方にその眼光を向ける。


「とにかく! 尋問するからルイを渡しなさい!」

「それは出来ないわ。ルイは私の女官。手を出したら容赦しないわよ」

「このままじゃ私の腹の虫が収まらないのよ!! ルイを渡さないならあんたが責任を取りなさいよ!!」


 シルヴァはそれを聞いてふんっと笑みを浮かべ、エリサベトを見据えて辛辣に言った。


「そこまでルイが犯人であるという確信があるのなら、雷帝に申し出てみたら? 側室である私に毒を盛った不届きな女を処罰してくださいと。雷帝がそれを信じれば、相応に処罰してくださるはずよ。でも出来ないでしょ? だってあなたが自分で毒を飲んだんだから。ルイを雷帝に会わせないために。怖いんでしょう? 会わせるのが。自分に見向きもしなくなるのが。あなたはいつもそうしていたわよね? 私が知らないとでも思ってるの?」


 しーんと広間は静まりかえる。誰も身動きを取れない空気の中で、エリサベトはフルフルと体を震わせている。


 類はシルヴァの言葉を聞いて、ああそうか、と思った。雷帝一人に四人の側室。それだけでも、雷帝を愛しているのであれば辛いはずだ。シルヴァは達観しているが、普通はそうは出来ない。その上で新しい女が側室に上がるかもしれないとなれば、邪魔したくなるのは当然の心理かもしれない。


 本当に罪深いと類は思う。一夫多妻とはこういう世界か、とその残酷さを目の当たりにして、エリサベトにむしろ同情の余地があるとさえ感じる。

 そして、自分は側室にはなりたくないと思う。もしも雷帝を愛してしまったら。


 ――その先は地獄しかない。


 雷帝が他の側室の元に通う度、新しい女が入る度、嫉妬に狂う。それを永遠に繰り返せるほど、人は強くないだろう。エリサベトはまさにこの状態にあると言える。精神が崩壊する寸前だ。自ら毒を飲むほどに追い詰められているのだ。この前のことも今回のことも、とても正気とは思えない。冷静に考えることが出来なくなっているのだろう。

 

 このシステムを取っている時点で、雷帝を軽蔑する。どうしても後継者が必要で、正妻に跡継ぎが見込めず側室を迎えるのは仕方がないが、人間の歴史を見ても、側室の存在する理由はそれだけではないだろうことは容易に想像出来る。

 ましてや雷帝は後継者を作る気はないようだ。それでも側室を持つ理由は、自分の欲望を満たすため以外に考えられない。


 絵の中の美しい雷帝の姿を脳裏に浮かべる。


 ――あの人物は、決して尊敬には値しない。


 類の中で、確信に近いものがどっかりと腹の中に居座った気がした。どれだけ美しかろうと、カリスマ性があろうと、人をないがしろにする者は、人の上に立つ器ではない。


「シルヴァ様。少し発言してもよろしいでしょうか?」


 静かに言った類に、シルヴァは目を向ける。


「ええ。話しなさい」

「はい」


 類は目の前で体を震わせるエリサベトを真っ直ぐ見据えた。その目には決意が宿っていた。


「エリサベト様。私をお気に召さないのは分かります。側室候補としてここへ来た以上、それは仕方ないと思います。しかし私は雷帝の側室になる気はありません。雷帝にお会いしたら、ここを去らせていただけるようお願いするつもりです」

「ルイ!?」


 類の発言を聞いて、シルヴァは驚きの声をあげる。

 今この場で言うつもりはなかった。シルヴァは類をかってくれているし、嫌な気持ちにさせるかもしれない。しかし類は側室になるつもりは本当にない。類の目的は元の世界に帰ること。そのために雷帝に取り入ろうと思っていた。必要ならば側室に一時的になることも考えていたが、今はその気持ちはない。出来るだけ早く、この世界を去らなければならないと思った。手遅れになる前に。


「········」


 エリサベトは黙ったまま、類を厳しい表情で見ている。シルヴァも類を凝視したまま黙っている。


 やがてシルヴァが口を開いた。


「····お前がここを去るかどうかは、雷帝が決められる。雷帝に気に入られれば、お前の意思に関係なく側室になるだろう」


 類はその言葉を聞いて、それもおかしいと思った。意思に関係なく側室にさせられるなんて、現代の日本なら大問題だ。天上界の神は人間界の真似をするのが好きだとヘルガが言っていたが、随分遅れている。未だに日本で言うところの江戸時代のような価値観が蔓延はびこったこの世界に、自分はいたくないと強く思う。


「ふん! そんなこと言って、雷帝を前にしたら自分から側室にしてくださいと言いたくなるわよ! あの方は異次元の存在だもの! 私は満足しているわ! だってあの方に選ばれたんだから! お前になんて負けないわ!!」


 エリサベトはそう叫んで、カツカツとヒールを踏み鳴らし広間の出口へと向かった。女官たちが慌ててその後を付いていく。


「毒を盛った件は不問でいいのね?」


 シルヴァが去るエリサベトの後ろ姿に向かって言うと、エリサベトは一瞬ピクリとするが、動きは止めない。


「無言は肯定と見なすわよ」


 さらにシルヴァが言っても、エリサベトは何も言わずそのまま出て行った。


 シルヴァと類は、並んでエリサベトの出て行った扉を見ている。広間の壁際には数人の女官が立っている。ヘルガもその一人だ。女官たちも、嵐が去ったとばかりに安堵の表情を浮かべている。

 シルヴァはふぅと息をついて、「とりあえず解決ね」と言った。





「ところで、あんた、ここを去るの?」


 廊下を並んで歩いている時、ヘルガに言われた。


「うん。そのつもり。ここに長くいるつもりは元々なかったし」

「じゃあ、冥界へ行って生まれ変わるってこと? それとも」

「····それは言えない。時期が来たら話すよ。とにかく雷帝には会わないといけないから、そこが関門」

「すんなり聞いてくれるとは思えないけど」

「····だよね」


 雷帝にお願いして、それでも帰してくれなければどうしたらいいのだろう。しかも当初は気に入られてからお願いするつもりだったのが、会ってすぐにとなれば成功率は低くなるだろう。殺されればもうそれまでだ。

 雷帝以外にも、各国の皇帝なら門を開けられると死神は言っていた。他の死神にお願いするという方法もなくはない。なりふり構わなければ、いろいろと方法はあるかもしれない。


「ねぇ、ヘルガ。死神の知り合いとかいないよね?」

「は? なんでよ」

「いや、いないのかなぁって。いたら紹介してほしいんだけど····。情報屋のツテで誰かいないかな?」

「····あんたね。あたしを利用する気満々でしょ。そうはいかないわよ。もしいたとしても、見返りは最大級のものになるわよ」

「え!? いるの!? 何をすれば紹介してくれるの!?」


 ヘルガはふふふっと不気味に笑って、低い声で言った。


「あんたの全て、かな」


 類はきょとんとする。自分の持つ財産全て、ということか。


「私お金はあんまり持ってないんだけど····学生だし」

「馬鹿。あんたの体、魂、全てよ」

「はあ!? そんなの無理に決まってるじゃん!」

「でしょ? だから無理ってこと」

「ナニソレ! 意地悪!」

「へへーん」


 ヘルガは舌を出して憎たらしい顔で笑った。類は期待して損した! と怒る。


 他に死神の知り合いがいそうな人物なんているか。そもそもこの世界にはほとんど知り合いがいない。シルヴァはどうかと思ったが、類を雷帝の側室にするためにエリサベトから守ってくれたシルヴァに、それをお願いするのは気が引ける。そもそもお願いするなら理由を話さなければならないし、いろいろと面倒だ。

 そしてそれは雷帝に対しても一緒か、と思う。類が生身の人間であることは話さなければならない。それがどう駄目なのか類は分からないが、死神やシルヴァの話からも、異例のことであるのは間違いないだろう。それを知られることで別の問題が出てこなければいいが。


 はぁと溜息が出る。

 ヘルガはそんな類を見て、ふざけた顔を直した。


「ここから出ることは考えない方がいいわよ」


 そんなヘルガの言葉は、類の気持ちをさらに落とした。


「大人しく雷帝の側室になって死ぬまで仕えろってこと?」

「雷帝に愛される唯一の女になればいいのよ。そうすれば幸せじゃない」

「····そんなことは出来ないよ。他の側室が不憫だ」

「うわ、出た自信過剰! やだやだ、今までモテてきたやつは!」

「ヘルガが言ったんじゃん!」

「あたしはそこまで言ってないし! あたしのはただのエールよ!」

「別に思ってないよ。自信なんてない。男にモテたことなんてないんだから」

「····本当に? 男にモテたことはない?」

「ほんとだよ」


 何故かヘルガはそれを聞いて嬉しそうにした。やっぱりヘルガは謎だ。


 自室に着いた。部屋の前でヘルガに「おやすみ」と言う。今夜は当番ではないので部屋で休める。昼間に寝たので眠くはないのだが。それを察してか、ヘルガは「遊びに行っていい?」と言った。「別にいいけど」と返すと、わぁいと喜んで部屋にくっついてきた。


「作りは完全に同じなのねー」


 ヘルガは類の部屋を見回して言った。一人ひとり変えるよりも、全て同じにした方が準備も楽なのだろう。インテリアも小物も服も全てついているというのは、かなりの贅沢だ。


「ヘルガは、シルヴァの女官になれて満足?」


 類が聞くと、ヘルガは振り向いてニヒッと笑う。


「そうねー、まあ概ね!」

「完全にではないの?」

「うーん····想像しちゃったからねー」

「なにを?」

「あんたの女官になることを」

「それは実現しないよ?」

「分からないわよ?」

「しない!」

「····」


 ヘルガは口を結んで、じっと類を見ながら近づいてきた。大きな目は存在感があって、顔全体も絶妙にバランスが取れていて美しい。ヘルガだって、側室に選ばれる可能性が大いにある、と思う。


「あんたにはここにいて欲しいのよ」


 ヘルガは少し小さな声で呟くように言った。


「ヘルガ····」

「あたしを置いてどこかへ行くの? 行ったら帰って来ないんでしょ? ····そんなの許さない」

「····だって、ここには私の居場所はないから」

「作ればいいじゃない! あんたにしか出来ないことがあるでしょ!? ここで!」

「私にしか出来ないこと? ってなに?」

「····それは分からないけど! とにかく! あんたがここに来たのには理由があるはずよ! 運命ってヤツよ!」


 ····そうかな。類には分からない。自分に出来ること。あの時死神が来なければ、類は何も知らずに死んでいた。そして冥界へ行き、早々に生まれ変わっていたはずだ。人間界に帰るという選択肢などないまま、そのまま消えていたと考えると恐ろしい。


 生き永らえることが出来たのも運命。


 そう考えると、確かに類には何か役割があり、そのためにここへ来たと考えることは出来なくもない。


「確かに····今生きてることが奇跡なんだもんね。儲けもんと考えれば、何でも出来そうな気もする」


 類が考え込むように俯き加減でそう言うと、ヘルガは顔を覗き込んでくる。


「あたしたちが出会ったのも運命よ? あたしはルイに出会えて嬉しいの」

「ヘルガ····」


 ダイレクトにこういうセリフを言えてしまう性格は羨ましい。

 ここに来なければ、ヘルガにも出会えていなかった。ヘルガに出会ったことは、類にとって何物にも代え難いものかもしれない。類に対してここまで遠慮なく物を言い、嫌がらせをされても側にいてくれる人間は、元の世界にはいなかった。


「どこにも行かないでよ。ずっと側にいてよ。あたしはルイとずっと一緒にいたいの」


 愛の告白かというほど、ヘルガのセリフには熱がこもっていて、類は照れてしまう。そこまで言われては、元の世界に帰りづらくなる。類はヘルガの勢いに押されて「どこにも行かない」とつい言ってしまいそうになるのを堪える。


「ヘルガの気持ちは嬉しい。私もヘルガとは離れたくないよ。でも、ここに残れば後悔する気がする。まだ捨てきれてないものがたくさんあるんだ」


 ヘルガはキュッと口を再び結ぶと、


「それらを捨ててもいいと思えるくらい、ここに執着するようになればいいのね?」


と言う。類はふぅと息をつく。この世界にそれほど執着するとは今の状態では考えられない。しかしないとは限らない。それが怖いから、早く帰りたいのだ。そうなってしまった時にはもう遅い。

 その執着の対象が雷帝であれば最悪だ。死ぬまで地獄を味わい続けることになってしまう。ヘルガとも、これ以上一緒にいる時間が長くなればより離れづらくなる。


「この話はここまでにしよう。今日は帰って。おやすみ、また明日」

 

 類は強引に話を切り上げた。このままでは押し切られそうだったからだ。ヘルガは不満そうだったが、渋々扉に向かう。帰り際、ヘルガを見送ろうと扉に手をかけていると、突然ほっぺにチューされた。


「おやすみ」


 そう言って横目でこちらをチラリと見て微笑み廊下を歩いていくヘルガ。その後ろ姿を、類は頬に手を当てて呆然と見送った。


 明日が来れば、期限まであと46日。



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