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認められるために

 第一章から少し時間が経過している新たな舞台で活躍する主人公を見守っていただけますと幸いです。


 第二章もどうぞ宜しくお願いいたします。


 天上界と人間界の間で起きた過去の大戦争で、雷帝の父である最高神は狼神の巨大狼と戦い命を落とした。相打ちだった。

 死んだ神は冥界へは行かず完全に消滅する。


 蛇神オルム、狼神ウルヴは兄弟で、半神ながら元々天上界に住んでいたが、最高神によって人間界へ落とされ恨みを募らせていた。


 先の戦争でその恨みを晴らしたというわけだ。


 しかしそれにより、新たな争いの火種を生んでしまった。

 


 この世界には、神の住む天上界、人間の住む人間界、死者が行く冥界の他に、巨人族の住む地界ちかいがある。


 天上界からの復讐を恐れたオルムは、滅ぼした光国こうこくの皇帝レムを人質にとり、地界へ逃げ込み立て籠もった。


 そして巨人族の血を引いているオルムは長い時をかけて、神々の天敵である巨人族の中枢に入り込み力をつけ、天上界をも支配しようと虎視眈々と機をうかがっている。


 というのが、ヴァリスに聞いた大まかなこの世界の事情。


 類は王宮の敷地を囲む城壁の上に立ち、ふうと息をつく。


 雷国の人々から『黒の皇子おうじ』と呼ばれ始めて少し経つ。いつもヴァリスの趣味である全身黒装束で固めていることが『黒の』の理由だろう。『皇子』はよくわからない。


 今は後宮の女官ではなく、ヴァリスの配下として偵察隊ていさつたいに所属している。偵察隊は城壁の外へ出て、町や住民の様子を報告したり問題を解決することを任務としている。警察みたいなものと類は理解している。偵察隊という名称は、元々斥候せっこうの役割をしていた名残らしい。

 隠していたつもりはないのだが、隊員たちは勝手に自分を男だと思っていたのでそれで通している。


 そして偵察隊には裏の任務がある。雷国に潜むオルムの間者を見つけ葬ることだ。

 間者は、使い魔を呼び出すために存在している。天上界に『穴』を開け、地界にいる者と共に道を繋げることで、一時的に出入りを可能としている。

 オルムのことは、混乱を避けるためごく上層部しか知らない。そのため類と他数人のみがその任務にあたっている。

 間者がいなければ道が出来ることはない。そのため類たちの行う任務はとても重要だ。

 

 過去の大戦争について、そしてオルムの狙いについても、ごく一部の者にしか知らされていない。住民に知られると混乱を来し、そこが狙い目になってしまうのを避けるためだ。


 しかし近頃、他国で一度に大量の使い魔が呼び出され混乱を来す事態に発展するケースが増えてきている。その度に雷国からも兵を応援に出す。先日、地国ちこくで初めて複数の巨人が呼び出され、大騒ぎとなったらしい。雷帝が兵を引き連れて討伐に向かいそれを討って何とか事無きを得たが、その事態は迫る新たな戦争を予期させる大きな出来事だった。

 他国の情報は基本的に上の者にしか入って来ないのがまだ幸いしているが、自国でいつそれが起きるかと各国の皇帝たちは戦々恐々としているという。


 類は最新の情報を常にヴァリスから得ている。偵察隊の中でも極秘事項を知る数名にのみ、情報は共有される。


 ――雷国を救うために貢献すること。


 それを実行しているのだ。


 そしてもう一つの雷帝に認められるための達成事項、


 ――後宮の掌握。


 これも現在実行中だ。しかしまだ達成出来る見込みはないに等しい。

 後宮へは定期的に出入りする。許可はヴァリスが上手く取ってくれた。


 ただ後宮の掌握については、ヴァリスの願望である『類を皇后にすること』の達成条件なのではと薄々気付いている。

 類は皇后になるつもりは毛頭ないが、ヴァリスの力なくしては自身の目的も達成出来ない可能性が高いので、今は大人しく従っている。



「ルイ〜、こんなところにいたの。探したよ」


 類は近づいてきた、三つ編みにした赤い髪を尻尾のように長く後ろに垂らした長身の男をキロリと睨む。


 一番謎なこの男。


 ペレ。


 最初にヴァリスから聞かされた時は卒倒しそうになったが、なんとこの男は蛇神オルムと狼神ウルヴ、さらに冥界の王プルートの父親らしい。

 

 他にも複数の女との間に子供がいるらしく、とんだスケコマシだ。


 それなのに若い娘に化けたり、求婚したりやりたい放題にも限度というものがある。


(一体私を何人目の『お嫁さん』にするつもりだったんだ。というかコイツが本当のラスボスなんじゃないの?)

 

 ペレさえいなければ世界は平和だったのではとさえ思う。


「こんなとこまで来ていいの? 拘束されるよ」

「大丈夫。城壁の上までは行けることは確認済みだから」


 ペレは雷帝に与えられた金の腕輪を身につけている。

 監獄から出してもらう条件として、腕輪により能力の全てを封じること、怪しい動きをした場合と城壁の外へ出た場合、腕輪の力で即刻拘束されること、を認めさせられたらしい。


 ペレの持つ魔法の道具の一つ、空飛ぶ靴の使用のみ特別に許可されたそうだ。


 それもヴァリスは甘いと言っていた。雷帝は何だかんだ最終的にはペレを許すらしい。


 類は鞍をつけた、ワシの頭にライオンの体を持ち翼の生えたグリフィンのような生き物の手綱を引き寄せて、それに跨がる。


「え? もう行くの? せっかく来たのに〜」

「お前と話すのは時間の無駄だから」

「え〜冷たい〜」


(誰のせいだよ)


 類は心の中で毒づきながら構わず手綱を打つ。もう出来る限り関わりたくないのに、何事もなかったかのように何かと付きまとってくる鬱陶しい男。

 

 空中で風を受けて、颯爽と駆ける相棒の“シン”と共に、兵舎へと向かう。シンという名前は類が名付けた。シンは訓練を終えたばかりの新米で、キャリアは類と同じ。類が偵察隊への所属を命じられた日に与えられた相棒だ。

 純粋な心を持つ新しい友達に、類は幾分か癒やされている。


「待ってよ、ちょっとは相手してよ」


 ペレがしぶとく付いてくるので、シンを促しスピードを上げる。が、結局兵舎まで付いて来た。


 この男は実際、オルムと雷帝どちらの味方なのか。イマイチよく分からないので油断は出来ない。


 ペレは死神に化けて類をこの世界へ連れて来た時、49日以内に天上界ここの扉を出れば元の世界へ戻れると言った。しかし49日はもう過ぎてしまった。神なら期限なく戻せることが分かったからだ。とはいえ、少し焦ってはいる。あまり悠長にしているわけにはいかない。今の間にも、人間界にいる家族は突然姿を消した自分を心配しているはずだ。


「付いて来ないでよ!」

「こーんなケダモノだらけの場所でルイが寝泊まりしてるなんて、気が気じゃないんだよ。僕の部屋で一緒に寝ようよ〜。前みたいに」


(うわ。嫌なこと思い出した)


 類は下女だった時、ヘルガと同部屋だった。結局一日限りで終わったが。


 あれは今思えば一生の不覚。


 朝起きるとヘルガは隣で寝ていた。その時のことを思い出すと急激に気分が悪くなる。

 

「あれ? 顔が青いよ?」

「誰のせいだ!」


 ふんっとこれみよがしにそっぽを向いて、シンを兵舎に併設された小屋へ連れて行く。


 類の体には死神に化けたペレによって心臓に入れられた黄色い玉が入っている。それは使い魔からオルムに届けられた指輪と繋がっていて、オルムはいつでも類の心臓を止めることが出来るらしい。そしてその魂は冥界ではなく指輪の持ち主の元へ行く。

 ペレが言うには、指輪を取り戻さない限り解除は出来ないのだという。


(全くなんてことをしてくれるんだ)


 シンを小屋に入れ、水を飲ませる。エサの時間は決まっているので担当の者がやる。

 数百頭を収容出来る広い小屋には、他の隊員の相棒たちがすでに入っていて、馬や牛の小屋のように各部屋が板で仕切られている。


 仕切り越しにシンの頭と背中を撫でると、ぐるるると嬉しそうに喉を鳴らす。なんて可愛い。


 類が癒やされていると、唐突に耳元で声がする。


「僕のことも撫でてよ〜。いや、やっぱおやすみのチューがいいや」


 ゾッとして仰け反る。セリフが変態すぎる。


 あっという間に壁際まで追い詰められたので、片耳を押さえながらその変態の顔を睨みつける。


 しかしお構いなしに笑みを浮かべたまま顔を近づけてくる。

 いつの間にか両腕を絡め取られていて身動き出来なくなっていた。


(う、ヤバイ)


 類がギュッと目を閉じた瞬間、ペレが「ぎゃっ」と短く声を上げ、腕を掴んでいた手がスルリと離れた。直後に破壊音がする。


 見るとすぐ近くにあったペレの顔は地面スレスレにまで落ちていた。


 右腕についた金の腕輪がペレの顔の3倍ほどの大きさになり、床にめり込んでいるのが見える。


「も~! なんなの〜!?」

「俺の王宮の敷地内で見境なく襲うのはやめろ」

「ユリウス! 見境なくじゃないよ。(今は)ルイだけだし! ちょっとこれ尋常じゃない重さなんだけど! てかこれも『怪しい動き』のうちに入るの〜? 僕は納得出来ない。早く元に戻してよ〜」


 突如現れた雷帝は小屋の入口に立ち、呆れた顔をしている。

 雷帝は類のことはガン無視するくせに、ペレのことはこうやってたまに構いに来る。

 真っ当にではないかもしれないが、ある意味ペレを認めているのだろう。


(なんか悔しい)


 自分は認められていないのに、このナンパな腹黒男は認められているという事実。


 類はじとっと床にへばるペレを見る。


 雷帝がふいと外へ向かって踵を返すと同時に、腕輪は元の大きさに戻った。


「いたたた。これ僕じゃなかったら確実に腕折れてるよ」


 ペレが腕を押さえながら立ち上がる。


 シンがペレを警戒しているのか、威嚇の表情で鳴き喚いている。

 ペレの脇を抜けてそんなシンに近づき、頭を撫でて「大丈夫だよ」と言うと落ち着いた。心配してくれているのか。優しくて賢いシンだけが今の類の心の拠り所だ。


「ふん。うるさい鳥。ルイのお気に入りだからっていい気になるなよ」


 シンをライバル視するペレ。


 ペレは腕輪のせいか極めて穏やかに日々を過ごしているように見える。


 しかし過去に様々な悪事を働き天上界を混乱させたこともまた事実らしい。


 人を惑わせ撹乱する能力に長けたペレは、強力な味方となる一方で、敵に回ると極めて厄介な相手となる。

 そして常に味方なのか敵なのか分からないところも厄介なのだとヴァリスが言っていた。


 雷帝が頻繁にペレの元を訪れるのも、そういった様子見を兼ねているのかもしれない。


「ユリウス〜! ルイに手出すのだけ許可してよ。本当なら今すぐにでも旅に出たいのを我慢してるんだからさ〜」


 ペレが雷帝を追いかけて小屋を出る。


 類はふうと息をついて、シンに「おやすみ」と言い小屋の出口へ向かう。


 本物のような夕日をバックに立つ二人の男が目に映る。身長は大体同じくらい。

 どちらも引けを取らず見目麗しいのは否定しない。中身はサイアクでも。


 パッと見で言えば友人のように見えるこの二人の間には、不思議な空気が流れているように感じる。

 敵対もせず、必要以上に馴れ合いもしない。

(いや、ペレは馴れ馴れしいか)

 それでも、二人の間には一定の距離があるように見える。


 雷帝はペレを一瞥する。


「あんな女のどこがいいんだ」

「どこがって、可愛いじゃん。顔も中身も。特に笑顔が最高なんだよ。最近見れてないけど。今更欲しがっても駄目だからね?」

「いらん」

「いらないならいいじゃ〜ん! 許可してよ〜」

「俺の王宮でふしだらなことは許さん」

「ケチ〜。自分は楽しんでる癖に。ズルい〜」


 神々の会話とは思えない。神を崇拝する人間が聞いたら絶望するだろう。


 類は呆れた表情で、二人の神を放って兵舎へ入る。


 兵舎の扉を通るとエントランスがあり、正面に奥が見えないほど長い廊下がある。

 下女の住む薔薇の館のように、食堂や兵たちの個室など一通りの設備の揃ったわりと居心地の良い兵舎だ。


 兵舎は数か所に分かれて点在しているが、偵察隊の隊員は全てここで過ごしている。


 階段を上って二階にある自身の個室に入る。


 兵は圧倒的に男が多い。偵察隊も類の他に女はほとんどいない。だから他の隊員も類のことを男だと思っているのだろう。

 その数少ない女たちも、皆一様に男たちが一歩引くほどに気が強く男勝りだ。なので兵舎で男女を分けなくても問題が起こったことはないらしい。


 後宮と比べると随分むさ苦しい感じはするが、キャイキャイと騒がれることがないので気持ちは楽だ。


 甲冑を脱ぎ、軽装に着替えて食堂へ向かう。


(もう皆いるかな?)


 食堂の扉を開けると、どっと熱の籠もった騒音が強制的に耳に入る。これは全て人の声だ。ゲラゲラと笑う笑い声や複数の男たちの大きな話し声。

 

(すでに出来上がってるヤツもいるな)


 類はすました顔でその中へ入る。この騒がしさにももう慣れた。


「おー、ルイ! こっちだこっち!」


 呼ばれた方を見ると、類の所属する偵察隊第一部隊の面々が類の方に手を振っている。片手にビールを持って。


 類は表情を変えずにそのテーブルへと向かう。

 食堂は広く、三百人は収容出来るスペースを確保されている。

 偵察隊は第九部隊まであり、大体各隊十人前後だ。食事の際に部隊ごとに固まる決まりはないのだが、第一部隊は比較的仲間意識が強く、大体一かたまりになっていることが多い。


 その中でも賑やかし役のルーカスは、類に対して遠慮なく話しかけてきて親しみやすい。


 ルーカスは自身の隣の空いた席に類を招く。他の席が埋まっているところを見ると、どうやら空けてくれていたようだ。

 有り難くその席に座らせてもらう。


「お前は水だよな」


 さっと類の前に水のグラスを置く。


(いつもながらデキる男だ)


 類はルーカスから見習うことが多くある。大体一番に食堂へ来てテーブルを確保するのも、皆の分の料理や飲み物を注文しておくのもルーカスだ。

 だからといって下っ端というわけではなく、所属年数もキャリアもある。第一部隊のまとまりが良いのは、このルーカスの働きのおかげと言っても過言ではないかもしれない。

 ルーカスは類より少し背が高く、体型は兵士らしくガッチリめで、そばかすのある顔は愛嬌があり人気者だ。


 そして偵察隊第一部隊とは、つまりは裏の任務の遂行部隊だ。


 ヴァリスからの指示を受け、オルムの間者を見つけ葬る役目を担う。第一部隊に入る者は、それに特化したスキルを持っていたり、他の部隊で活躍し抜擢された者たち。いわゆるエリート集団だ。

 そんな中に入るために、類はヴァリスやガーラから様々な訓練を受けた。元々運動神経の良い類は戦闘訓練ではそこそこ実力を発揮したが、第一部隊の中ではまだまだひよっこ中のひよっこ。訓練は任務の合間に定期的に行われるのに加え、暇さえあれば自主的に訓練している。


 正直無理があると思われる采配だが、類は目的のために努力すると決めた。


「お前ほんと女みたいだよな」


 第一部隊のメンバーは皆部屋へ戻ったので、後片付けして帰路につく途中、個室に向かう廊下を歩きながらルーカスに言われる。


 『女みたい』とは思うのに女だとは思わないんだな、と考えふっと微笑する。


「顔綺麗だし華奢だし。女が少ないから男でもいいって物好きも中にはいるから気をつけろよ」


 はいはい、と言って、類は片手をヒラヒラさせる。

 最近ペレにちょっかいはかけられるが、女の園にいるよりは騒がれることがないのであまり危機感は持っていない。


 女としては失礼なことを言われているはずだが、それも特に気にならない。男に見られることは嫌というほど経験しているので今更だ。


「大丈夫だよ。それよりこれから訓練に付き合ってよ」

「····いいけど。酒入ってるぞ?」

「ちょうど良いよ」


 ルーカスの腕前は当たり前だが類より圧倒的に上だ。

 気前よく付き合ってくれるのを良いことに、類は度々ルーカスを練習相手にしている。


 再び部屋で甲冑を身に着け、剣を手に兵舎に併設されている訓練場へ二人で向かう。


 剣を交わらせる音は独特で、最初の頃は怖くて仕方がなかった。一歩間違えば大怪我を負ってしまう。

 ただの訓練に本物の剣を使うのかと驚いたが、実戦ではいつ死ぬか分からない。常に命がけで訓練することが、結局は自身の身を守ることになる。


 キィン


と、剣を弾く音。その直後に首筋に当てられる鋭い刃。


「剣を手放さなくなったのは成長だな」


 ルーカスがニヤリと笑みを浮かべながら、類の首に剣を触れるか触れないかの位置で当てて言う。


「くそっ」

 

 類は右手に持つ剣の刃を地面に下ろす。


「お前の仕事は戦闘じゃないんだから、焦る必要ないだろ。少しずつ力をつければいいさ」


 ルーカスは指導役には向いていないと思う。甘すぎるからだ。それでも腕はいいしよくボランティアで付き合ってくれるので、訓練の相手としては適任なのだ。


 類はそんなルーカスに少し不満気に目を向ける。


「間者や使い魔に遭遇した時に戦えないと死ぬでしょ」

「そりゃそうだけど。一人で行動することはないだろ? お前はその外見で誘引するのが役目なんだからそっちを磨いてろよ、『黒の皇子』様」

「······」


 情けないが、ルーカスの言うとおりだ、と類は俯く。

 第一部隊で初めて現場に出た時から、類は意図せず活躍してきた。


 それは全てこの外見によるものだ。


『外見が良いだけじゃ駄目』とヴァリスに言われたが、結局類が買われるのはそこなのだと複雑な思いが渦巻く。


「でも、最近顔が割れてきたから前ほどじゃないし」

「そうだな。そこは何とかしないとな。色気を磨け、色気を」


 バシッと背中を叩かれる。痛い。


「もう一回手合わせしよう」


 少しムキになって、類は剣を構える。


「真面目だなぁ。まあ付き合ってやるよ。可愛い後輩だからな」


 ハハハッとルーカスは余裕をかましてゆったり構える。


 スキあり! と言わんばかりに飛びかかる。が、見事に受けられた。渾身の力を込めても、片手で軽く防がれるのにイラッとする。

 何度も打って、その度に軽くいなされる。暗くなった訓練場に、剣の交わる音が響く。


 訓練場ここにいるのは今はルーカスと類の二人だけだ。皆酒が入っているので部屋で寝ているか飲み直しているのだろうか。

 この兵舎の兵たちは仕事を終えると毎晩のように大騒ぎしながら酒を飲む。それだけが楽しみだというように。

 上官たちもそれを黙認する。偵察隊を含むこの兵舎に住む兵は緊急出動することは滅多にないからだろうか。

 第一部隊だけは例外なので、メンバーはあまり酒を飲まないか、ルーカスのように飲んでも動ける者たちばかりだ。


 後宮とは全く違うこの習慣にも、最近は随分慣れた。


「うっ」


 喉元に切っ先を突きつけられ思わずヒヤッとする。この寸止めも、高い技術がなければ出来ない。


「まだまだだな」


 ルーカスがふふんと笑いながら剣を収める。

 悔しい。が、全く相手になっていないのだから仕方がない。

 上がる息の合間に、はぁ、と溜息をついて剣を収めた。


「そういや、近く大神殿で催される神々の宴だが、俺たちも駆り出されるらしいぞ」

「え?」


 類は目を見開く。


 『神々の宴』のことは少し前に聞いた。定期的に催される神たちの宴(そのまま!)だが、今回はこの雷国の王宮敷地内にある大神殿で執り行われるらしい。

 その宴には、各国の皇帝はもちろん、天上界に住む神々が一同に介するという。


「近頃あからさまな脅威になっているオルムに対する対策を話し合う場でもあるらしい。事情を知る者しか中へ入れないから、給仕配膳係としてこき使われることになるみたいだぞ」


 雷帝とペレ以外の神々に会う機会。


 なかなかないであろうこの機会をどう生かそうかと考える。


「宴って定期的に行われるんだよね? 今までもそんな感じだったの?」

「いや、今まではただの宴だったようだが、最近立て続けに起きてる大きな事件に神々もそろそろ本格的に危機感を感じ始めたんだろう」


 類は地国で巨人が呼び出された件を思い出す。


「雷国でも、そのうち巨人が呼び出されたりするのかな」

「さぁな。でも可能性は大いにあるだろ。俺たちも気を引き締めないとな」


 そろそろ戻るか、とルーカスは出口に向かって歩く。類もそれに付いていく。


 ルーカスの部屋の前で別れて、自室へと向かう。

 部屋に入って、そのままドサッとベッドに倒れ込む。

 兵舎の個室は、シルヴァ邸の女官の部屋ほど広くないし殺風景だ。それでも必要なものは何でも揃っているので不便は感じていない。


(道のりは遠いなぁ。いつになったら、私は元の世界へ帰れるんだろう)


 正直、途方もない時間がかかるだろうと絶望的な気持ちになることもよくある。

 それでも頑張ると決めたのは自分自身だ。


 そしてこの任務に就いて分かったことだが、天上界がオルムの手に落ちてしまえば、人間界もどうなるか分からない。最悪なくなってしまう可能性もある。

 類からすれば戻る世界がなくなるかもしれないのだから、オルムの狙い通りにさせるわけにはいかないのだ。


 類は挫けそうになる気持ちを持ち直し、手に当たるシーツをギュッと力いっぱい掴んだ。



 

 ☆北欧神話 小話☆


 神々に嫌われていたロキですが、トールとは比較的仲が良く、一緒に旅をすることもあったそうです。

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