第十七話「あと、四人」
夢を見た。
蛍が発するような光の群れの中で、ぐったりとして動かない女性を抱え、うなだれている男の背中の夢。
男は小刻みに肩を震わせていて、更に深く頭を下げたかと思うと、今度は天に向かって何かを叫んだ。
その男の顔には、とても見覚えがあった。
というか、俺だった。
そして、夢の中の俺が抱きかかえていた女性は——。
その女性は瞳に光の無い、春日 桜だった。
「——うわあぁぁ⁉」
「きゃあぁぁぁぁ⁉」
「今の叫び声は何だ、少女!」
俺が飛び起きると、寝ていた俺を覗き込んでいた山田も、驚いて叫び声を上げながら椅子から転げ落ちた。
その声を何かの異常事態だと勘違いしたリジェクトは、騎士剣と鎧という、いつもの恰好で俺の部屋のドアを蹴破って入って来た。
いや、ドアくらい普通に開けろよ。
「む、少年。目が覚めたのか。良かった」
俺達三人の中で、一番早く冷静になったリジェクトは、俺の事を見て笑う。
いや、兜の上からなので表情は分からないが、声的に、恐らく笑っている。
「あ、アンタねぇ……目を覚ますにしたって、もうちょい静かに起きれないの?心臓止まるかと思ったんですけど」
俺の隣で、椅子から転げ落ちていた山田が立ち上がり、しかめっ面で言って来る。
二人とも普段通りだ。
「ねえ、山田さん」
「何よ、目覚まし時計系男子」
「何その強烈に語呂の悪い蔑称」
「確かに。今のはちょっと酷いぞ、少女」
思わず突っ込んでしまった俺に、リジェクトはガチャリと音を立て、頷く。
「うるさい!で、何よ。識知」
やや恥ずかしそうに山田が吠え、気を取り直して、やり取りを再開しようとする。
リジェクトは『夕飯が出来ているから、落ち着いたらおいで』と言って部屋から出て行った。
俺と山田の二人きりだ。
リジェクト……。変な気を回しやがって。
「えっと……無事?」
色々と訊きたい事はあるが、まずはこれだ。
俺が質問すると、山田は小さく頷き、答えた。
「うん。無事。アンタとリジェクトさんのお陰」
「そっか。良かった……」
俺が安堵して胸を撫で下ろすと、山田は椅子に座り直して頬杖をついた。
「……あ。でも、俺はリジェクトさんに助けられただけで、山田さんの事は——」
「『助けられなかった』?あの男には負けてたもんね。アンタ」
「うん……。ごめん」
そう。俺は負けた。
そういえば、あの男のはどうなった?
リジェクトが戦ったんだ。
殺していてもおかしくは無いが……。
「あの男なら、リジェクトさんが撃退したわ」
「撃退……。そっか、流石のリジェクトさんでも、殺せなかったんだ」
「ええ。それに、アンタが来なければアタシ、多分見付からなかったから」
「え……?」
それは、どういう事だ?
「……あの男を一回目に殺した後、アンタが投げ捨てた包丁、あったでしょ?」
「あぁ……。うん」
確かに投げ捨てたな。家の包丁。
「あの包丁が校庭に落ちてから暫くして『鮮血の付いた包丁が見つかったー』って、学校がパニックになったんだけど、そのパニックの最中、誰かが理科室の腐った床板を踏み抜いて、アタシは外に出れたのよ」
「ちょ、ちょっと待って……つまり山田さん、理科室の床下に居たの⁉」
「そう。それで外に這い出た時、リジェクトさんが満身創痍のアンタを担いだ状態でアタシを発見し、二人まとめて抱えられて帰って来たって訳」
「なんというか、まあ……」
よくそんなに偶然が続いたな……。
「ともかく、偶然だろうが何だろうが、アタシはアンタの行動のお陰で助かったのよ」
山田も同じことを思っているようで、やや苦笑い気味に肩をすくめ、そう締め括った。
「……。じゃ、ご飯でも食べましょうか。今日はルー不使用のカレーだって」
「すごいなリジェクトさん……」
リジェクトが殺しきれなかった男が野放しになっているのは不安だが、ひとまずは、皆無事でまたそろった事を喜ぼう。
……リジェクトにはまた、大きな恩ができてしまったな。
そんな風に考えながら、微かに痛む身体を起こし、ベッドから降りる。
【残り人数が五名を切りましたので、お報せ致します】
「「……!」」
俺と山田のスマホからだった。
その声は、もう随分前から聞いていなかったように感じる、しかし忘れられなかった通知音だ。
【残った利用者様は『識知 誤様』、『山田 花子様』、『双葉 優様』、『羽滝 望様』の四名です】
相変わらずの爆音で、俺と山田の他に二人、知らない名を呼ぶ通知音。
【ゲームも終盤に差し掛かって参りました。皆様、最期までご愛顧のほど、よろしくお願い致します】
それだけ言うと、スマホは再び静かになった。
「「…………」」
あと、四人。
そのアナウンスを聞き、俺は山田に話し掛けようと顔を上げた。
「ねえ、山田さ——」
「識知、アンタは生きなさいよ」
山田は俺の言葉を遮ってそう言うと、そのままダイニングの方へ行ってしまった。
「……」
俺は、その言葉に若干の違和感を感じつつ、少し遅れて、山田の跡を追ってダイニングに向かった。




