危険な茶会
次の日。
フローラ邸にて行われる茶会は予定どおり開催されることとなった。
それもどうやら全員参加で。
招待されたのは、雷帝の側室全員プラス類だ。
「ルイさん、心配なさらないでください。フローラさんも、表立ってルイさんを害したりはしないと思います」
ウフフっと能天気に笑うセシリアは、水色のスカート部分がフレアになったドレスを着て、類の隣を歩いている。長い銀髪の両サイドを纏めて、それぞれの毛先近くに小さなピンク色のリボンをつけている。リボンの真上には髪がもったりとチューリップの球根のような形で溜まっている。
フローラ邸庭園。
王族の庭かというほどのゴージャス&メルヘンな造り。
その庭から、プリンセスの住む城のような建物に移動する。
(シ○デレラ城か)
類は思わずそうツッコんでしまう。もちろんそこまで大きくはない。しかしフローラは『お姫さま』に憧れているのではないかと疑ってしまうほど、メルヘンチックな屋敷なのだ。
「皆さま、ようこそ」
屋敷の白い大きな扉から、オレンジ色の髪をアップにし、そこに大きな白と黄色の花飾りをつけ、レースがこれでもかと仕込まれた生成りのウェディングドレスのような衣装を着たフローラが現れた。
ドレスのスカート部分は、チューリップの花を逆さまにしたような形だ。
(出た)
類は思わず身構える。
攫われた時の、目の吊り上がった恐ろしい顔とは別人のようににこやかな笑顔を貼り付けて、フローラは類たちを迎える。
今屋敷の前にいるのは、シルヴァ、セシリア、類の三名に加え、サラとその他シルヴァ邸の女官二名、セシリア付きの女官三名、後方にそれぞれの護衛が数名ずつだ。
「手狭ですので、護衛とお付きの女官はここで待機していただきます。人手は十分用意してありますから、心配無用ですわ」
大きな白いファーのようなものがついた扇を口元へ持っていき、フローラはふふふっと笑い、これ見よがしに類に視線を寄越して言った。
(思ったよりあからさま。······警戒しないと)
今日も面積少なめで、上質そうなラメが全体に散りばめられた薄手の衣装を着たシルヴァが、腕を組んだ姿勢で一歩前へ出てフローラに顔を向ける。
「女官くらいは入れさせて頂戴」
「あら、シルヴァさんはお付きの女官がいなければ何も出来ませんの? 安心なさって。毒見役もいますから。それとも、わたくしが何か危害を加えるとでも?」
「······」
シルヴァの言葉に、フローラが直ぐ様切り返す。
若干張り詰めた空気になったが、シルヴァが引くことで収まった。
ごねたところで、こちらの望み通りにはさせないだろうとシルヴァは判断したのだろう。
セシリアは何も言わずに、口元に笑みをたたえてその様子を見守っている。
昨日シルヴァと話した後、セシリアに使者を送り、わざわざセシリアはシルヴァ邸まで足を運んでくれた。
シルヴァとセシリアは、たまにだが交流することのある仲のようだ。
マリアを連れていないかと警戒したが、セシリアは数名の女官と護衛のみを引き連れて、シルヴァ邸に現れた。
話を聞いたが、セシリアには脅しの類はなかったらしい。断られた場合のみ脅す予定だったのだろうか。
セシリアは、フローラからの誘いについて、珍しいことなので驚いたそうだが、特に警戒はしていなかったようだ。
シルヴァから、類がフローラに拘束され後宮から出されたことを聞かされ、とても驚いていた。
そしてこれはシルヴァから聞いたのだが、セシリアはやはり、後宮での権力争いや雷帝からの寵愛などに一切興味がないらしい。後宮に入り、研究費を惜しみなく出してもらうための条件を一つ雷帝から提示されたそうだが、それはもう達成したそうだ。
今はただ悠々自適に研究漬けの生活を送っているらしい。
それを聞いて、後宮内で一番幸せなのはセシリアであると、類は確信した。
そしてセシリアと同時にヴァリスにも知らせを送った。シンに手紙を持たせヴァリスに届けてもらったのだ。シンはすぐに返事を持って戻ってきた。ヴァリスはやはり忙しいらしく来られなかったが、状況は分かったと手紙に書いてあった。
ヴァリスは『フローラがすぐにルイを殺すことはないだろう』と判断したようだ。やはりリスクが大きいからか。
『雷帝の耳に入れるよりも効果的な方法があるので対応しておく』とのことだ。
一先ず保険はかけられたということで、類たちは今ここにいる。
心配そうな顔をしたサラに見送られながら、護衛と女官たちを置いて屋敷に入る。
フローラと共に能面のように顔の筋肉が固定された女官が、類たちを先導するように先を歩いている。
念のため離れることがないようにしようとシルヴァに言われているので、ピッタリとシルヴァの真後ろに付いて、類は歩いた。
廊下にはむせ返るような香水のような匂いが充満していて、思わずうっとなってしまう。
ちょっと、いやだいぶ趣味が合わない。
周囲にはピンクを基調とした壁面。まさにお姫さまの館。そのピンクの壁には近代ヨーロッパの貴婦人が使っていそうな、大きくてゴージャスな鏡がそこら中に貼り付けてある。
ナルシストなのだろうか。何となく歪んだ目で見てしまうのは、先日の件があるからだろう。
やがて豪華に飾られた部屋へ通された。中はそこまで広くはないように感じる。花がそこかしこに飾ってあり、様々な花や香水のような匂いが混ざりあって、良い香りなのかどうか分からない。先程から鼻が麻痺したようになってしまっている。
部屋の中央を陣取っている円形の大きなテーブルには、複雑に編み込まれたレースの白いテーブルクロスが掛けられていて、五つの席が等間隔に設けられている。
テーブルの中央には豪華な花瓶に生けられた赤とピンクの薔薇が飾られており、それぞれの席の前に綺麗な食器が並んでいる。
「皆さん、お好きな席におかけになって。エリサベトさんとユリアさんが到着されるまで、寛いでいてください。あ、そうそう。あなたの席はありませんので、そのつもりで。特別なお役目を用意していますから、立ったまま待機していてくださいな。まさか側室と同じ扱いを受けられるなんて、思っていませんわよね?」
フローラは類を見てそう言った後、オホホホホッと扇を片手に典型的な悪役のような高笑いをして、部屋を出て行った。
しんと静まった部屋に、カチャリカチャリと、女官たちがお茶の用意をする音が響く。
「フローラさんはイジワルですね〜。招待しておいて、席がないなんて」
セシリアが立ったまま、同情するように類に話しかける。
「一体ルイに何をさせるつもりなのかしら」
シルヴァは訝しげな表情で腕を組んで、無表情のまま黙々と準備をする女官たちの動きを用心深く見ている。
シルヴァとセシリアに席に座ってもらった後、類はテーブルから少し離れた場所に立ち女官たちの動きを見る。
別に席がないこと自体は何とも思わない。ゆっくりお茶を楽しめるとは思えないし、むしろ立っていた方が気が楽かもしれない。
自分が側室でないのは事実なのだから。
ただ、『お役目』とは何なのか。何をさせられることになるのかは気になる。
(特に変わった様子はないけど······何だか生気がないというか、皆無表情だよね)
女官たちの動きには特に問題ないが、その人形のような表情がどうしても気になってしまう。皆同じような表情をしている。
まるで操り人形。
ガチャリ
類が考えていると、背後で扉の開く音がする。
そちらに目を向けた途端、女官と共に中へ入ってきたエリサベトとバッチリ目が合った。
紫にシルバーの刺繍の入った華やかなドレスを着て、髪をハーフアップにした姿のエリサベトは、ジロリと不機嫌そうに類を一瞥した後、立ち止まることなく類の前を通り、シルヴァの隣の空いている席についた。
(や、やっぱり。めちゃくちゃ怒ってる)
思わず汗が流れてしまう。
この罪悪感は、人の男を盗った時に感じる感覚に近いのだろうか。
後宮においては、先に入っていた者ほど辛いと類は思う。
もちろん夫を愛している場合に限るが。
エリサベトが、自分よりも後に側室になり得る女を後宮から追い出してきた気持ちは、今の類には理解出来る。
類がユリアに感じていた気持ちと同じ。正確にはエリサベトは、そうなり得る芽を事前に摘んでいた。
それは精神を正常に保つための防衛本能のようなものだったのだろう。
自分もそうだが多くの女は、愛する男に自分だけを見ていて欲しいと願うのだろうと思う。
それを踏まえて考えると、本当にこの後宮のシステムは負の感情しか生み出さない。誰も幸せになれない。愛を手に入れても、それは続かずすぐに手放さなければならない上に、逃げることは許されない。そして嫉妬は悪とされる。拷問か。
ガチャリ
再び扉が開く。
ふんわりと華やかな薄いピンクのドレスを着たユリアと、その後ろを歩くフローラが目に映った。
ユリアの姿を見て、類の心はザワつく。
「これで全員揃いましたわね」
フローラが扇を顎の下に添えて、にこやかに言った。
「ユリアさん、お座りになって。これはユリアさんの歓迎の場でもあるのですよ。ようこそ、後宮へ」
ユリアはフローラの言葉を聞きながら、遠慮がちにチラリと類に目を向ける。フローラが気付いたように、何も言っていないユリアの意を推し量ったように言う。
「その人のことは気になさる必要ありませんわ。側室ではありませんから、立っていただいているだけです」
ユリアは類から視線を外し、席に向かうフローラに目を向ける。
「お招きいただいてありがとうございます。突然のことでしたので、とても驚きました」
「まあ。昨日の朝にお知らせしたのでは遅かったでしょうか?」
「え? 昨日? いえ、わたくしは今朝招待状を受け取りました」
「ええ? まあ。なんてこと。わたくしの使者は、確かにユリアさんのお屋敷に昨日のうちに届けたと言っていましたわ」
「······ですが、女官から受け取ったのは確かに今朝のことです」
「····職務怠慢ではなくて? ユリアさん、いくらお若いからといって、舐められていてはいけませんわよ。下の者はしっかり教育しなくては」
「······」
類は立ったまま、その会話を聞いていた。
ユリアの手元に招待状が渡ったのは今朝。それは、雷帝の訪問を警戒してのことなのだろうか。茶会の話がユリアづてに雷帝の耳に入るのを防ぐために?
また例の如く、ずーんと気持ちが沈んでくる。
シルヴァと話して、雷帝はユリアと関係を持っていないかもしれないと少し期待したが、やはりユリアの顔を見ると不安が頭をもたげる。昨晩もユリアの元へ行ったかもしれないと考えるだけで、嫉妬心が這い上がってくる。
そしていやいや、今はそのようなことを考えている場合ではないと無理矢理自分を律する。
「くだらない茶会は早く終わらせて頂戴。用件は何なの?」
席に座るエリサベトが、口を挟むようにフローラに向かって不機嫌に言い放った。
「用件は、先程も言いましたように、ユリアさんの歓迎と、皆さんとの親睦をはかることですわ」
エリサベトの敵意を跳ね返すように、フローラは不気味なほどの満面の笑みを浮かべて言う。
「ふん。くだらない。親睦ですって? そんなことは露ほども思っていないでしょう?」
「そんなことありませんわ。わたくしは、皆さんと仲良くおしゃべりがしたいだけです。妻同士、仲良く」
「それなら私は帰らせてもらうわ。仲良くも歓迎もする気はないし。一応足を運んだのだから、それでいいでしょう?」
エリサベトはガタッと椅子を引いて立ち上がる。
わざわざ足を運んだのは、シルヴァの言うように脅されたからなのか。
エリサベトの態度を見ても、フローラは笑顔を崩さない。
「エリサベトさん、お待ちになって。せっかく最高級のお茶とお菓子を用意したのですから、せめて少しでも召し上がってからお帰りになってくださいな」
「生憎、いただく気はないわ。何が入っているか分からないもの」
「まあエリサベトさんったら。わたくしが毒を盛るとでも? 安心なさって。そこの側室もどきの方に全て毒見していただきますから」
「····なんですって?」
フローラを始め、側室たちの視線が全て類に集まる。
「何を言っているの? そんなことさせられるわけないでしょ?」
シルヴァが怒った口調でフローラに言う。
「女官なら良くて、その人だといけないのですか? 何故? 側室ではないのだし、その人は兵士だったというではありませんか。雷帝からの訪問があって勘違いしてしまったのかもしれないですけれど、側室の地位をいただいていないなら、そういうことですわ」
ふふっと笑いながら、フローラはチラリと類に視線をよこす。
(一体何を考えてるんだろう? 毒見をさせて、毒殺するつもり? でもそれなら、用意をしたフローラが疑われるに決まってるのに)
そうは思うが、冷や汗をかいてしまう。もし猛毒が入っていて、食べた瞬間に死んでしまったらと考えると、体が震える。
「噂で聞いたのですけれど、あなたは宴で給仕をしたのだとか。ここでもしてくださる? わたくしはそんな下々の仕事を経験したことがないものですから、どのようになさるのかぜひ教えていただきたいわ」
フローラがそう言った途端、まるで用意していたかのように、女官が大きなティーポットを持って類の側へやって来る。
「ほら。それで皆さんにお茶を淹れて差し上げて。その格好もまるでウェイターですものね。ふふふ、ああ、可笑しい」
一応茶会に出るので正装をしてきたつもりだったのだが、馬鹿にされてしまった。まあ類がどのような格好をしていてもそう言うのだろうが。
それにしても、フローラは性格が悪いのを隠す気がないようにあからさまだ。
人間界にもそういった女子はいたが、類はその悪意の対象になったことがないので新鮮に感じてしまう。
別に特に悔しいなどといった感情は湧かない。
「馬鹿にしすぎよ。ルイは毒見も給仕もしないわ」
シルヴァが少し低めの声で言い放つ。
「それでは何のために来ていただいたのか分かりませんわ」
「······あなた、本当に最低ね」
「どうしてですか? 側室とそれ以外の者には、明確な地位の差があります。後宮においてはそれが全てですわ。立場を弁えることを教えているのです」
「······それだけではないでしょう?」
「いいえ? それだけですわ」
フローラとシルヴァが殺伐とした空気を放っている間に、別の女官がキャスター付きの台を類の側へ持ってきた。そこには五組のティーカップとソーサーのセットが乗っている。
どうやら類の分は最初から用意する気がなかったようだ。
わざわざ呼んだのはただ単に馬鹿にするため····ではないだろう。
キャスター付きの台を持ってきた女官は、その上に置いてあった五組のティーカップのセットとは別の小さなカップを類に手渡す。そしてティーポットを持った女官が手早くそのカップに紅茶を注いだ。
カップを受け取ってしまったものの、またもや冷や汗が出る。断るべきか。断るなら今しかない。
「ちょっと待ちなさい! 毒見はさせられないと言ったでしょ!?」
類の代わりのように、シルヴァが鋭い声を発する。
「シルヴァさん、安心なさって。毒は入っていませんから形だけですわ」
「分からないから止めているのよ! あなたがルイを良く思っていないことは明白でしょう!?」
「だからといって毒殺するとでも? そんなことをしたらわたくしの立場はありませんわ」
「······それでも、させられないわ!」
フローラはふぅと息を吐いて、扇を折りたたむ。
「······そこまで仰るなら、分かりました。女官に毒見させますわ。それなら良いのでしょう?」
「······ええ」
「その代わり、給仕は行っていただきますわ」
類はほっとして、紅茶の注がれたカップを見つめた。見た目は普通の紅茶だ。香りも。
フローラも自分で言っていたように、確かにこの場で毒殺するなんて非現実的だとは思う。しかし警戒しすぎるくらいがちょうど良いので、飲まないのは正解だ。
そしてフローラが折れたということは、毒は本当に入っていないということなのだろう。
類から紅茶の入ったカップを受け取った女官が、それを両手で持ち一気に喉に注ぎ込むのを間近で見る。
息を飲むように、部屋の中にいる者の視線が全てその女官に集中する。
飲み終わった後も女官は特に変わった様子なく、カップを後方の台へ置きに行く。
それを見て、類はほっと胸を撫で下ろした。
(良かった。普通の紅茶だった)
「血行を良くするお茶ですわ。女性に嬉しい成分がたくさん入っているのですよ」
フローラが得意気に話していると、ケホッと、咳き込むような音が聞こえる。
見るとユリアが口元に手を当てている。
「ユリアさん、どうなさったの?」
「あ、いえ、お気になさらず。少し喉がつかえただけです」
そしてまたケホッと咳をする。
「乾燥しているのかもしれませんわね。紅茶を飲めば良くなりますわ」
「はい。申し訳ありません」
「気になさらないで。そういえば、ユリアさんは後宮へ来られてからずっと、雷帝のお通りが続いていますわね。結構なことですわ。もしかして、それで寝不足なのではないですか?」
ガチャリ
と、派手に音を立ててしまった。
(····しまった)
女官にティーポットを渡され、皆のカップに紅茶を注ぐよう促されたので、そうしようとしてポットの口をカップの端に強く当ててしまった。欠けてはいないだろうか。
ポットとカップを確認する。幸いどちらも無事だった。
気を取り直して紅茶を注ぐ。コポコポと注がれる赤い紅茶を見ながら、気持ちを落ち着かせようと努める。
幸い、音を立てたことについては誰からも言及されなかった。
「······ユリアさんは今や雷帝の寵姫ということになりますわね。入られて三日連続通われるなんて、とても珍しいことですわ。よほど気に入られたのですね」
「······そんなことは······」
「謙遜なさらなくてよいのですよ」
ふるふると手元が震える。
紅茶を溢さないように、必死にカップの中心を的にして、そこから外れないよう狙いを定めることに集中する。
『三日連続』との言葉を意識の外に放り投げる。
その時、テーブルを叩いたのか、バンッという音と共に食器の動くがした。
「何が言いたいの!?」
エリサベトの声だ。
類は顔を上げて、テーブルの方を見た。結局、部屋を出ることなく再び腰を下ろしたエリサベトが、テーブルに片手をついた姿勢でフローラに鋭い目を向けている。対するフローラは相変わらず余裕の笑みをたたえている。
「別に何も? ただの世間話ですわ」
「側室同士で寵姫がどうのなんて話が世間話ですって!? いい加減にしなさいよ!」
「エリサベトさん、落ち着いてください。わたくしはユリアさんを歓迎しているのです。ユリアさんの献身に敬意を表しているのですよ」
「献身!? ユリアが皇后の座に就いたとしても、同じことが言えるのかしら!?」
ピクリ、とフローラの顔の筋肉が動くのを、類の目は捉えた。ほんの一瞬、僅かに笑顔に歪みが生じたように見えた。
エリサベトも知っていたのか。
フローラが皇后の座を狙っていることを。
「······エリサベトさん」
フローラが再び満面の笑みを浮かべる。
「そんなに怒ると皺が出来てしまいますわよ?」
「心配無用よ!!」
「まあまあお二人共、落ち着いてください。楽しいお茶会なのですから、穏便に。ね?」
今まで黙っていたセシリアが穏やかに口を挟む。
「全然楽しくないわ!!」
「一度落ち着きなさい。冷静でないと、足元掬われるわよ?」
興奮するエリサベトの隣に座り、腕を組んだシルヴァが冷静に諭す。
「······」
「まあ、シルヴァさん。誰に足元掬われますの?」
「言わずもがなよ」
類は動きを止めたまま、テーブルでの様子を注視する。
ケホッケホッとまたユリアが咳き込んでいる。
それを見て、フローラが類に目を向けた。
「ちょっと、早く紅茶を配ってくださる?」
類はハッとして、残りのティーカップに紅茶を注いだ。
そして何を小間使いのように動いているんだと思ったが、この場が穏便に収まるならそれでいいと思い直し、キャスターを動かして台ごとティーカップを運ぶ。
そこで、そういえば先にテーブルの上にティーセットを置いてから紅茶を注いだ方が良かったかとふと思う。
促されたのでその場で注いでしまったが、作法的には間違っていたかもしれないと思いながら、紅茶の入ったティーセットを順番に側室たちの前へ置く。
類から見て一番手前に座るセシリアを始めに、時計回りにシルヴァ、エリサベト、フローラ、ユリアの順に配った。
ユリアに近づいた時、ふわりと香水のような甘ったるい香りを鼻が捉えた。髪から香ってくるのか。
この花の香りの充満した部屋でそれを感知するとは、やはり過敏になってしまっていると実感する。他の側室に近づいた時は気にならなかったから。
「お砂糖とミルクを必要な方にお渡ししてちょうだい」
類はまたもや女官によって台に置かれた角砂糖とミルクの容器を、台ごとガラガラと押して運ぶ。
一人ひとり聞いていき、希望があれば入れた。希望したのはセシリアとフローラだけだった。
セシリアは、
「すみません、ルイさん」
とまたもや同情するような表情で言った。
「お菓子もありますので、どうぞ召し上がって」
扉から数人の女官たちが華やかな菓子の乗った皿を持って部屋へ入って来たのを見て、フローラが言う。
女官たちは、順々に皿をテーブルに並べていく。
そして全て並べ終わると、そのうちの一人が小皿に全ての菓子を一つずつ取り分ける。
毒見させられるのかと身構えたが、フローラの合図と共に菓子を取り分けた女官がそれを少しずつ口に含み、飲み込んでいく。
(毒見する女官も怖いよね······)
皆が見守る中、女官は菓子の毒見を無事終えた。
「さ、毒見も終えたことですし、いただきましょう」
フローラが先にティーカップに口をつける。
コクリと紅茶を一口飲み、再びソーサーの上に置いた。
それを見て、セシリア、ユリアがティーカップを手に取る。
「フローラさん。遅くなりましたが、今日はお招きいただいてありがとうございます。普段は屋敷に籠もっていて皆さんとお会いすることがほとんどありませんので、気晴らしになります」
セシリアが、紅茶を一口飲みにこりと微笑みながら話す。
「喜んでいただけて幸いですわ、セシリアさん。研究は順調ですの?」
「ええ、おかげさまで」
「それは何よりですわ」
セシリアが話し始めて、少し穏やかな空気が流れる。セシリアの声色には鎮静効果があるのかと思うほど、波風一つ立たない水面のように静かで、安心感がある。こんな場では尚更そう感じてしまう。
逆に感情の起伏が乏しいので何を考えているのか分からないのだが、今はその安定感に助けられている。
マリアの件やゲテモノ料理など、変わった人だとは思うが、やはり悪いものは感じない。
やがてシルヴァが紅茶の香りを嗅ぐように、ティーカップを鼻の近くへ持って行く。そして口をつけることなく再びソーサーの上に置いた。
エリサベトは手に取ることすらしようとしない。
「ぼーっと突っ立っていないで、皆さんにお菓子を取り分けてくださらない?」
フローラにそう言われて、まるで宴の時の雷帝のようだと思ってしまった。
あの時のことをふと思い出す。ひたすら耐えて、認められようと頑張っていた時。
あれから状況はすっかり変わってしまった。
ルイは無言で菓子を取り分ける。シルヴァが何か言いたげだったが、目線で大丈夫だと伝える。別にこき使われることに対しては何も思わない。ただ、無事にこの場を収めるだけ。何事も起きないように。
ガタン
突然、ユリアが立ち上がる。
「す、すみませ······ちょっとお手洗いに·····」
そう言いかけて、ゲホゲホと激しく咳き込む。隣に座るセシリアが立ち上がり、心配そうにユリアの背中を擦る。
ユリアはテーブルに片手をついて、体をほぼ直角に折り曲げ、本当に苦しそうだ。
「大丈夫ですか?」
「······は、はい、大丈······」
そう言いかけたユリアは、最後まで言葉を放つことが出来なかった。
激しく咳き込みながら嘔吐して、そのまま倒れてしまったからだ。
「ユリアさん!?」
「ユリア!?」
フローラとシルヴァが慌てたように立ち上がる。エリサベトも驚いた表情でそれを見ている。
類ももちろん驚いた。
咳をしていたし、体調が悪かったのだろうか。それとも······
皆がユリアの元に集まる。
セシリアが、ドレスが汚れるのも気にせず座り込み、じっとユリアの容態をみている。
「早くベッドに運んで!!」
「待ってください」
シルヴァの言葉を制すように、セシリアが言った。
「毒物を摂取した可能性があります。下手に動かすと、さらに毒が回るかもしれません」
こんな時でも、セシリアの声は高く落ち着いている。
しかし、その声から発せられた
『毒物』
という穏やかでない単語に、部屋の空気は凍りつく。
そんな中、セシリアは冷静に、そして入念にユリアの体を診ている。
「中毒症状が出ています。早く解毒したいところですが、何の毒なのか特定しなければ····」
「ユリアさんの紅茶、変な匂いがしますわ」
フローラの言葉に、皆の視線が一斉にそちらに移った。
「!」
そういうことか······!
類はようやく気付いた。
あっさりと罠に嵌められてしまったことに。




