第二十五話「やるぞ」
「……てっきり、リジェクトさんと一緒かと思いましたが」
俺が玄関から外に出ると『管理人』はいつもと同じように、剣を組み合わせた椅子に腰かけ、こちらを見下ろしていた。
「願いを叶えてもらえるなら俺は文句は無い。わざわざあなたと敵対するような素振りを見せて、何の得があるんです?」
「それなら、何故直近までは、手を組んでいたのですか?」
……奴は、俺が今でもリジェクトと繋がっている可能性を疑っている。
人を騙すなら、虚実を織り交ぜ、それを何重にも重ねて話す必要があるが、大丈夫。どう話すかは事前に決めてある。
「あくまでも、リジェクト、花子とは利害が一致したに過ぎません。まあ、花子に関しては、少なからず情が湧いてしまったというのが、正直なところですが」
「ならば、私を恨んでいるのでは?」
あぁ。恨んでいるさ。
「いえ……あくまでもランダムで決まった事だと理解しています。悲しみこそすれ、恨む事はありません」
「あの決闘のカードを、私が意図的に組んだとしたら?」
「……ッ」
思わず黙ってしまう。
勿論、リジェクトと俺も、恐らくは花子でさえその可能性には気付いている。
勿論『管理人』は憎い。だが今は……、今だけは抑えろ。俺。
リジェクトが仕掛けるまでは、俺は時間を稼ぐことに専念するんだ。
「どうしました?黙り込んでしまいましたね」
『管理人』の愉しそうな声に我を忘れそうになるが、堪えて言葉を返す。
「……いえ、恨んではいません。いずれにしろ殺し合っていたのです。それが遅いか早いか。それだけの違いですから」
恨んではいない。憎んでいるだけだ。
それに、今の言葉も本当だ。
奴の手が介入せずとも、俺と花子はいずれ闘い、そして俺は、花子に命を譲られていただろう。
「ふむ……。それでは、リジェクトさんとは、本当に手を切ったのですね?」
「ええ」
「なるほど。では、それを証明してくださいますか?」
来た。リジェクトの想定通りだな。
「わかりました。元々、俺もそのつもりでしたから。……ここに証拠があります」
俺は背負っていた袋から、血がベッタリと付着した、リジェクトの兜を両手で掲げる。
「殺したはずが、逃げられてしまったのですが……兜を置いて行きましたので」
血の付いた兜と、リジェクトが不死である事を仄めかす言葉。
これは、リジェクト本人がここ数百年間、誰にも話さずにいたことだ。
『管理人』と本人以外で知る者はそれこそ、実際に戦い、生き残った者だけだ。
……リジェクトがそれだけ、俺を信頼してくれたのだ。報いなくては、彼女の覚悟も、花子の死も、あの少年の応援も、全て無駄になってしまう。
「……」
『管理人』は暫く、椅子に腰かけたまま顎に手を当てて考え込んでいた。
頼むぞ……。俺が切れる札は、全て切った。
騙されてくれ……。
「……良いでしょう。あなたの言葉を信じます」
「――それは、よかった」
俺は兜を投げ捨て、胸をなでおろす。
『管理人』は椅子を地面に降ろし、自分の脚で立つ。
「それでは識知様、願いを叶える為の儀式を始めさせて頂きます。目を閉じ、叶えたい事をご静思ください」
俺の胸に右手を当て、目の前の性別不明の人物は凄艶に笑う。
「ど――どうして、でしょうか?」
思わず狼狽えてしまった俺は、努めて平静を装う。これでは『管理人』に命を預けるのと同じだ。
「何故と問われましても……。願いを叶えるには、こうする必要があるのです。信じられませんか?」
その言葉を聞き、俺は鳥肌が立つほどの悪寒を全身に感じた。
直感だが、この言葉は嘘だ。根拠は無い。
だが命のやり取りを何度か経験して来て、ここまで直感が働いたことは無い。信じないという選択肢は、俺には無かった。
……つまり『管理人』は、まだ俺を信じてはいないという訳だ。自分が相手の生殺与奪を握っていなければ、安心できないのだろう。
「私は、識知様の言葉を信じるのですから、識知様にも、私を信じていただきたいものですが……出来ないのであれば」
「――いえ。分かりました。信じます」
直感は信じられる。ここまでしなければ『管理人』は油断しない。
なら……俺の命を賭ける価値は、ある。
後は、リジェクトがヘマをしないのを祈るだけだ。
俺が頷くと『管理人』は意外そうな表情を一瞬だけ浮かべるが、すぐにいつもの嗤いを浮かべ、再び俺の胸に手を当てる。
……リジェクト。頼むぞ。
俺は心の底からそう願うと、目を閉じる。
数秒の間があり、俺の耳に、風を切る音が微かに聞こえる。目を閉じていなければ気付けない程の、微かな音。
そして――剣が空を裂き、肉に食い込み、骨を断つ音がしたかと思うと、俺の胸に当たっていた手の感触が消え、直後に呻き声と、ある程度の重みを持った何かが地面に落ちる音がする。
「……よくやってくれた。誤」
目を開けた俺の目に飛び込んで来たのは、頼れる騎士と、右の二の腕辺りを押さえ、こちらを睨む『管理人』の姿。
そしてその『管理人』の右腕は、肘から先が、無かった。
「冷や冷やしたよ、リジェクト。……あとは、左腕だな」
「あぁ。……やるぞ」
「くっ、うぅぅ……。このっ――矮小なクソカスどもがあぁぁぁッ‼」




