頑張っていても
二話更新してます。
数日後に行われる『神々の宴』。
その準備は粛々と進められている。
ヴァリス曰く、『神』というのは本来まとまりがなく、君臨するのは好きだが実務は嫌いという自分勝手な者が多いのだという。だからこの雷国の王宮で働く神もいないのだそうだ。
最高神が敗れた過去の大戦争よりも遥か昔、天上界には数多くの『国』があったらしい。その君主として神々は君臨したが、その自分勝手さから戦争が絶えず、やがて全ての国を征服し君臨したのが雷帝だったそうだ。
最高神は天上界を六つの国に分け、雷帝にこの雷国の統治を任せた。そして他国には武力は嫌うが統治能力に優れた他の神を充てがい、均衡を保つようにしたという。
土地が繋がっていると争いの元となり兼ねないため、類が初めにここへ来た時に見た惑星型の『国』にしたらしい。
オルムとの戦争でそのうちの一つがなくなり、今は五つの国となっている。
その戦争の後、神々は散り散りになり思い思いに生きているという。
「『神』って、なんか思ってたイメージと全然違う」
類がポツリと言うと、隣にいるルーカスが返す。
「どんなイメージ持ってたんだ? 神に。神といえば『力を持つ自己中』だろ」
「そうなんだ····」
確かに類の知る神二人、雷帝とペレはまさにその典型と言える。
『力を持つ自己中』。的確な表現だ。
(そんな奴らに力を与えちゃ駄目だろ)
仕事を終え、ルーカスと共に城門から兵舎へ向かって歩きながら、類は半目で二人の神を思い浮かべる。類はシンを、ルーカスは相棒のアーロを連れている。
「最高神はどんな神だったのかな」
「さぁなぁ。よく知らないが、争いは嫌いだったみたいだぞ。知識を詰め込むのが好きとか聞いたことあるな。この世界の最初の創造主と言われてるから、力は持ってたんだろうけどな」
「ふーん」
最高神。雷帝の父親。一体どんな人物だったのだろうか。
もうこの世にはいないらしいし、別に大して興味があるわけではないのだが、何故最初の創造主と言われる最高神がオルムの兄弟と相打ちとはいえ討たれたのかは少し疑問だ。ウルヴとは、それほど強い力を持つ者だったのか。巨人族の血を引いていることが関係しているのだろうか。
そのことについても聞きたかったが、禁句とされているワードを道端で言うわけにはいかないので飲み込んだ。
今日の仕事は珍しくルーカスとペアだった。ルーカスは手際が良くいつも仕事を早く終わらせる。たぶん今日も一番乗りだ。
ルーカスは先祖代々兵士の家系の生まれらしい。昔から両親には口を酸っぱくして『要領の良さを身につけろ』と言われていたのだそうだ。
ヘルガのことがあるのであまり仲良くなりすぎないようにしたいが、ルーカスの気さくさにつられてついついいつも色々と話してしまう。
相棒たちを小屋に入れて、部屋で着替えて食堂へ行く。
ルーカスと二人で食堂に入ると、数人の兵士たちがすでに席に座っていた。そのうちの一人がこちらに目を向けている。あれは確か第二部隊の女兵士。
「おう、ルーカス。お疲れさん」
「おう、イェレナ。今日も早いな」
「····今日は例の美少年を連れてるじゃんか」
「ああ。まだ子供だから手ぇ出すなよ」
ルーカスと軽く言葉を交わした後、席から立ち上がりこちらへ近づいてくる、薄い金髪をマッシュルームのような形に綺麗にカットしたショートヘアの女性。身長が低く類の胸の位置に頭がある。体の割にゴツめの甲冑を身に着けているのが少しアンバランスに見える。
瞳の色が変わっている。薄いグレージュと言えばいいのか。その瞳がじっと類を捉えて離さない。まるで猛獣のように見えて少し恐ろしくなる。
「ほんとだ、子供。肌つるつる。食ってやろうか」
「やめろ。ルイ、こっちに来い」
真顔を近づけられて、慌ててルーカスの元へ逃げる。
(なんか怖い。あの女の人)
一瞬ものすごい敵対心を感じた気がしたが、気のせいか。
準備をしているうちに、第一部隊のメンバーが集まってくる。他の隊の隊員たちも続々と席につく。
あっという間に食堂は人で溢れ返る。大きな話し声や笑い声が飛び交っている。
いつもどおり第一部隊の面々と同じテーブルにつきワイワイと食事していると、突然激しく瓶の割れる音がした。
「ッのやろう!!」
男の野太い叫び声も。
そちらに目を向ける。どうやら喧嘩が始まったらしい。血の気の多い奴が多いのに加え、酒が入っているのでたまにこういうことがある。
叫んだ男が同じ席に座っている者に掴みかかる。
類はハッとした。
胸ぐらを掴まれているのは“イェレナ”と呼ばれていたあの女兵士だ。
何となく目を離すことが出来ない。兵士なのだから一方的にやられることはないだろうが、大丈夫だろうかと思っていると、イェレナの笑い声が聞こえる。
「何がおかしい!!」
「いや、弱っちぃ癖にデカい口叩くのが可笑しくってさぁ!」
「何だとっ!?」
「違うならあたしをのしてみろよ。テメェの弱さを証明してやるよ」
「····っナメやがって!! 原形なくなっても恨むなよ!!」
男が殴りかかったので思わず立ち上がった類の腕をルーカスが掴む。
「大丈夫だ。心配するな」
「でも····」
ものすごい破壊音が聞こえて反射的にそちらを見ると、先程イェレナの胸ぐらを掴んでいた男が近くの壁に叩きつけられたのかのびているのが目に映る。
イェレナが蹴りを入れた後の体勢のままその正面に立っている。
「ふっ。弱っ。こんなんで兵士が勤まるのかよ」
そう言って何事もなかったかのように席に座るイェレナを呆然と見る類。
「イェレナは次の第一部隊候補なんだ。戦闘で他の隊員に負けるわけがない」
ルーカスがビールを飲みながら言う。
次の第一部隊候補。
(ということは····)
何となく嫌な予感がしていたのだが、食堂からの帰り道、その予感は的中した。
「おい。ちょっと顔貸しな」
イェレナが食堂を出たところで、待ち構えていたように壁を背に腕を組んで立っていた。
(やっぱり、私のことを敵視してたんだ····)
敵対心を感じたのは気のせいではなかったようだ。
諦めて、類はイェレナに付いていく。誰もいない訓練場に着くと、イェレナは突然振り向き、類は柵に思いっきり叩きつけられた。
ドスンという音と共に背中に痛みが走る。ものすごい力だ。
「テメェを間近で見てからムシャクシャすんだよ。このコネ入隊野郎」
やはりそう思われていたのか。事実なので何も言い返せない。
「あたしと勝負しろ。ボコボコにのしてやるよ。唯一の商売道具のその自慢の顔面を見る影もなくしてやる」
類はどうしようかと思う。戦ってもいいが、ほぼ間違いなく類に勝ち目はないだろう。そして戦ったところで何になるわけでもない。
「····テメェ女だろ?」
「!」
バレている。
「他の奴らは騙せてもあたしは騙せないぜ? お嬢ちゃん。何で兵舎にいるのか知らねーが、こっちは遊びじゃねぇんだよ。実力のない奴はさっさと出て行って席を空けろや」
胸ぐらをぐいっと掴まれて、グレージュの瞳を近づけられる。
イェレナの言うことはもっともだ。実力のない奴が自分より上にいれば面白くないのは当たり前だろう。でも、類にも譲れない目的がある。
「私も遊びじゃない。真剣にやってる」
「じゃあ勝負しろや。顔面ボコボコにされるのが怖いのか? その綺麗な顔がなけりゃ何の役にも立たねーもんなぁ?」
イェレナはヤクザのように顔を歪めて脅すように凄んでくる。胸ぐらを掴む手に力が籠もっていてとても振りほどけそうにない。体は小さいのに、類よりも何倍も力が強い。今まで相当な努力をしてきたに違いない。
その時、類の胸ぐらを掴むイェレナの手の上に大きな手が重なった。
「やめろ、イェレナ」
見るとイェレナの顔の斜め上にルーカスの顔があった。
「何のつもりだ? ルーカス。テメェに関係ねーだろ」
鬼のような形相でルーカスを睨むイェレナ。
「いや、関係ある」
「ねーよ! すっこんでろ!」
「ルイはちゃんと成果を挙げてる正当な第一部隊の隊員だ。仲間が貶められてるのに黙ってるわけにはいかねぇだろ?」
「正当だと!? コネ入隊だろうがコイツは! 戦闘能力もほぼ皆無だろ!」
「戦闘能力で評価されるわけじゃない。成果を挙げられるかどうかが全てだ。そうだろ? ルイは成果を挙げてる。何が問題なんだ?」
「······」
ルーカスにそう言われて、しばらく黙っていたイェレナはチッと舌打ちして手を離した。
「このひよっこがあたしより上だってのか?」
「上とか下とかじゃない。今の状況では戦闘能力よりもルイの持つ能力の方が必要だっただけだ」
「······ふん。口の上手いやつ。ルーカスに免じて大目にみてやるよ、ひよっこコネ入隊。出来る限りあたしの視界に入るなよ」
そう言ってイェレナは類を睨みつけると、訓練場から出て行った。
しんと静まり返った訓練場の中で、柵を背にしたまま類は動けずにいた。
「ルーカス····」
「気にするな。容姿だって立派な武器だ。自分の持つ力を活かして任務を完遂出来ればそれでいいんだよ。お前はちゃんとやってる」
ルーカスの言葉に、涙が出そうになった。偵察隊に入ってから今まで、ずっと休まずに努力してきたつもりだ。でもいつまで経っても自信なんて持てなかった。周りに比べて実力が足りていないのが分かっていたからだ。それでも必死に食らいついてきた。それをイェレナに指摘されて、正直納得してしまった自分がいる。
『お前はちゃんとやってる』
その言葉に救われる。
何物にも代え難い有り難い言葉だ。
「ありがとう」
自然と笑みがこぼれた。ルーカスは本当に立派な人格者だと心の底から思う。
「······! ······お前、あんまり笑わない方がいいぞ?」
「え?」
「······いや、何でもない」
「?」
二人で並んで兵舎へ戻る。食堂の前を通った時に、そういえばイェレナにのされたあの男は大丈夫だろうか、とふと思う。
ガタイの良い男でも一撃で気絶するほどの強烈なキック。あれを食らわずに済んで良かったと今更ながら思った。
次の日。
第一部隊はヴァリスに呼び出された。
宮殿内の一室に集まる第一部隊の面々の前に、ヴァリスはいつもどおり全身黒の衣装を着て現れた。
「大神殿で行われる神々の宴のことは聞いてるわね? あなたたちは当日、給仕配膳係として働いてもらうからよろしくね。神殿の地図と大まかな仕事内容が書いてあるから目を通しておいて。当日は朝8時に神殿に集合。以上よ」
バサッと数枚の紙を隊員の一人に渡して、ヴァリスは部屋を出ようとして立ち止まる。
「あ、そうだルイ。ちょっと来なさい」
ヴァリスが人差し指を上に向けてクイッと動かす。
皆のいる部屋を出て、ヴァリスに付いていく。別の部屋に入り、類はガチャリと扉を閉めた。
「どう? 調子は。シルヴァやエリサベトには会ってるの?」
広い部屋にセットされた大きな座り心地の良さそうなソファに足を組んで座り、ヴァリスは聞いた。
「あ、はい。たまに会っています」
「あの二人はしっかり確保しておきなさい。まああなたなら大丈夫でしょうけど。セシリアはどう?」
類はセシリア邸に初めて行った時のことを思い出す。
正直トラウマになっているので思い出したくない。
「あー····あまり会えていません」
「積極的に会いなさい。フローラはちょっと厄介だから、先に残りの三人を味方につけて固めるのが得策よ」
「····はい」
「それと、ペレはあなたを随分気に入っているわね。仲良くなる必要はないけど、アイツをここに留めておくことは極めて重要よ。オルムとの戦争が始まれば、ペレがどちらに付くかで戦局は変わる。そっちも、しっかり確保しておいて。それはあなたの成果になるわよ」
「······はい」
それは正直嫌だが、そう言われては仕方がない。
「あ、そうそう、宴ではあなたは皇帝たちのテーブル担当にしておいたからね」
最後に強烈な一言を据えられて、言葉を発することが出来ないまま立ち尽くしていると、ヴァリスは「じゃあよろしくね」と言って部屋を出て行った。
(『よろしく』って。私が雷帝に無視されてること分かってるのに、敢えて?)
項垂れながら部屋を後にする。宴の日が永遠に来ないで欲しい。
そう思いながら廊下を歩いていると、ばったりルーカスに出くわした。
「おう、話は終わったのか?」
「あ、うん」
「じゃあ行くか」
「え? 今日もペアだっけ?」
「変更になった。俺たちは今日は城下町の調査だ」
最近、間者の情報が少ない。向こうも警戒しているのか、なかなか尻尾を掴ませない。そのため調査がメインになることが増えている。
少し前まで、王宮内に使い魔が現れることがよくあったらしいが、雷帝や側近たちにより一掃され今は静かになっている。それは本当に一掃されたのか、ただ息を潜めているだけなのかは分からないが。動きがない限りはこちらも何も出来ない。ただ王宮内のことに関しては上官たちが対処するので、第一部隊の仕事は城壁の外のみだ。
この任務に就いてから、雷帝による『粛清』も、本当はそうではなかったのだと理解出来た。
『戦争や粛清を繰り返す冷酷無慈悲な皇帝』
というのが、雷国の人々の雷帝に対する見方だが、本当はそうではなく、雷帝がいるからこそ、オルムは天上界に迂闊に手を出すことが出来ないのだと分かった。
だからペレに雷帝の弱みをよこせと言ったのだろう。
雷帝を抑えることさえ出来れば、おそらく天上界はあっという間にオルムの手に落ちる。
(幸い私は弱みにも何にもなってないから、特に問題はない)
ふっと口角を上げると、ルーカスが「どうした?」と顔を覗き込んで来る。
シンとアーロを迎えに行き、城門へ向かう。今日の仕事場は城下町なので徒歩で移動出来るが、もし使い魔や間者を見つければ逃げられないよう確保しなければならないので念のため連れて行く。
第一部隊のメンバーには、使い魔の気配を捉えるアームレットを与えられている。そのため近くで使い魔が現れるとすぐに分かる。しかし元々天上界にいる間者には反応しないので、大人しく潜んでいるだけでは見つけることが困難なのだ。
ただ間者には特徴がある。
間者は元々は地界の住人らしいが、地界の者は節操がないということだ。地界には容姿端麗な者が少ないようで、美しい者を見つけると近づいてくる。
類が活躍出来るのはその所以だ。
そして使い魔を呼び出すための道具を持っている。その形は様々なのだが、見る者が見れば分かるらしい。そのため道具の見極めの出来る者が必ずチームに一人は配置されている。ルーカスもその一人だ。
「ルイ〜」
後ろから何か嫌な声が聞こえた。
「ルイ〜」
とりあえず無視する。
「ルイ〜! 無視しないでよ〜」
前に回り込んできた声の主の顔が目に飛び込んで来る。ソレは逆さまに宙に浮いて胡座をかいている。
「ちょっと、邪魔なんだけど!」
あからさまに嫌な顔をして言ってやる。
「宴で給仕するって聞いたよ。あれやってよ、あれ。人間界であるじゃん。何だっけ、あ、バニーガール!」
「やるか!」
「え〜、やってよ〜。見たい〜」
いつもどおり、マイペースに自分のしたい話をしてくる。
再び無視を決め込んで、ずんずん早足で歩を進める。城門さえ出てしまえばこっちのものだ。
「ペレ神を無視するなんて度胸あるな」
付いてきたルーカスが小声で言う。
無視する他はないのだから仕方がない。まともに相手をしていると身がもたない。先程のヴァリスの言葉がふと浮かぶ。
『仲良くする必要はない』が、『しっかり確保する』とはどういうことか。そんな駆け引きのようなことをする技術は類にはない。
ペレはしぶとく付いてきてまたもや勝手なことを言ってくる。
「僕の担当になってよ」
「担当はもう決まってるの!」
「え、誰!? もしかしてユリウス!?」
「······それは言えない」
そこまで言って、城門から出た。背後でペレが何やら喚いているが、もう関係ない。
「お前、ほんとペレ神に気に入られてるよなぁ」
城下町を歩きながらルーカスが言う。類が何も言わずにいると、ルーカスは少し間を開けて、若干躊躇うような表情をして言った。
「お前女なんだよな?」
「····え!?」
思わず類はルーカスの顔を凝視してしまう。
「な、なんで」
「悪い。イェレナとの会話を聞いてた」
「あ。····そっか」
「······」
若干気まずい空気が流れる。
「その····悪かったな。今までかなり失礼なこと言ってたよな」
「う、ううん。男に見られるのは慣れてるから全然気にしてないよ。それよりも、女だからって気を遣われる方が嫌だから、今までどおりにしてくれないかな?」
「····分かった。困ったことがあったら今までどおり何でも言えよ。俺に出来ることなら何でもするし」
「うん、ありがとう」
ルーカスは本当にいいヤツだ。こんな人間が世の中にいたんだなと思う。
自己中な神二人よりよっぽど神だ。
城下町を並んで歩きながら、類はふっと微笑んだ。




