恋の決着
目の前に立ちはだかる雷帝の姿が、現実のものか否かを考えるのに随分時間がかかってしまった。
連日の勉強と、久しぶりの学校で頭が疲れているのかもしれない。少し眩暈がする。対面した雷帝の姿が眩しすぎるから、ではないと思う。たぶん。
類の自宅は学校から徒歩圏内にあり、通学路には並木道とわりと広めの公園と住宅街がある。
初夏の若葉が生い茂る、夕方の並木道。
昼間は暑かったが、日が暮れてくると涼しい。
背景と全然マッチしていない雷帝の姿を仰ぎ見る。まるで映画の世界から抜け出たキャラクターのよう。サラサラの金髪が、六月らしく湿気を纏った生ぬるい風に舞う。
長い金髪に仕立ての良い軍服を着た、貴族のような出で立ち、整いすぎた容姿という、あまりに現実離れした外見からか、周囲を歩く人たちが見事に全員その姿を凝視していく。大体が学生だ。「え、誰? モデル? 芸能人?」「撮影かな」と話す人の声も聞こえる。まあそう思うよね。
そんなことは露ほども気にしていないというように、雷帝はずいっと距離を詰めてくる。
「皆、お前を待っている」
そう言って、手を取られた。キャーとどこからか叫び声が上がる。悲鳴ではなく、歓声のような。
そのまま連れて行かれそうな気がして、慌てて口を開く。
「あ、ま、待ってください! 今は行けません!」
「何故だ?」
「あ······か、家族を、説得しないと······」
「家族はどこだ。案内しろ」
「······え? い、今から?」
徐々に、心臓がドクドクと激しく鼓動し始める。
夢じゃなかった。
この確かな手の感触。
やっぱり、夢じゃなかった。
(体も大丈夫そう。良かった)
親衛隊も、どう反応して良いのかと戸惑っているのが分かる。今は十ー人のメンバーが、類の横から背後を囲んでいる。四、五十人ほどの親衛隊がずらずらと住宅街を歩くのに苦情が来たことがあって以来、交代制となって毎回十人が類の取り巻きとなっている。隊長は大体いつもいるので十一人だ。
その時。
「ルイの平穏を邪魔しないでくれる?」
と言って、木の陰から赤い三つ編みを揺らしながら、ペレが現れた。
またもや周囲はざわつく。
二人共天上界にいる時と同じ格好をしていて、本当に何かの撮影のようだ。
(少しは人目を気にしてよ)
「ちょっ、ちょっと、とりあえず移動しましょう!」
この場で戦いを始められても困るし、類は慌てて言う。他に言いたいことは山ほどあるのだが、ひとまず置いておくことにする。
親衛隊とその場で別れて、類を真ん中に三人で歩いていると、ザワザワと周囲が騒がしい。何だか後をつけられている気配も感じて、足早に移動し曲がり角を曲がってすぐに、建物の陰に隠れて巻いた。
そりゃあ目立つのは仕方がない。なんせこの二人だ。身長だけでも目立つ。加えて、髪の色と長さ、顔立ち、服装、どれを取っても目立たない要素が一つもない。
「ここからは影で移動した方がいいかも」
少し年季の入ったアパートの裏に隠れながら、壁沿いに腰を屈めて周囲を伺いつつ提案する。先程ペレが人前で影を出そうとして慌てて止めたのだが、ここなら問題なさそうだ。
「まどろっこしい。気にする必要はない」
雷帝が、隠れる気はないのだろう堂々と高い身長を伸ばしたまま、面倒くさそうに言う。
人間界を混乱させるなど、神様にあるまじき行為だと思うが、神様らしい振る舞いをあまり見たことがないので今更だ。建物の陰に移動してくれただけでもよしとしよう。
雷帝は、ペレの影に入るのは嫌そうだ。
「いやいや、そういうわけには。写真撮られたりしたらややこしいし」
もう撮られているかもしれないが。
「そうだよ。ユリウスは人間界の事情を知らないから。ここにはここのルールがあるんだよ」
偉そうにペレが言う。こちらも全く隠れる気はなさそうだ。立ったまま腕を組んでいる。台詞に全然説得力がない。
この二人は数日前殺し合いをしていたはずだが、記憶違いかと疑いたくなるほどに、いつもどおりだ。
幸い二人共殺気立ってはおらず、大人しくついてきたので良かったが、違和感はものすごい。
人間界で一週間過ごしているうちに、地界での記憶はあまりに現実離れしていて、夢の中の出来事のように類の脳では処理し始められていたところだったので、何とか平静を保っているが、よく考えるとこの状況はおかしい。
ペレは雷帝を毒の刃で刺して逃げたのだから。
ペレは何故あんなことをしたのに、平然と姿を現せるのか、
とか、
地界はあれからどうなったのか、
とか、
それより何より、何故二人共何事もなかったかのような態度なのか、
とか、いろいろと疑問が多い。
それとも、二人にとってはこんなことは大したことではないのか?
この二人を見ていると、自分の感覚の方が間違ってるのかなと思ってしまう。
「あ、あの、体は大丈夫なんですか?」
類が建物の壁に貼り付いたまま言うと、雷帝はチラリとこちらを見る。
「問題ない」
あっさり。
「······それは、良かったです」
確か致死性の毒と言っていた気がするが。セシリアの解毒薬が優秀だったのか。雷帝の体が丈夫なのか。それでも、一週間音沙汰なかったのは回復に当てていたのか。
「アレを出せ」
唐突に、雷帝がペレに向かって言う。ペレはそんな雷帝に、腕を組んだまま横目を向けている。
「アレ?」
「ルイの魂と繋がった指輪だ。オルムが体内に隠し持っていた指輪は偽物だった。お前が持っているんだろう?」
「······オルムは死んだの?」
「死んだ。それが目的だったからな」
ドキッとした。
オルムは死んだのか。
ということは、天上界はこの戦争に勝利したということだ。
雷帝の目的はオルムを討つことだったのだから、達成出来たのは良かったと思うが、オルムはペレの息子。
チラリとペレを見る。
「······渡すと思う? 僕がルイのことを好きなの知ってるよね?」
表情からは、どう思っているのか読み取れない。倒れたオルムを見捨てて人間界へ来たのだし、何とも思っていないのだろうか。
「渡さないなら力尽くで奪い取る。容赦はしない」
「おーこわ。散々僕のこと利用しておいて、最終的に欲しい物を全部奪っていくんだね。まさに暴君。こんな男と一緒になったら人生終わりだよ、ルイ。ちなみに、指輪は別の形に変えてあるから、そのままじゃ使えないよ」
「指輪を渡せば今までのことは全て水に流してやる」
「別に流してくれなくていいよ。渡す気はないから」
ピリッと空気が張り詰めた。
(ヤバい。ここで戦いが始まったら、この辺りは焼け野原になっちゃう)
危機感を感じて、慌てて二人の間に割って入る。
「と、とにかく、ここで揉めるのはやめて!」
「僕は別に揉める気ないけど、ユリウスがやる気だからさ。ユリウスに言ってよ」
自分から出てきておいて、揉める気がないとはとても思えないが。
「大人しく指輪を渡せば済むことだ」
「だから渡さないって。何をされても渡さないからね」
「あーもう! やめて!! ここを戦場にしないで!!」
とにかく最悪の事態になることだけは避けたいという思いで、類は声を張り上げる。
「なんだなんだ?」というように、ガラリと上の方から窓を開く音がする。アパートの住人が、声を聞いて様子を見に来たのだろう。急いで二人を促し、その場から立ち去る。辺りはもう暗くなってきている。
アパートの近くの公園まで、人目を気にしながら移動する。遊具の辺りにはチラホラ人がいて、親が小さな子を促し帰り始めている。あっという間にすっかり夜だ。
そこから少し離れて、茂みの多い場所まで移動した。辺りは暗いが、街灯に照らされていて二人の顔はしっかり見える。
(ここなら目立たないし大丈夫かな)
さすがに戦われると困るが。
もしそうなったら、身を挺してでも止めなければと類は覚悟を決める。
幸い口では揉めているが、大人しく付いてきているところを見ると、本気で殺し合いをする気はお互いになさそうだ。
「ここなら揉めていいわけ?」
腕を組んだペレが太くて背の高い木の前に立って言う。
「いや、揉めないで、お願いだから。穏便にお願いします」
言ったところで効果があるかは分からないが。言わないよりは言った方がいくらかマシかと思い一応釘をさす。
家へ連れ帰るわけにはいかないし、人が多い場所も通れない。ここは夜になると人通りが一気に少なくなるので場所的にはベストだ。
夜になってしまったので、出来るだけ早く帰らなければ、また家族に心配をかけてしまうことになるので内心焦るが、この二人を置いて帰るわけにはいかず、仕方ないと息をつく。
「で? ユリウスは僕から指輪を奪って、ルイを天上界へ連れ帰るのが目的なんだよね?」
ペレが口火を切るように言い出す。
「分かってるなら早く出せ」
「もし僕から指輪を奪えたとしても、ルイを天上界へ連れ帰れると思ってるの?」
「どういう意味だ」
「ルイが、全てを捨ててユリウスに付いていくとでも? 自分にはそれほどの価値があると信じて疑わないんだろうね。あーやだやだ。こーんな傲慢な男に付いて行ったらロクなことがないよ。ほんとよく考えた方がいいよ、ルイ。家族も、ルイを慕う人間も、人間界にたくさんいるんだから。将来だってあるし。全てを捨ててユリウスのところへなんて行けないよね? この男の気が変わったら何も残らなくなっちゃうもんね」
「······」
ペレが自分をここへ連れて来た目的が分かった気がする。
ペレは、雷帝と自分を結婚させないために、ここへ連れて来たんだ。
人間界に未練があることを見抜いて。
そして、それは当たっている。
「僕なら、ルイと一緒に人間界で暮らしていける。人間に化けることも出来るから、ご両親を安心させてあげられるしね。どっちを選ぶかはルイ次第だけど、あまりにも犠牲が多い方を選ぶとは、賢明とは言えないよ」
いや、そもそも何故自分を当然のように選択肢に入れてるんだ? という疑問は彼の中では愚問なのだろうか。
雷帝を『傲慢な男』と言い切っているが、自分はそうではないと思っているのか。
いろいろとハテナだ。
だがそれは考えても仕方なさそうだ。
『ユリウスはルイを幸せに出来ない。何故ならルイは元の世界に未練があるから。人間界で一緒に暮らせる? 出来ないよね、責任があるんだから。天上界を導く責任が』
という、夢の中でのペレの台詞がふと頭に浮かんだ。
雷帝と結ばれるためには、人間界を捨てなければならない。
それは絶対なのだ。
家族に会うことは出来るが、共に暮らすことは出来ない。
寿命も。
家族が皆いなくなっても、類は一人、永遠に近い時を生きていかなければならない。
ふらっと足元がふらつく。
何とか踏み留まって、倒れずに済む。が、心がざわついている。
ペレの言葉は、ナイフのように類の心を抉る。この男は本当に、絶妙に痛いところを突いてくる。いや、あの夢の台詞は類が自分で作り出したものか。
ということは、自分もそう思っているということか。
人間界へ戻ってきて、その平穏を満喫した後では、より酷に感じる。
天上界で生きていかなければならないことを。
「······」
雷帝が、じっとそんな類の様子を見ている。
顔を上げて、真っ直ぐに目を合わせた。
いっそのこと、攫われてしまった方が気が楽かもしれない、と乙女チックなことを考えだ。
無理矢理天上界へ連れて行かれて、帰る道も断たれれば、全てを雷帝のせいにして、諦められるのかもしれない。
魔王に連れ去られる姫の如く。
でも、雷帝は、如何にもそうしそうなのに、おそらくしない。
初めて部屋に来た時も、その次も、結局自分の思い通りにはしなかった。
全て類次第。
目でそう言われている気がした。
この人の気持ちを手放したくない。そのためには、自分の意思で天上界へ行かなければならない。
承諾したではないか。皇后になることを。
「なーに見つめ合ってんのさ。二人の世界を作らないでくれる?」
ペレが間に割り込んでくる。
「返事をしないってことは、ルイも迷ってるんだよね? そんな状態で天上界へは連れて帰れないでしょ? 諦めてすごすご帰りなよ」
そう言いながら、ポンポンと軽く雷帝の肩を叩く。
雷帝が、その手首をぐっと掴んだ。
「何だよ、やる気?」
「お前にはやらん」
「は? そんなのユリウスが決めることじゃないでしょ」
「ルイは俺の元へ来る」
イラッとしたように、ペレは雷帝を睨む。
「ハッ、······大した自信だねぇ。自信過剰男。家族よりも、自分を選ぶと思うの?」
「約束した」
「約束? 何を?」
「俺の妻になると」
ペレの表情が固まる。掴まれた手首の先の握った拳が、徐々にブルブルと震え出す。
「······すでにプロポーズ済みってわけ? ······地界へ行く前に? ······んで、ルイは承諾した? ······それで、僕に地界へ行かせたんだね···········ふざけんな!!」
自身の手首を掴む雷帝の腕を、反対側の手で引っ掴む。ぐぐぐ、とペレの手が雷帝の腕に食い込む。
「ほんと、ふざけるのも大概にしてくれないかなぁ。僕のこと何だと思ってるの? ルイもルイだよ。僕とキスまでしといて、すでにユリウスと婚約してたなんて」
「············何だと?」
「あれ? 言ってなかったっけ。僕たちキスした仲だって。婚約してたのに、ルイは悪い子だねぇ」
悪どい顔で雷帝を睨みながら、ペレは口の端を持ち上げる。
体中から血の気が失せていくのを感じる。小刻みに体が震えてくる。これは夢の中ではなく、現実であることを脳内で確認し、唇がわなわなと震える。
「······本当か?」
「······え?」
「······したのか?」
「うん、したよねー、ぶちゅーって。ソファの上で」
ま、まずい。この流れは······
否定しなければ。
でも、否定したところで、事実は事実。変えようがない。
「それもルイからだよー。僕、感動しちゃったぁ」
「し、してない!!」
「したじゃん、ほっぺにチュッて」
「そ、それは······!」
ああ。夢のとおりの展開に······! 駄目だ、何とかしないと!
夢の中と同じく、怖すぎて雷帝の顔を見ることが出来ない。
「ち、違う!!」
「違わないよ。ユリウスを裏切っといて、今更言い逃れなんて出来ないよ? キスしたのは事実なんだから。あれ? もしかして、二人はまだなの? 婚約してるのに? じゃあ僕の方が先にルイの唇を······」
言い終わる前に、雷帝の手がペレの頭を前から乱暴に掴み、そのまま背後の木に叩きつけた。
「っがはっ!」
後頭部を叩きつけられた鈍い衝撃音が響く。太い木が折れそうなほどにミシミシと撓っている。
「死んで詫びろ」
グググ、と雷帝の手がペレの頭蓋骨を締め上げる。相当頭にきているようだ。殺気が漏れ出ていて、後ろ姿だけでそれが分かる。
類はあわあわとそれを見ることしか出来ない。
夢の中では止めようとしていたが、相当怒っているであろう現実の雷帝を前に、口を挟むことが出来なかった。
やがて、諦めたようにペレがダラリと腕を垂らす。頭からは血が流れている。
「······自分からルイを託しておいて、本当自分勝手だよね。······じゃあどうすれば良かったの? 僕は大人しく運び屋に徹すれば良かったわけ? ······僕はルイを振り向かせようと必死だったのに。裏で婚約を成立させてたからって、ユリウスのものってわけじゃないよね? ······何だよ、二人でコソコソと話を進めちゃって。ムカつくんだよ!! ルイは僕が見つけてきたのに!!」
ハッとした。
ペレの目からは、涙が流れていたから。
「二人はいいよね! 両想いで嬉しいよね!? 婚約してたのを知らずに猛アタックしてた僕が馬鹿みたいじゃん! 殺るなら殺りなよ、ひと思いに。僕はもうユリウスを殺す気ないし、恨んだりしないから。僕を生かしておいたら気が気じゃないでしょ? 殺りなよ、ほら」
ペレは本音なのか演技なのか、挑発的な口調で言う。
「疲れたんだよ······どっちにも嫉妬してぐちゃぐちゃなんだよ。もう、ひと思いに殺っちゃってよ」
ペレの頭をつかむ雷帝の手が、ピクリと動く。
『どっちにも、嫉妬』······?
ペレの本音が垣間見えたような気がした。
雷帝が、ペレが無茶なことを言っても溜息一つで怒りを抑えていたことを思い出す。
この二人は、自分の知らない絆で結ばれている。
そんな気がした。
雷帝に、ペレを殺させてはいけない気がする。
気づいたら、ペレの頭を掴む雷帝の腕を掴んでいた。
「!」
目を見開いて、雷帝は類を見る。
「いけません。やめて。絶対に後悔することになるから」
それを見て、ペレがハッと笑う。
「やめてよ、ルイ。僕が望んでるんだからいいんだよ。僕を生かしておくと後々後悔するよ?」
本気でそう思って言っているのか、どうなのか分からないが、この二人には他人が入り込めない何かがあることは確かだと思う。だから、殺させてはいけないと、そう思って雷帝の腕を強く握る。
やがて、するりとペレの頭を掴む手が離れる。
解放されたペレが、木にもたれかかりながら俯いている。
「······僕が死ねばそれで終わりなのに、何で話をややこしくするわけ? 訳わかんないよ」
話を一番ややこしくしているのはお前なのだが。
というツッコミは雰囲気的に入れないでおく。
正直、どうすればいいのか分からない。
殺さないように言ったのは、雷帝が心に傷を負わないようにするためだ。
こいつは今までに散々自分勝手な振る舞いをしてきたわけで、自分はそれに振り回されてきた。同情はしたくない。
なのに。
心が痛む。
それは罪悪感からか。気持ちに応えられないことへの。
裏切ったり襲ったりするかと思ったら、ピンチの時に助けてくれたり。憎みたいのに憎みきれない。
どう判断すればいいのか分からない。
「ユリウスはルイが好き。ルイもユリウスが好き。僕は二人が好き。二人は僕が嫌い。これで合ってる?」
「······」
「······」
「殺さないなら、徹底的に邪魔するよ。僕を守るために」
俯いていて、表情は見えない。
何と答えて良いのか分からない。
わざと同情を誘うように言っているのか。
雷帝も、黙ったまま何も言わない。
堪らなく悲しいのに、強がっているような、そんな風に見えて、突き放すのを躊躇わせる。
「類は、私達を置いていったりしないわよね?」
唐突に母の声が聞こえてハッとする。
先程までペレがいた場所に、いつの間にか母が立っている。
「え······お、かあさ······」
ワンテンポ遅れて気付く。ペレが変身しているのだと。
しかし、どこからどう見ても、母にしか見えない。
いつもの赤い大花柄のエプロンをつけて、微笑んでいる母の姿。
髪は乱れていない。
「類。結婚なんて、絶対に許さないぞ」
次は父。
目は離していないのに、いつの間にか姿が変わっている。二人の外見は全く似ていないのに。
「や······めて」
両親の姿を見て、再び迷いが舞い戻ってくる。
「お前はここで暮らすんだ。家族一緒に。ずっと」
「······い、や」
戸惑っていたところに、また問題を思い出させられて混乱する。
「どうして? 私達とずっと一緒にいたいでしょ? 私も普通に結婚して、幸せになる類を見たいわ。遠いところへ行ってしまうなんて、そんな親不孝なこと、類はしないわよね?」
「やめて!!」
思わず頭を抱えた。本当に両親がそう言っている気がして。
「なんで? ルイは家族が大事でしょ? あんなに帰りたがってたじゃん。そのために頑張ってたんじゃなかったの? それを一時の感情で全部台無しにするの?」
いつの間にか、またペレの姿に戻っている。
「台無しじゃ、ない。私が······決めたの」
「側室たちは? 今後ルイ以上に、ユリウスが好きになる子が現れたらどうするの? 耐えられるの?」
ビクッとした。
また、痛いところを突いてくる。
(耐えられない······)
そんなことは絶対に。
「もしユリウスと結婚したら、家族がみんないなくなっても、神の寵愛で長生きするんでしょ? 長い時を生きるなら、覚悟しないといけないよ。僕は本当にやめといた方がいいと思う。人生の先輩からのアドバイスだよ」
簡単に、また惑わされる。確かに、そんなことになったら生き地獄だ。
ふらっとして、再び後ろに倒れそうになる。ペレの言葉など気にしなければいいのに、何故かそう出来ない。それは的を射た意見だから。
ぐっと倒れそうになった背中を受け止められて、思わずハッと顔を上げた。
雷帝の瞳が、類を見つめる。
「そんなことにはならない」
「男は皆そう言うよね〜。最初は。騙されちゃ駄目だよ、ルイ。平気で飽きたらポイッてしてきた男なんだから。ユリウスは」
確かに。
それは知ってる。
絶望に打ちひしがれたエリサベトの姿は、今でも目に焼き付いている。
プロポーズされた時、確かに雷帝の心が手に入った気がした。
でも、それは永遠を約束されたものなのか?
信じたい。でも、どこか不安が拭えない。
それは、それほどに雷帝のことを愛しているから。本当はどうするべきか、自分はどうしたいのか、答えはすでに出ている。でも、この愛を手放さなければならない時がいつか来るのかと思うと、怖くて堪らない。
その時。
突然、両肩をぐっと掴まれた。
雷帝の正面に向き直らされる。
不意打ちで、揺るぎない金色の瞳に真っ直ぐ見据えられて、一瞬で魅了される。いつも以上に、力強い意志をたたえた瞳だったから。
「生涯お前だけを愛すると誓う。だから俺の元へ来い」
風が、サラリと駆け抜けて、目を見開いた類の短い髪を流す。
『生涯』
『お前だけを』――――
今、一番欲しい言葉をもらった。
その瞬間、サァッと体にこびり付いていた何かが落ちるように、不思議と、今後の不安などどうでも良くなった。
人間界を捨てても。家族と暮らせなくても。それでも。
それよりも、愛する雷帝の気持ちを受け止めたい。
この先、どんなことがあっても、雷帝と共に歩もう。
そんな気持ちが溢れて止まらない。
『生涯お前だけを愛すると誓う』
この人はきっと、約束を守るだろう。
雷帝の美しく澄んだ瞳を見ると、何故かそう確信せざるを得なくて、気付くと類は頷いていた。
「はい······」
「あー······、ほんと吐きそうなんですけど」
ペレが心底げんなりしたような顔で言う。
「なぁぁんで、熱烈なプロポーズの現場を見せつけられなきゃなんないわけ? なんの罰ゲーム? いいかげんにしてよね。やっぱ殺っときゃ良かったかも」
耳の穴に指を突っ込んで、はぁ〜と深い溜息をつく。
そして、すっと何かを摘んだ手を胸の位置まで上げる。
「傷ついた対価として、ルイの魂は僕がもらっておくから」
そう言って、フッと片側の口角を上げる。
雷帝が身を翻すと同時に、ペレはさっと上空に立ち退いた。
「僕を生かしたこと、とくと後悔するといいよ。ルイは今『恋は盲目』状態で止められそうにないし、ひとまずは引いてあげるよ。せいぜい今は楽しみな。時間はまだまだたっぷりあるし、今後ルイが心変わりするのを待って、じっくりと奪っていってあげる」
雷帝が追うのを避けるように、笑い声を残して、指輪と共にペレは夜の闇に消えていった。
◇◇◇
「あ。お兄さん久しぶりじゃなぁい。しばらく来てなかったのは何でなの〜? 待ってたのに〜」
夜の街。行きつけの飲み屋。いつも女のコを紹介してくれる店主に愚痴りながら、泣き腫らした目を隠さずカウンターで酒を煽っていると、よく会う派手な化粧の女のコがやってきた。
今日も露出度の高い服を着て、新しいブランド物のバッグを持っている。
どこかの金持ちのおっさんに貢がせたのかな、なんてどうでもいいことを考える。
「好きな子にフラれちゃってさぁ。諦められそうにないんだ〜」
話は噛み合ってないがどうでもいい。今は僕の言いたいことだけを言いたい気分だ。
「お兄さん、いっつも違う女のコ連れてるの知ってるよ〜? どうせ本気じゃないんでしょ?」
「今回は本気だったの。このままじゃ僕、最凶ストーカーになっちゃう」
「なにそれ。こわぁい」
女のコは可笑しそうにアハハと笑っているけど、僕はわりと本気だ。
酒を奢って一緒に飲む。どうせツケだし。でも僕はルイの話しかしないのでつまらなさそうだ。今日は遊ぶ気にもなれないから、別にいい。タイプじゃないし。
「あ。この曲。最近聴かないよね〜。前までずっといろんなとこでかかってたのに〜」
急に話を変えられた。ルイの話を聞けよ。
「この曲のドラマ、ドロドロすぎて途中で観るのやめちゃった。お兄さんは観てた?」
「観てない」
「だよね〜。お兄さんみたいなとっかえひっかえするタイプには、合わないかも〜」
そう言われてちょっとカチンときた。僕って意外と一途なのに。ちゃんと話聞いてたの?
耳に入ってくる歌詞を何となく聞いてみて思った。
「あ。これ、今の僕の心情かも」
「え? 嘘ぉ。お兄さんこんな一途じゃないでしょ〜?」
そう言われたのを無視して、曲を聴いた。
『他の人と幸せになる君の姿を見ながら、僕は今日も君を想う』
うん。今の僕の心境だ。
こんなに綺麗じゃあないけど。
「慰めてあげようか?」
僕の顔を覗き込んで、女のコが言う。
このコは誘われるのをいつも待ってる感じだけど、痺れを切らしちゃったのかな。今日は別のコを連れてないし。
うーんと考えて、タイプではないけど、ルイのことから少しでも頭を離したいし、やることやってから今後のことを考えるかと思い直し、頬杖をついて女のコの顔を誘うように見返した。
「慰めてくれる?」
ポッと上気した顔で、女のコはコクコクと頷く。チョロいのはこのコなのか僕なのか。
店主に「ツケで」と言って店を出る。
そのうち誰かが払ってくれるだろう。
生暖かい夜風を頬に感じながら、ルイを想う。
ユリウスの後宮で、ベッドに寝そべって上目遣いで僕を見るルイの姿を思い出す。
厨房で、綺麗な顔で一生懸命豆の皮を剥くルイ。
隙だらけの護身術で勇ましく下女と戦うルイ。
朝食のカゴを見て、とびきりの笑顔を僕に向けるルイ。
今夜もずっと、ルイを想いながらこのコを抱くのだろう。頭を離したいという願いは叶いそうにない。
これから先、ずっと、これを繰り返すことになるのだろうか。
ふふっと自嘲気味に笑って、名前も知らない女のコの肩を抱きながら、適当に目についたホテルの扉を開いた。
何だかとても書いていてしんどい場面でした。。
体力を使い果たした気がします^_^;
あと少しで完結の予定です。(文字数はまだどのくらいになるか分かりませんが。。)
長い間、お付き合いいただいてありがとうございます。感謝です!
もう少し頑張ります!!




