第十二話「汚すな」
「何をした……何をした。識知」
振り返って、男は俺に凄んでくる。怖い。
って違う。マズい。呆けている場合じゃない。立たなくては——
「あ……ぐ、ぅ」
俺は能力の反動の頭痛でよろめきながら立ち上がり、壁にもたれながら立って構える。
「何をしたと聞いているんだ。俺は」
男は俺との短い距離をあっという間に詰め、俺の制服の襟を両手で掴み、明らかに不機嫌な様子で更に凄む。
そんな事言われても、俺自身が何をしたのか分かってないんだよ……。
「っ……何だと思います?」
しかし『知りません』とか『分かりません』で納得してくれるような相手でもない。
なら、相手の怒りを煽って判断が誤ることに賭ける!
「……まあ良いか。ここでさっきのをしないってことは、連発出来ないか、何らかの理由で今は使えないんだろ?」
……待てよ、コイツ嫌に冷静だぞ?
「なら、使えるようになる前に殺すわ。お前」
あ、ヤバい。マジで死ぬ。これ。
「じゃあな」
男はそう言いながら右腕を襟から離し振り上げる。
「待っ——」
「そこまでにしてもらおう。悪いが少年を殺される訳にはいかない」
男が腕を降り下ろす直前、鎧姿の不審者が音も無く剣を振りぬき男の左腕を肘辺りから両断した。
俺は男の腕から解放され、尻餅をつく形でその場に座り込む。
「っ……てめえ!!」
男は一瞬呆然としていたが、事態を把握すると鎧姿の不審者改めリジェクトに殴りかかろうとする。やはり腕の振りが見えない。
「—すまない。」
「リジェクトさんっ!!」
リジェクトは棒立ちで、何故か男に謝罪した。何してる、死んじまうぞ!?
「……あぇ?」
だが次の瞬間、男の首はずり落ち、リジェクトは騎士剣を振りぬいていた。
「あなたにも、あなたの事情はあるんだろうが……」
男の腕の振りは、まだブレた像が見えた。だがリジェクトの剣戟は、それすら無かった。
「少年。無事か?」
血しぶきを上げながら崩れ落ちる男の身体を見ながら、リジェクトは俺に声をかける。
そのリジェクトの視線の先では、男の身体がドクドクと大量の血を噴き出しながら小刻みに痙攣している。
「あ……ありがとうございます。リジェクトさん」
もう、何度か見て来たはずだろう?殺してきたはずだろう?あれが死ぬって事だ。
リジェクトの助けが無ければ、俺だってああなっていた。
「死ぬかと……思いました。はは」
そうだ。あのままなら俺が死んでいた。
それでは桜を蘇生させられない。今までが全て無駄になる。そんなの駄目だ。だから——
「少年。命を奪うこと、命のやり取りに慣れてはいけない。私が言っても説得力は無いだろうが……。目を逸らすな。君の手はもう汚れている。それでも、自身の罪まで汚すな。君が奪ってきた命は、その一つ一つが君の命と等価値だ」
「……はい」
リジェクトは男の遺体に騎士風の敬礼をしてから鞘に剣を納め、俺を横目で見てそう言った。
俺は、ただ頷くことしか出来なかった。
立ち上がる気力も無く、リジェクトもそれ以上に俺に声をかけず、ただ静かに佇んでいた




