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ペレの予感

明けましておめでとうございます!

今年もどうぞ宜しくお願いいたします。


 兵舎はとても静かだった。


 それもそうだ。まだ他の兵たちは仕事中なのだから。第一部隊の他の隊員たちは今頃神々の見送りに行っているらしい。類はどうやら雷帝とペレの相手をするために声をかけられなかったようだ。


 もう夕方なので、そろそろ他の隊員も戻ってくるはずなのだが。


 今日は朝から準備に駆り出され、軽く昼食を取っただけでそのまま働いていたのでお腹が空いた。


 食堂へ行き、いつもルーカスがしてくれているように、席を確保し料理と飲み物の注文を済ませておく。


(たぶんルーカスは今日の仕事もソツなくこなしたんだろうな)


 ルーカスの仕事ぶりを思い浮かべながら、類は誰もいない食堂で一人席に腰掛けテーブルに肘をつく。


 そのうちに第一部隊の面々が続々と食堂へやってきた。


「おー、ルイ。戻ってたのか」


 ルーカスが笑顔で声をかけてくる。


「あ、お疲れさま」


 皆で今日のことを話しながらワイワイ食事を取っていると、他の隊の隊員たちが入ってきて、すぐに食堂は満杯になった。


 いつもどおりひとしきり騒いで、順に部屋へ戻っていく。


 そこに突然ヴァリスが入ってきた。


 兵士たちは一瞬で押し黙り、あれだけ騒がしかった食堂はしんと静まり返る。いつの間にか皆起立している。さすが兵士。と自分も起立した状態で、類は感心する。


「いいのよ。邪魔したわね。ゆっくりしなさい。ルイ、ちょっと来て」


 いきなり名前を呼ばれて、類は慌てて返事をする。ヴァリスに付いて食堂を出て、そのまま兵舎の外へ出た。外はもう暗い。


 黙って付いていくと、兵舎から少し離れたところでヴァリスが立ち止まり、振り返った。その顔には笑みが浮かんでいた。


「ルイ。よくやったわ。雷帝は今日のあなたの働きにご満悦のようよ。呼び出されているから、今から行くわよ」


 それを聞いて、え? となる。


「い、今からですか?」


 もう夜だ。


「そうよ。お酒をご所望よ。あなたの作ったお酒をお気に召されたそうなの」


 まだ飲むの!? と驚くと共に、傷を治してもらったことを思い出す。

 

 まさか断るわけにはいかないので、ヴァリスと共に宮殿へ向かう。これは有り難いことなのだ。働きを認められたのだから。じんわりと最後に言われた雷帝の言葉を思い出し、脳内で反復する。


 元々暗いが、ふっと何かが頭上に被さった気がした。


 横を歩くヴァリスがそれを警戒の眼差しで見る。

 顔を上げると、ペレが頭上に浮かんでいる姿が目に映る。


「こんな時間にルイをどこへ連れて行くの? ヴァリス」


 ペレが言う。


「どこだとしてもあんたには関係ないでしょ?」

「まさかユリウスのところじゃないよね? さっき、ルイを横取りしたら容赦しないって宣戦布告しといたのに」

「······」

「ルイを解放してくれる? じゃないと僕は何をするか分からないよ? その意味は君なら分かるよね? ヴァリス」


 怪しい雰囲気がして、類は思わず身構えた。ペレの雰囲気がいつもと違っているように感じる。


「····ただの仕事よ。心配しているようなことはないわ」

「信用出来ない。僕の勘は当たるんだよ。今解放してくれないなら、拘束されてでもオルムにルイのことを知らせるよ。魂を持ってっていいよって」

「····何言ってるの? そんなことをしたらあんたも困るでしょ?」

「僕は地界に出入り出来るのを忘れたの? ルイの体を持って地界で魂を奪い返してそのままトンズラすれば、晴れてルイは僕のモノになる。僕を行かせないとルイの魂は戻らないから、拘束したままにも出来ないしね」

「······」


 ヴァリスははぁ〜と長い息をつく。皺を寄せた眉間に手を当てて、本気で困っているように見える。


 類は何も言うことが出来ない。今はどうするのが正解なのだろうか。


「雷帝は今日のルイの働きを認めたのよ。ルイの頑張りが評価されたの。それだけよ。別に他には何もない」

「それで呼び出すの? 夜に? 昼間で良くない? 何かと理由をつけてルイをモノにしたいだけでしょ? ヴァリスもそうなれば嬉しいよね? ルイに無理矢理頑張らせて何か企んでることくらい馬鹿でも分かるよ」

「····私の権限で今解放することは出来ない。不満なら一緒に来ればいいわ」


 ヴァリスは眉間に皺を寄せたまま、ぶっきらぼうに言った。


「じゃあそうさせてもらおうかな。ユリウスの対応次第では僕も考えるから」


 ペレは宙に浮かんだまま真顔で言った。そのまま三人で宮殿へ向かう。


(····なんか、気まずい。ペレはいつもと違うし、ヴァリス様も機嫌悪そうだし)


 類は何も言わずに歩を進める事だけに集中することにした。





「ルイにまたお酒作ってもらうんだって? 良かったら僕が作ろうか? 毒見役が死んじゃうやつ」


 笑えない冗談。


 顔は笑っているが、あからさまに敵意剥き出しなペレを、類は横目で伺うように見る。


(一体どうしたんだろ。さっきから何だか様子がおかしい。神殿にいた時は普通だったのに)


 宮殿内の雷帝の書斎に、ペレとヴァリスと共に並ぶ。雷帝が椅子に座ったまま、机に肘を置き頬杖をついてペレを見ている。その隣にはオスカが立っている。


「····お前は呼んでいないんだが?」

「申し訳ありません。追い払えませんでした」

 

 ヴァリスが言う。


「水くさいじゃん。飲むなら言ってよ〜。さっきみたいに二人で語り合いながら飲もうよ〜」


「······」


「ルイだけ呼び出さずにさ」


 それまでとは打って変わった最後の一言の声を聞いて、背筋が凍った。なんて冷たい声。ペレの顔を見て、再びぞくりとした。別人のように冷酷な表情をしている。口角は上がっているが目が全く笑っていない。


「····勘違いしてるみたいだが、その気は全くない」

「ルイの笑顔を見て動揺してた癖に? ルイも自分の笑顔の破壊力に気づいた方がいいよ。無駄に勘違いさせちゃうから。だから兵舎に置くのが嫌だったんだよ。まさかユリウスもやられちゃうとは思わなかったけど」


(え?)


 雷帝は先程のヴァリスと同じように、眉間に指を当てはぁ〜と長い溜息をつく。


「いいかげんにしろ。自分がそうだからと言って決めつけるな」

「じゃあ何でこんな時間に呼び出したの? 別に夜しか飲まないわけじゃないよね? ザルなんだから」

「いつ何を飲もうが俺の勝手だろう。今日の酒が気に入ったから呼び出しただけだ」

「······じゃあお酒だけ出したら解放するの?」

「当たり前だ」


 ペレはまだ信用していなさそうにふーんと言って、壁にもたれかかって腕を組む。


「じゃあ終わるまで見張っとく」

「勝手にしろ」


 呆れたように、雷帝はまた息をついて言う。


(お、お酒を作ればいいってこと? なんか····さっさと作って帰った方が良さそう)


 類は隣に立つヴァリスをちらりと見る。


 ヴァリスは気付いて、コクリと頷いた。


 書斎の隅に置かれた台の上には、各種酒類、果汁などが用意されている。


(別に私じゃなくても作れると思うんだけど)


 そう思いながら、少々重い空気の中、ハイボールを作る。部屋の中はしんとしていて、グラスをかき混ぜる音だけが響く。

 出来上がったので、雷帝の仕事机近くまで持っていき、脇に立つオスカに小さなカップと共に渡した。

 オスカはそれを受け取り、少しだけカップにハイボールを入れ、それを飲み干した。

 その後グラスを雷帝の手元に置く。


「そんなにそのお酒を気に入ったなら、わざわざルイを連れて来なくて済むように、作り方をオスカに教えといてもらったら?」


 ペレが壁を背にもたれたまま言う。


 類もその方がいいのではと思った。それならいつでも飲むことが出来る。


「オスカはそんな小間使いのような仕事はしない」

「ふん。毒見させてる癖に。上手いこと言って、隙あらばルイを呼び出そうとしてるのがバレバレだよ?」

「呼び出して何が悪い。俺の小間使いだ」

「あ、開き直った。····それなら僕も強硬手段を取らざるを得ないよ?」

「····いちいち突っかかるな。お前のことは出来る限り尊重しているだろう」

「僕にこちら側に付いて欲しいんでしょ? ならルイをちょうだいって言ってるの。僕とルイを同部屋にしてよ。それならお酒を作りに来させてもいいよ」

「何言ってるの!? 変態!」

「黙ってなよ、ヴァリス。神同士の話に首を突っ込むとロクなことがないよ?」

「······」


(うう····帰りたい。この空気に耐えられない。さっきから聞いてると物を取り合うように扱われてる気がするし。一応人なんですけど)


 どうやらペレは、雷帝が自分を狙っていると勘違いしているらしい。

 ペレは自分を本気で好きなのだろうか。嫉妬するほどに。


(いや、でも何人もの女との間に子供がいるんだから節操がないだけか。惚れっぽくて独占欲が強いのかな)


「もういい。面倒だ。全員帰れ」


 雷帝がシッシッと片手を払い、不機嫌そうに言った。


 やっと帰れるとホッとしていると、再び雷帝が口を開く。


「オスカ。ルイを兵舎まで送れ。馬鹿が何をするか分からない」


 類は耳を疑った。


(今、『ルイ』って····)


 初めて雷帝に名前を呼ばれた。お前とか貴様とか、ぞんざいに言われることしかなかったのに。明らかに雷帝の中での自分の地位が格上げされているのを感じる。


(なんか、嬉しい)


 思わず頬が緩みそうになって、慌てて引き締める。ふと視線を上げた先にペレの顔があり、バチッと目が合った。ペレは何やら苦々しいような顔をしている。

 

(な、何なの?)


 先程の冷たい顔を思い出し、少し警戒する。

 距離を取るように、スススと後ずさる。オスカが近づいてきて、「では行こう」と言った。オスカの後ろにピッタリとくっついて、書斎を出る。


 特に何も話さずに、オスカと二人で兵舎まで帰ってきた。ペレは意外にも付いてこなかった。


「ペレには気をつけた方がいい。奴は今は大人しくしているが、元々は巨人族で、最高神から神格を与えられたのをいいことに好き放題する悪神だ。一人で行動するのを避けることだ」


 オスカはそう言い残して去った。


(それなら監獄から出さない方が良かったんじゃ····。気をつけろって言われても、気をつけようがない気が)


 ペレの今日の様子を思い出し、何となく不安になる。

 いつもマイペースで自己中だが、危害を加えられるような危機感は感じたことがない。

 ヘルガとして類に近づいてきた経緯を考えると計算高さはあるが、どこかマヌケさを見せるのに油断していたのかもしれない。


(『元々は巨人族』って、どういうこと? 神じゃないの? 後から神になったってこと? よく分からない)


 地界の者は節操がないという特徴から考えると、確かに当てはまるが。


 類は食堂の前を通り、階段を上がる。廊下を歩き部屋へ向かう間、ペレのことを考えていた。


「戻ったのか」


 前を見ていなかったので、突然声をかけられ驚いた。見るとルーカスが前から歩いてきていた。


「あ、うん」

「今日のことで呼び出されたんだよな?」

「····うん。褒められた」

「良かったじゃないか。····にしては遅かったけどどこかへ行ってたのか?」

「あー····雷帝のとこ。今日出したお酒を気に入ったんだって」

「え!? わざわざ!?」

「····うん」

「······」

「あのさ、ルーカス。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「ああ。なんだ?」



 部屋にルーカスを招き入れる。

 ルーカスは食堂で話そうと言ったが、他に人がいて話を聞かれるとまずいかと思い部屋にしようと言った。


「お前な····警戒心なさすぎるだろ」

「え?」

「もうちょい想像力を働かせろ。俺はお前を女だと知ってるんだぞ?」

「それがなんなの?」


 はぁ~とルーカスは溜息をつく。


「俺はそんな気は全くないが、悪い男だったらどうするんだ? 今後は簡単に部屋に入れない方がいいぞ」


 そう言われて、考えてみればそうなのかもしれないと思った。類は今まで女として扱われたことがほぼなかったので、そういう警戒心は普通の女性より少ないのだろう。今まではその必要が特になかったのだ。高校入学以降、あからさまな変質者以外の男は近づいてすら来なかったからだ。


 思えば初めて女性として好意を持たれた相手がペレだ。ペレは類を女性として扱う。それには何だか違和感を感じるし、慣れないのでどう対応すればいいのか正直分からない。


 騙したことを許していないし、ペレの気持ちに応える気もない。本気だとも思っていなかった。


 ただ付き纏われるのをあしらうだけの関係という認識だった。


「ペレのことなんだけど。ペレはどういう存在なのか、ルーカスの知ってる範囲で教えてくれないかな?」


 ルーカスは目を見開く。


「いいけど。何かあったのか?」

「あーうん。なんか今日の様子がおかしくて。怪しい雰囲気だったというか。いつもと違ってちょっと悪い感じだったんだよね」

「····元々ペレ神はそういう神だもんな。悪神というか。何で雷帝が放置するのか分からないが、巨人族とも繋がってるらしいぞ。それも相当な力を持ってる。どこにも属さずに放浪してると聞くが、気まぐれにどちらかに加担して掻き乱すイメージだな。どちらが勝とうが興味ないという感じなのか」


 やはりそうなのか。悪神。初めてペレの姿で類の前に現れて監獄で対面した時も、確かにそういう印象を抱いた。


「お前さ、ペレ神が本気ならどうするつもりなんだ? 女だって知ってるんだろ? 嫁になるのか?」

「なるわけないでしょ」

「いや、でもどうやって逃れるんだ? 目をつけられた時点でほぼ詰んでるだろ」

「····そうなの?」

「女癖の悪さでもペレ神は有名なんだぞ? 狙ったら逃さないだろ」

「····とは言われても、私はそんな気全然ないし」

「お前がどうかは全く関係ないぞ。自己中な神がお前の気持ちを考えてくれると思うのか? もし嫌なら早いとこ大きな成果を挙げて重要な役職を手に入れるなりなんなりして、雷帝に守ってもらうしか手はない」

「重要な役職····?」


 重要な役職とはどのようなものだろうと類は考える。


「役職がつくと、その仕事をさせるために雷帝も簡単には手放さないだろうからな。一兵士のままじゃどうしようもないぞ」

「大きな成果って、どうやったらいいのかな」

「それは知らん。でも雷帝に取り入って損はないだろ。今日呼び出されたなら注目されてるっていうことだ。滅多にないぞ、そんなこと。それを利用して近づけよ。上手くいけば特別な仕事をもらえる」


 特別な仕事。

 それをもらって、重要な役職を手に入れる? そうすれば、ペレの嫁にならずに済むのか。それに、雷帝に認められるためには必要なことだ。地道に偵察隊の仕事をこなすだけでは、確かに時間がいくらあっても足りない。


「貪欲にチャンスを掴むのは大事なことだ。特別な仕事を成功させれば、一気に駆け上がれる可能性がある。まずは隙あらば雷帝に近づけ。仕事をもらうんだ。お前はヴァリス様のお気に入りなんだから、それも利用すればいいんだよ」


 なるほど、と類は感心した。


 それは確かに雷帝に認められるのに一番の近道だ。今までは無視されていたのもあり近づけなかったが、今日の仕事でそれが少し緩和された。まだ小間使いとして認められたに過ぎないが、それにより大きく状況が変わる可能性がある。

 

 よし! と何だかやる気が漲ってきた。我ながらとっても単純だ。


 問題は、ペレに見つかると厄介ということだ。今日のように邪魔される可能性がある。


「ルーカス。ちょっとお願いなんだけど、宮殿へ行く時は付いてきてくれないかな? 偵察隊の集まりで宮殿へ行くこともあるし、ルーカスと一緒ならペレに怪しまれないかもしれないから。なんか今日の様子を見てると、私が雷帝に近づくのを邪魔してる感じだったし」

「ああ。お安い御用だ。いつでも言ってくれ」

「ありがとう」


 

 もう遅いから戻ると言って、ルーカスは部屋へ戻っていった。


 積極的に雷帝に近づき仕事をもらう。


 これが類の目的を達成するための近道なら、まずはどう行動すべきか考える。


 雷帝は類の作る酒を気に入ったのなら、それは利用出来る。呼び出されたら必ず行くのはもちろん、こちらから働きかけてもいい。もし宴会のようなものがあるなら、そこでまた給仕を行ってもいい。


 明日ヴァリスに話してみようと思いながら、類はベッドにゴロンと寝そべった。



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