表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/70

雷帝の腹積もり


「準備は滞りなく進んでおりますわ。我が国においては、ですが」


 ヴァリスは雷帝の前で、いつもどおり笑みをたたえて報告する。


 内心毒づきたい気持ちはあるが堪える。


 ここまで来るのにどれだけ苦労したことか。それをつらつらと語りたいが、それを言ったところで話半分に溜息をつかれるだけだと分かっているので言わない。


「他国の準備も概ね整っている。だがより被害を最小限に抑えるために、他国にもノウハウを伝えろ。援助を惜しむな」

「はい」


 また仕事が増えた、とヴァリスは笑顔が引き攣りそうになるが、文句を言ったところで意味がないと理解している。

 使える人材は不足しているし、戦争を前にどこも余裕がない状態だ。


 雷国の軍隊は優秀で、比較的扱いやすい。最も力がないのは地国だ。


 オルムの地国への挑発行為も今は止んでいるが、真っ先に狙われるのは間違いないだろう。皇帝も気が弱く頼りないので、地国の住民は気の毒であるとヴァリスは同情する。


 他国からの援助があったとしても、どこも自国を守らなくてはならないので結局はその国の底力にかかっている。おそらく今回の戦争で最も甚大な被害が出るのは地国だろう。ましてや先の巨人襲撃で住民もすでに混乱している状態だ。


「ユリアの件が片付いたら、ルイの部屋を訪問する。準備しておけ」


 ヴァリスはハッとする。


 いよいよ、戦争に突入するということか。


 雷帝は、ルイの部屋を訪問しその噂を広めることで戦争の口火を切るつもりだ。


 噂は大袈裟な方がいい。ルイの部屋で一晩以上過ごしてもらい、オルムの間者に報告させる。反応があるまでそれを続ける。

 

 オルムは雷帝を抑える機会を伺っているはずで、必ず何かしらアクションを起こしてくるに違いない。雷帝が類を気に入っているのは事実であるし、今までにもそういう素振りを見せてきたからだ。

 そして、こちらの本当の狙いには気付いていないはずだ。

 おそらく軍事力に大きな差があるのだろうということは、雷帝も分かっている。

 だからこそ、こちらの戦争の準備には何の反応も示さずにいるのだ。


 オルムが地界から出ることはおそらくない。それは雷帝と対峙するのを避けるためだ。先の戦争でも極力衝突を避けていて、結局人質を取り逃げることを選択した。今回も対峙出来ない故に、弱みを握り雷帝を抑え、直接対決を避けようとしているのだろう。

 地界勢力の司令塔であるオルムが倒されれば、この戦いに決着がついてしまうから。


 ならば、雷帝が地界へ赴くしかないが、その方法は一つしかない。


「ルイにはいつ説明を?」

「訪問した時に伝える」

「······ルイは、上手くやり遂げられるでしょうか」

「やってもらわなければ困る。オルムを討つにはこの方法しかない」


 類を皇后にするためにも、同様にこの方法しかない。

 戦争で類に大きな手柄を挙げさせて、周囲に有無を言わせず皇后の座に据える。


 しかしそれには、類自身が任務をやり遂げなければならない。


 そしてそれは簡単ではない。失敗すれば、類はオルムに取られてしまう。



「戦争が終わったら、俺はルイを皇后にするつもりだ」



 雷帝の放った言葉を聞いて、ヴァリスは思わず大きく目と口を開いた。


 まさか雷帝からその言葉を聞くことになるとは思わなかったからだ。


 ヴァリスはもちろん類を皇后に据えるつもりだが、それを雷帝に言ったことはない。



「そのようにお考えとは、知りませんでしたわ」

「ルイに手柄を挙げさせることが絶対条件だ。全力でサポートしろ」

「御意」


 無論そのつもりだ。


(まあ任務自体はルイに頑張ってもらうしかないけど)


 話を終えて雷帝の書斎を後にしながら、ヴァリスはふっと笑った。


 


   ◇◇◇




 シルヴァの部屋から自室へ戻った後、早速タニアが駆け込むように入ってきた。


 案の定、シルヴァ邸内ではすでに類がユリアに毒を盛ったとの話題で持ちきりだそうだ。


 一体どこから情報が漏れたのか。


 やはりフローラが意図的に流したのだろうか。


 寵姫であった類が、新しい側室に雷帝からの寵愛を奪われて、毒殺を企てたというストーリー。


 どうやら過去に嫉妬による毒殺未遂事件があったらしく、それに重ね合わせて噂が広まっているようだ。


「もちろんわたしは信じていませんし、皆も疑っています! ルイ様がそのようなことをなさるはずがありません!」


 タニアは叫ぶように言う。


「ありがとう。信じてくれて。嬉しい」


 類が眉を傾けて笑うと、タニアは少し涙ぐんだような目になる。


「当然です!! 雷帝も、ルイ様を信じておられるからこそ、拘束されなかったのでしょう!?」



『この件が無事片付いたら部屋を訪問する』



 突然、雷帝のセリフが脳裏によぎる。


 そうだった。


 この件が解決したら、雷帝が来る。


 この部屋に。


 バチンと音を立てて、両頬を両手で包む。顔が熱い。



「ルイ様?」


 突然の類の不可解な行動を見て、タニアは首を傾ける。


「あ、ごめん。······事件については調査中だから何も言えないんだ」


 両頬に手を当てたままそう言った類の言葉を聞いて、タニアは頷く。


「そうですよね······。申し訳ございません。早くルイ様の無実が証明されることを皆願っています」

「ありがとう」


 一応部屋に来た理由にするために、丁寧に掃除をしてからタニアは出て行った。


 

 一人になった類は、肩の力を抜いて、ふぅと息をつく。


 ユリアに嫉妬していたことを、皆の前で告白してしまった。


 しかし後悔はしていない。


 それは本当のことだから。

 

 むしろ抱えていた大きな荷物を下ろしたように、気持ちが軽くなったような気さえする。


 類が最初から思っていたことだが、後宮に何人もの側室を迎えている時点で、このような事件が起こることは当然ながら考えられる。


 今回は図られたものだが、以前にもあったなら、何故改善しようとしないのか。


 このシステムは破綻している。


 無理があると何故考えないのか。


 雷帝が今の側室たちを後宮へ入れたことにはそれなりの理由がありそうだ。


 しかし実際エリサベトもあのような状態になったし、類もユリアへの嫉妬に苦しんだ。


 側室だけではなく、女官や下女たちはどう思っているのだろうか。


 以前シルヴァから、後宮に勤める女たちの結婚は禁じられていると聞いた。正確には男性と通じることを。

 類の持つ後宮に関する知識と違わず、この後宮に勤める女たちは皆雷帝のものであるという考えの元にそうなっているらしい。


 実際この後宮で、女官や下女からお目通りを通さずに側室に召し上げられた者はいないようなのに、そうする意味が分からない。


 ただ、シルヴァによるとそれでも女たちの一部は雷帝の目に留まることを諦めていないのだという。


(後宮の女の人たちが皆幸せになるためには、どうすればいいんだろう)


 類は以前、雷帝に認められたら、元の世界へ帰してもらうことと後宮の女たちの待遇を改善するよう、雷帝に交渉するつもりだった。


 元の世界へ帰ることに関しては正直迷いがあるが、後者は変わっていない。


(『特別な仕事』をもらう機会を損ね続けてるし、認められることがあるのか分からないけど)


 雷帝が類の部屋を訪問すると言ったのは、類を側室にするという意味なのか。

 そうなったら、仕事をもらう機会は永遠に訪れないかもしれない。


 そこでふと、戦争で与えられるのであろう役目について思い出した。


(そうだ。戦争で何かさせられるんだった。······ますますよく分からない。私が告白のようなことを言ったから、それに答えたということなのかな)


 ユリアの元にはもう行かないのか?


 それともどちらにも通うという意味なのか。


 倒れたユリアのことはどう思っているのか。


 『部屋を訪問する』というセリフが衝撃的すぎてよく考えていなかったが、それは自分も後宮のシステムの犠牲になることを意味するのでは、という考えに至ってしまう。


(雷帝が私の部屋を訪問して、もしそういう関係になったら、もう本当に逃れられない)


 底なし沼に嵌るように、抜け出せなくなる様を想像する。

 いよいよ、以前エリサベトが陥った状態になり兼ねない。


 そこでふと、冷静に考えてみると、そもそもそれ以前に肝心な問題があることに気付く。



 今更ながらだが、


 『もしそういう関係になったら』って、なれるわけないだろ! と。



 自慢じゃないが、類は男性と一度も付き合ったことがない。


 当然ながら何の経験もない。


 無理がありすぎる。


 それはない。絶対にない。


 いや好きだけど! いきなりそこまで気持ちを持っていけない。


 もちろん後宮とはそういう場所であると理解はしているし、先日拒んだことを後悔したりもしたが、いざそうなることを考えるとやはり受け入れ難い。物事には順序というものがある。


 小、中学生の頃、男友達とよくツルんでいて、ボディタッチはよくしていた。いわゆる男同士のスキンシップのようなヤツ。


(それは経験のうちに入らないんだろうな······)


 断ろう。何が何でも。


 類は一人、固くそう決意した。


 


 

 次の日。


 事件の調査の結果がシルヴァ邸に届けられた。


 ユリアの屋敷には、一人も毒の症状が出た者はおらず、屋敷内に毒の痕跡もなかったと。

 つまり、茶会以前に毒を盛られていた証拠は出なかった。


 また、茶会の部屋の調査も同時に行われたが、ユリアが口をつけたティーカップの中の紅茶以外に、どこからも毒は検出されなかったらしい。


 それは何を意味するのか。


 シルヴァは、やはりフローラが工作員を使ってユリア邸内の証拠を処分し、ユリアが倒れた後にティーカップの中に毒を盛り、雷帝が来る前に所持していた毒を処分したとしか考えられないと言った。


 明らかに類を陥れるための罠。


 しかし証拠はないとシルヴァは不満そうだった。

 調べるならフローラの屋敷全てを調べるしかないが、計画的であることは間違いないので、それもフローラは想定しているだろう。見つかるところに毒を処分してはいないはずだ。


 ユリア邸で証拠が見つからなかった以上、類への容疑は深まってしまう。

 


 これより証言の調査に移るとのことで、順番にオスカと調査隊による訪問があるらしい。


「雷帝は、一度もユリア様のお屋敷を訪れておられないそうです」


 タニアが掃除をしながら言う。しょっちゅう掃除に来るので、類の部屋は常にピカピカだ。シルヴァの部屋よりも綺麗かもしれない。


 タニアの言葉に、まあそれはそうかと類は思う。


 ユリアは順調に回復しているそうだ。ただ精神的にはとても不安定になっていて、飲食物を一切取らず、ごく身近な女官しか側に近づけない状態なのだという。


(フローラの屋敷で様子を見ただろうし、今はそっとしておくしかないよね)


「もし寵姫なのでしたら、放置しておくでしょうか? 心配でずっと側についているのではないでしょうか。精神的に不安定になっているなら尚更」


 タニアは眉をひそめて、訝しげな顔で言う。


「そうかな······そういうもん?」

「分かりませんが、そう思います」


 ユリアには悪いが、そうでなくて良かったと思ってしまう。


 ユリアは完全なる被害者だ。


 フローラの陰謀にただ巻き込まれただけの。


 ユリアに嫉妬はしていても、それには同情する。


「わたしは、やはり雷帝の寵姫はルイ様であると思っています。何故雷帝はルイ様のお部屋を訪れないのでしょう」


 類はドキッとして、思わず目が泳いでしまう。


「どうしても納得出来ないのです。何故なのでしょう」


 じっとタニアに見つめられて、分かりやすく目を逸らす。


「何か理由があるのですか?」


 今日のタニアはいつも以上に積極的だ。最初から思っていたが、タニアは消極的と見せかけて実はグイグイ来るタイプだ。


「さ、さあ」

「何かご存知なのですね!? 理由があるのですね!?」

「い、いや、分からないよ。本人じゃないし」

「では何故そんなに分かりやすく目を逸らすのですか!?」

「······」


 目眩ましがどうとか、はよく分からない上に軽々しくは言えないし、類の元へ来ず、ユリアの元へ通い続けている理由なんて実際分からない。


 三日連続通うのは珍しいとのフローラの言葉が再び心に突き刺さる。

 最初に訪問するのは珍しいことではないとシルヴァが言っていたが、それを考えると、もしかすると本当にユリアのことを気に入っている可能性だってある。


 それでいて類の元へ来ると言った。事件が片付いたら。


 雷帝が何を考えているかはこっちが聞きたい。


 タニアが突然口元に手をやって、ハッとしたように目を見開いた。


「も、もしや別の場所で逢引を!?」

「はぁ!?」


 今日のタニアの言動は大胆すぎる。類は思わず大きく口を開けてしまう。


「ルイ様! 白状してください!」

「いや! ない! ないよ!」

「嘘です! わたしに隠し事なんてしないでください!」

「嘘じゃないって!!」


 結局、雷帝が類の部屋を訪問すると言ったことを白状させられてしまった。


「まあ!! それは!! 念入りにお掃除しなくては!!」


 そしてさらに気合いを入れて掃除を始める。


 強引に詰め寄られて、類はタジタジのまま、掃除に勤しむタニアを呆然と見ていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ