第九話「不審者」
「ふぅ。流石にこの時間帯は冷えるな」
あまりにも眠れなかった俺は、部屋から抜け出して外に出ていた。といっても、家の敷地内だがね。
外は真っ暗で、街頭の明かりの範囲内以外はほぼ見通せなかった。
それに、とても静かだった。がしかしまあ、時間帯を考えれば自然な事か。
ふと、俺はスマホを起動する。
時刻は午前2時25分。丑三つ時ってやつだ。
「願い、どうするかな」
叶える願いは決まっている。『桜を蘇らせる』これ以外に無い。だが、だ。
「本当に、それで良いんだろうか」
蘇らせたとして、桜の両親は亡くなったままだ。7つ揃えると願いの叶う球のように、『桜とその両親を』ってのが通るとは思えない。
理由は特に無い。管理人の事が信用できないと思うからってのはあるが、それにしたって、奴を信じれない確固たる訳も無い。
質問が許されるなら訊いてみるのもありだが、そもそも、俺は管理人と直接連絡を取れる手段も持ってない。
最悪、桜とその両親を蘇らせようとして『その願いは叶えられない』で終わらされ、権利も剥奪されるかもしれない。
考え過ぎ?そうだろうか。
相手は人の事情をお構い無しに、強制的に殺し合いをさせて来る人間だ。疑って然るべきだろう。
何にせよ、結論は出ない。推測しかしていないが、賭けるにはリスクがデカすぎる。
失敗でもしてみろ、俺には誰かをもう一人殺すなんて、出来ないぞ。
「……結論は出ないな」
俺が誰にでもなく呟いた、その直後だった。
「願いを叶えるのは、まだにしておくのが賢明だぞ。少年」
すぐ近く。目の前から、少しくぐもった女性の声がした。
「っ⁈」
俺の事を知っている……というより、『願いを叶える権利』を知っている相手だ。十中八九アプリの利用者だろう。
その声に驚いた俺は、いつの間にか俯いていた首の角度を慌てて上げ、目の前を見る。
そこには――。
「初めましてかな。識知君。私はリジェクト。見ての通り、怪しい者ではない」
不審者が居た。
いや、この場合『西洋騎士風の不審者』とでも言うべきか。
「不審者に話すことはありません」
「お、おい待て。私の装いを見て不審者呼ばわりはおかしいだろう⁉」
「その姿を見て不審者だと思わない方がおかしいでしょう」
「うっ……やっぱり、この時代でこの格好はおかしいのか?」
「おかしいと思います」
鎧姿の不審者には、少なくとも俺に対しての敵意は感じなかった。
むしろ何と言うか……親しみやすそうだ。
「――こほん。少年、君が望みを叶えるのはもう少し待った方が良い」
今までのやり取りを無かったことにしたいのか、急に取り繕ったその女性?はしかし、無視できない事を俺に告げた。
「それは、どうして?」
俺もこの不審者には同意するつもりではある。あまりにも不安要素が多いしな。
だが、俺がそう思うのと、他人から言われるのとでは別だ。そう言わせる理由も違うだろうし、そこの所を聞いておきたい。
「理由はそこまで多くはないよ。一つか二つだ」
鎧姿の女性は考えるような仕草をしつつ、俺からすると理性的な話し方で言う。
多くはないのか。ということは、その一つ一つがそれなりに重いのだろう。
「話を聞いてくれるなら、こちらとしても助かるよ」
そう言うと、その女性は辺りを見回してから、気楽な感じで提案してきた。
「君のお宅だろう?上がっても良いだろうか」
俺は何故か、家に二人も女性を泊めることになった。
「広い家だな。それに過ごしやすくする工夫が、色々な所に感じられる。良いご両親をお持ちだな、少年」
「そういうのは要りません」
家に上がった女性は、甲冑をガチャガチャ鳴らしながらそう言っていた。
俺の両親は褒められたものじゃない。なんせ息子をほったらかして、しょっちゅう外国に出掛けているからな。……だが確かに、家は一般家庭より広い。
友達を家に呼んだ時、「トイレが3つある⁈」と驚かれていたのは、鮮明に覚えている。
「少年、今日はもう時間も遅い。話は夜が明けてからでも良いだろうか」
「あ、はい。大丈夫です」
いつの間にか、(山田とは反対側の)俺の隣の空き室を占拠した西洋騎士は、一応伺う形で言った後、小さく音を立ててふすまを閉めた。