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雨の日の足音は二人分

 サア、サア。

 サア、サア。


 雨が傘を叩く。どんよりと息苦しい空模様の元、雨粒が天から降ってくる。

 あー、なんだか気だるいなぁ。なんて思いながら、学校から帰宅する道を歩く。

 最近というか、あの弁当くれと関わってしまった後から、なんだか肩というか、体が重い気がしてならない。

 さらにこの空模様だ。気分は軽く最底辺まで落ち込んでいた。

 優香はこういう薄暗い天気が好きらしく、いつもの7割り増しくらいに元気だったが、私は雨は苦手だ。靴や服はべたべたになるし、いろんなものが濡れてしまう。

 すでに、ため息を二つ三つ吐いてしまっている。幸福などどこか遠くに飛んでしまっているだろう。


 ぴちゃん、ぴちゃん。

 ひちゃん、ひちゃん。


 濡れている靴が、水たまりが点々とできている道を踏んで、水音を響かせる。今この道を歩いているのは、私一人だけ。体調がすこぶるよろしくないので、学校を早退したのだから仕方がない。

 しかし、本当に体がだるい。重い。まるで、何か重い物が後ろに抱き着いて離れないかの様だ。

 ハァ。とまた、ため息を吐く。


 ぴちゃん、ぴちゃん

 ひしゃん、ひしゃん。


 靴が奏でる水音までうっとおしく感じてしまっている。本当に末期的だ。早く帰って、お風呂に入って寝よう。

 そう決め、少し早足になる。その時だった。


 ぴちゃん。

 ひしゃん。

 ぴちゃん。

 ひしゃん。


 水音が、足音が僅かにずれて聞こえる。まるで、私の後ろを、もう一人歩いているかのように。

 だが、さっき後ろを見たとき、誰もいなかった。それに、足音が聞こえるほど近くに誰かいれば、流石に気が付く。

 何か、背筋に冷たいものが流れる気がした。雨水ではない、氷のようなものが流れるような、嫌な感じ。

 さらに早足になる。だが、そのずれた足音は、ずっとついてくる。

 私は、全力で振り向きたくない心を抑え、ばっと振り向いた。

 誰もいない。

 ただ、雨が降る道が続くだけ。

 また、怪異に巻き込まれてしまっているのだろうか。怖くなって、濡れるのも構わず、走って家に帰った。

 家には母がいて、ずぶ濡れの私にびっくりした様子だったが、体調がよくないと伝えると、お風呂を沸かしてくれた。

 ゆっくり、お風呂で体を温める。あぁ、気持ちいい。

 何か、疲れも息苦しさも、重さもこの時間だけはどこかに飛んで行ってしまう。

 その後、夕飯までの時間に仮眠をとろうと。二階にある部屋でベッドに横になった。

 あぁ、なんだか深い眠気が襲ってくる。ゆっくり、ゆっくりと瞼が落ちていく。

 部屋の窓の外では雨粒が屋根を叩く音が響き、それが心地よい子守歌のようだ。

 

 さあ、さあ。

 ぴちゃん、ぴちゃん。

 さあ、さあ……


 ゆっくり、意識が覚醒してくる。

 瞼を閉じ、その裏の暗闇の中、柔らかい布団に包まれ、心地よいまどろみを感じている。

 窓の外、水音がぴちゃん、ぴちゃんと心地よい水音を鳴らしているのが聞こえ、再び意識がまどろみに包まれていく。


 さあ、さあ……

 ぴちゃん、ぴちゃん。


 ふと、その中に水でぬれた道を歩く音がするのに気が付いた。


 ひちゃん、ひちゃん……


 誰かが窓の外を歩いているなぁ。なんて思ったが、ふと疑問が浮かぶ。

 ここ、二階のはずなんだけど。

 窓の外を誰かが歩いているはずがない。どういう事だろう?


 ひちゃん、ひちゃん……


 その足音は、なんというかほかの雨音や水音に比べ神秘的な響きで。だが、どこか不気味だなと思ってしまう。そんな足音。

 その音に対して抱いた疑問のせいで、沈みゆく意識が無理やり引き上げられ、再び覚醒してしまった。

 ゆっくりと瞼を開け起き上がり、部屋の内部を見渡す。いつもの私の部屋。どうやら、少し暗くなるまで寝てしまったらしく、薄暗い。

 しかし、この妙な胸騒ぎは何なのだろう。この自分の部屋に対し、こんなに寒々しい感覚を抱くのはなぜだろう。思わず、ぎゅっと布団を握りしめてしまう。

 ふと、足音の聞こえる窓の方を見る。窓を覆うカーテンの外、薄い影がゆら、ゆらと動いていた。

 あの影が足音の正体だろうか。一体なんだろうという疑問が浮かぶ一方。

 きっとまた、何か変なことに巻き込まれてしまったのかもしれないという恐怖に鳥肌が立つ。

 そして声を出そうとして気が付いた。声が出ないのだ。声を出そうと頑張っても、喉からは空気の漏れる音しか出てこない。

 仕方がない。このままベッドの上にいても何もならないだろう。いい方向に変化するか、悪い方向に変化するかわからないが、カーテンを開けてみよう。

 私はベッドから立ち上がり、カーテンの方へと向かう。そして、大きな窓にかかる大きなカーテンをゆっくり開いた。


 ひちゃん、ひちゃん。

 ひちゃん、ひちゃん。


 窓の外、軽く雨の降る屋根の上にいたのは10歳もいかないような男の子だった。手には黄色い傘。長靴に雨合羽を着ている。

 屋根の上を楽しそうに歩く男の子は、私に気が付くとぱぁっと笑顔になり、手を振ってきた。

 私はどうしようか困ってしまったが、とりあえず手を振っておいた。

 すると、男の子はこちらに歩いてきて、窓を開けようとしてきた。だが、窓にはカギがかかっているので開かない。

 私はさらに困ってしまった。開けてあげたほうがいいのだろうか?まあ、今この状況が訳の分からない状況だ。これ以上変になった所で、自分にはもうどうしようもないだろう。なら、もうどうにでもなれ! なんて思い、窓を開けてあげた。


 がちゃり、きぃぃ……


「開けてくれた! ありがとー」


 男の子の声が耳に届く。何とも可愛らしい。だが、どこか不気味さのある神聖さを帯びた声。


「おねーちゃん。僕、おねーちゃんとお話してみたかったんだ」


 その前に、貴方は誰?と声を出そうとしたが、声が出ないので、息をする音しか出ない。

 それに気が付いたのか、男の子はハッとして。


「あ、おねーちゃん。もしかして声が出ないの?」


 私が頷くと、男の子は笑顔になって。


「大丈夫! 僕に伝えたいこと。僕に伝われって思えば届くから」


 え、えっと。こうだろうか?と少し念のようなものを送る感じで頑張ってみると、男の子はそうそうと頷く。


「えっと。じゃあ僕の自己紹介だね。僕は、おねーちゃんの背後霊? なのかな。そんな感じー」


 背後霊?なら、貴方は幽霊なの?なんて送ると、男の子は首を振り。


「んー、ちょっと違うかなぁ。幽霊にも色々いるけど、背後霊はただの幽霊じゃないんだ。人の後ろに憑いていく幽霊は、その人を呪うか、守るかしているんだ」


 呪うか、守る……じゃあ、貴方はどっちなの?と聞くと、男の子は胸を張って。


「僕はね、おねーちゃんを守る背後霊なんだよ。すごいでしょ」


 その仕草は年相応のようで可愛らしいが、どうしても不気味さが抜けないのはなぜだろうかと思っていると、その原因に気が付いた。

 この子の目の色、瞳の色だ。それが私の様に黒から茶色ではなく、青い空色といえばいいのか、そんな色なのだ。

 だが、守るか。何から私を守ってくれるの?と伝えると、男の子は私を指さす。正確には、私の背後を。


「えっとね。普段は僕、ただ後ろを歩いているだけなんだけど。今はおねーちゃんにソレが憑いてるから」


 え?っと後ろを向く。すると、後ろの方には鏡があり、見た。見えてしまった。

 私の後ろに抱き着き、喉を締め付ける下半身のない人と昆虫が混ざったような化け物を。

 ひゅっとのどが絞まる。どうやら、声が出ないのは、というか背中が重い感じがしたのはこの化け物のせいなのだろうか。

 私が真っ青になって、がくがく震えていると、男の子は優しく私に笑いかけ、窓のさんに立つ。すると背が私と同じくらいになった。


「大丈夫。ソレからおねーちゃんを守るのが僕の役目」


 でも、どうやって?と思っていると、男の子は傘を閉じ、私に顔を近づける。そして。


 ちゅ。


 私の頬に口づけをした。ひどく冷たくて、でもなぜか嫌じゃない触覚にびっくりしていると。鏡に映る化け物が、忌々しそうに私から離れていく。

 背中が、肩がひどく軽くなり、喉から、音が出る。


「助かったの? 」

「うん! 今、おねーちゃんの魂と触れ合ったんだ。で、おねーちゃんの魂に、バリアを作ったの。だから、もうあの化け物はおねーちゃんに触れないんだよ」


 そうか、良かった……と思っていると、ふと疑問が浮かぶ。


「でも。なんで弁当くれの時は助けてくれなかったの? 」

「あ、あー。それはね……」


 そう男の子はもじもじしつつ、恥ずかしそうに、そして申し訳なさそうに。


「僕も夜は眠たいから。寝てたの」

「寝てた? 」

「ごめんなさい。まさか、弁当くれなんて強い怪異に、夜中に巻き込まれるなんて思ってもいなかったから……」


 だがまあ。あの件は私にも非がある。私は男の子の頭を、雨合羽の上から撫でてやる。

 右手に水滴がつくが、お構いなしに。


「ありがとう。今日は見守ってくれてたんだね。じゃあ、今日足音がずれて聞こえたのは」

「うん。雨の日にね、足音がずれて聞こえるのは。背後霊が一緒に歩いてる証なんだ。水は霊を写す鏡みたいなのだから」


 ふと、強い眠気が襲ってくる。浮遊感にも似た強い眠気が。


「じゃあ、僕がおねーちゃんと一緒に話していられる時間も無くなってきたみたいだし。おやすみなさい」


 うん、おやすみ。そう思いながら、私はまぶたを閉じた。


 ゆっくりと瞼が上がる。部屋の中は明るく。まだ日は落ちきっていないようだ。

 仮眠して気分もすっきりしたのか、恐ろしく体が軽い。

 でも、あの夢は何だったのかな? 可愛らしい背後霊に守られる夢なんて、可笑しいの。なんて思っていると。


 ぐしょり。と右手が濡れていた。

 それに少し背筋が寒くなったが、まあ、あの可愛らしい男の子が夢だったとして、本当だったとして。

 もしかしたら雨の日は、あの子と一緒に歩いてる気分になりそうだな。なんて思うのだった。

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