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エレメントクレメント大いなる禍(若返りの呪い)

作者: にんじん大使

 ここは名も無き開拓村。村人は30人に満たない。


 神父である父ダリーが夕げの祈りを捧げ慎ましやかな肉無しスープを家族が食べはじめる。


「ペッ、ムリです。父さま、この草はトイレの横に生えている便所草ではないですか」


 今日6歳になったばかりのエレメントクレメントは食べた草を床に吐き出した。

 母は悲しそうな顔で食卓を見つめる。

 4人の弟達は口をあんぐり開け長兄を見つめた。

 神父である父は何事もなかったかのように便所草のスープを口にしている。


 暫しの静寂後にエレメントクレメントは教会から外へと飛び出した。

 この光景は何度も繰り返された日常で家族は開け放たれたドアから頭を冷やしたエレメントクレメントがいつも通り帰ってくるのを待った。


「今日こそ一角兎(ホーンラビット)を捕まえる」


 エレメントクレメントは蔓や若木の細い枝で作った罠の場所まで慎重に歩いた。


「これは?」


 上を見上げればホーンラビットが手足をバタつかせもがいている。

 しなる木に登りナイフで絶命させると身体中が高揚感に包まれ力が漲った。


 血抜きしてから自分の身長程もあるホーンラビットをズルズルと引き摺り教会へ戻る。


 開け放されたドアの前で彼は満面の笑みを浮かべ居間に入って行く。


「罠にかかったホーンラビットだよ」



 まず最初に母さまがてきぱきと指図する。

「ダリー、引きずらないように台所に運んでちょうだい」


「良くやったなぁエレ。今夜は6年ぶりの肉入りシチューが食べられる」


 嬉しそうにホーンラビットを運びながら父さまが話す。


「肉入りシチュー?」


 次男が首を傾げる。


「便所草じゃなくて?」


 三男も不思議そうだ。


 末っ子も何事かを察したのか興奮している。


 その後、皆で大騒ぎしながら肉入りシチューを食べる。便所草は母がそっと外に捨てていたのをエレメントクレメントは見てしまう。

 母だって便所草は苦手だったのかも。


 肉は美味しくて家族全員が幸せな気分になれた。


 翌日、鳩を腰に結わえ付け帰宅したエレは大変な事態に遭遇する。

 家族が無残な姿を晒していた。


 両親と兄弟達はモンスターに襲われたのだ。


「うわぁぁ」


 エレはそのまま地下室の階段を降り、もしものときに避難所として使用する古びた祠の中に閉じ籠る。

祠の小さなドアに消えかけた文字が浮かび上がる。エ⋯⋯メント⋯⋯レ⋯⋯ント⋯⋯。


 祠の中で彼は震えて眠る。空腹の中でもコンコンと眠った。

 夏が過ぎ冬が過ぎても彼は祠の中で目を覚まさない。


 光が彼の顔にあたる。

 ゆっくり起き上がったエレは祠から出る。

 階段は崩れ教会(家)は廃墟となっていた。


「みんな⋯⋯どこ?」



 彼は瓦礫と生い茂る草に阻まれそのまま行き倒れた。


 彼の後ろの祠は音もなく粉々に崩壊する。


 これがエレメントクレメントに関する全てだ。


 夏の夕暮れ、傷ついたヒクイドリがエレの近くを通りかかり動かない彼の顔をつつく。


「⋯⋯う⋯⋯」


 エレは目を開ける。血だらけの大きな鳥が彼の側にいた。


「腹に矢が刺さってる」


 そっと矢尻を抜いて、傷口を手で塞いであげる。

 不思議なことが起きた。光と共にみるみる傷口が塞がるのだ。


 聖なる癒しは父が少し使えたけれど深い傷は治せず痛みを和らげたり擦り傷の治療をしたりしていた。


 父の手を思い出したエレは自分の手が爺さんみたいな手であることにやっと気がつく。

 シワシワで染みが浮いていた。


 ヒクイドリは暫くして元気になり彼を背中に乗せ木の実の場所まで案内する。


 酷く空腹だったエレは木の実に貪りついた。

 食べても食べても空腹感は満たされず最後の木の実を食べようとした時、ヒクイドリがそれを阻止した。


「うわぁぁん」


 甲高い赤子の泣き声がする。

 自分の声であった。エレはハッと自分の手を見る。

 そこには小さな赤子の手があった。


「うわぁぁん」


 ヒクイドリは赤子を背に乗せ森を抜け山に向かう。

 険しい山のてっぺんに辿り着くと洞窟から唸り声がする。


『痛い痛い痛い』


 ヒクイドリは赤子を乗せたまま洞窟に入る。


『痛い痛い痛い』


 そこには身体中に剣を突き刺されたドラゴンがいた。

 今にも力尽きそうに見える。


 ヒクイドリは赤子を降ろす。

 赤子はハイハイしながらドラゴンに近付く。


『食えと?今は⋯ムリだ⋯⋯』


 赤子はドラゴンの顔に小さな手を当てる。顔に刺さった剣がポトリと落ちた。


『なんと!呪いの剣が外れた』


 そしてみるみる傷口が塞がる。


 赤子は少しずつ移動して剣を外して行く。

 尻尾の先まで次々塞がり剣を落とす。


 赤子は先程まで届かなかったドラゴンの背中に跨がりどんどん治療していく。

 最後の治療で剣を抜き終わったときエレは赤子から幼子に姿を変えていた。



『ほう。聖なる癒しか』


「ドラゴンさま⋯⋯僕達を食べないで」


 エレはヒクイドリの背中に素早く乗り洞窟の出口を目指した。


『食わんぞ!待て待て礼をするぞ!呪いの剣を抜き治療もしてくれた恩人を食わん!待て!』



 エレはドラゴンの山を見上げ一息ついた。

 お伽噺のドラゴンは狼と同じくらい信用できない。

 今までドラゴンの山から生還した者の話は聞いたこともない。

 ドラゴンはプライドが高く執拗深くて狙った獲物は逃がさないのだ。それがドラゴン。


「赤ちゃんになってしまった僕を助けてくれてありがとう」


 エレメントクレメントはヒクイドリを抱きしめ礼を言う。


 ヒクイドリは頭を下げ騎士の礼をとりエレの元から去って行った。


 エレは去り行くヒクイドリを見送った。



 獣道を歩いていると踏み固められた道が見えてきた。人里が近いのだろう。



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