第5話「ただいま、お兄ちゃん」
――天原衛
あったかい。
目覚めた俺はポカポカした温かい感触に包まれていた。
次第に視界が晴れてきて見慣れた天井が見えてくる。
ここは、俺の家、俺の寝床だ。
母さんの趣味で家の内装は和室が多めになっていて、俺は家の南側の角部屋に布団を敷いてそこを万年床として使っている。
「寝てた。あの、フクロウは夢か」
そうだよな、フクロウの化け物に襲われたり、転校生にいきなり胸を貫かれたり、そんなの現実にあるとは……。
「お兄ちゃん…だいすけ……」
懐かしい声が聞こえた。
生まれてから、五年前まで、毎日俺のことをお兄ちゃんと呼んでいた女の子の声。
手の甲に感じた吐息の感触を確かめようと振り向いた先には――。
「って、ええええ!??」
俺は驚きのあまり絶叫をあげながらカエルみたいにピョコンと飛び跳ねた。
動いた拍子に、胸や背中に激痛が走る。
あまりの痛みに今度はベトンと布団に土下座するようにうずくまる。
マテ……待て、待て、待て……。
なんで恵子が俺の隣で寝てるんだよ???
『あ…ありのまま今起こった事を話すぜ! 俺は学校の屋上で転校生に胸を手刀で貫かれて殺されたと思ったら、いつの間にか家のふとんで五年前にUFOに誘拐された妹と一緒に寝ていた。な…何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何をされたのかわからなかった…頭がどうにかなりそうだった…催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。』
ジョジョの名台詞をそのまま言いたくなる超展開に、動揺で頭がグラグラするし、心臓はバクバクと早鐘を打っている。
今すぐ恵子に声をかけたいのに、胸――由香に手刀で貫かれた箇所が激痛を発するせいで俺は陸にあげられた魚のように口をパクパクと動かすことしか出来ない。
よく見ると恵子は、俺の知っている彼女と完全な同一人物ではなかった。
顔と声は間違いなく恵子だが、寝ているのは一〇歳の柳の枝のように細かった女の子ではなく、俺と同じように五年分成長して身体に少し丸みを帯びた少女だった。
彼女は真っ白なシュミーズ一枚だけ身に着けて猫のように体を丸めて寝息を立てている。
なお、少し悲しい事実だが、五年間胸にはあまり栄養が回らなかったらしい。
「う……うーん、お、お兄ちゃん、うるさい……」
恵子が右手で目をこすりながらゆっくりとまぶたを開く。
「って、お兄ちゃん、何してるの!? なんで土下座してるの」
「い、痛くて、動けない」
「いや、動いちゃダメでしょ。死にかけたどころか、九割方死んでたんだから」
恵子は土下座体勢でうずくまっていた俺をヒョイと担ぎ上げて、あお向けの体勢に直してくれた。
「妹よ、いつの間にそんな怪力になったんだ」
「筋力を魔法で強化してるの、ちなみに五〇〇円玉曲げるくらいは余裕よ」
「マジかよ」
他人に言われたら与太話としか思わない言葉を不思議と信用することが出来た。
「何はともあれ……」
恵子は一瞬目をつぶり、それから花のような笑顔を浮かべた。
「ただいま、お兄ちゃん。天原恵子、ただいま帰りました」
「おかえり」
俺と恵子は五年ぶりに再会を果たした。
「おっ、二人とも目を覚ましたんですね」
ふすまを開けて知らない女の子が入室してくる。
服装は女学生っぽく見えなくもないが、頭をすっぽりと覆うベレー帽を被っているのが怪しく見える。
彼女は湯呑の乗ったお盆を手にしており、腰を下ろすと、俺と恵子に前に一つずつ湯呑を置いた。
「これなんだ? お茶じゃないみたいだけど」
「オモユです。人肌になるまで冷ましているので弱った体には丁度いいと思います」
「お兄ちゃん、飲むの少し待って。――『反響』」
恵子は俺の胸に手を置いて、二言三言不思議な言葉を発する。
直後、彼女の手から発せられた正体不明の波のようなものが俺の身体を駆け抜ける。
「なんだこれ!? 身体になにか」
「お兄ちゃんの身体に私の魔力を流して内臓に損傷がないか調べたの? 診た感じ完全回復はしてないけど胃腸に穴は空いてないみたい。飲んでいいわよ」
許可を得て湯呑を手に取る。
中にあるのは少女の言う通り少しトロッとした感触のオモユだった。
特別美味しいわけじゃないが、乾いた喉に水分がしみこんでいく感触がとても心地いい。
「おかわりが欲しければ言ってください。怪我を早く治すなら、消化に良い物を胃に入れておくべきです」
「もっと味の濃いものが食べたいわ」
恵子は味のないオモユが気に入らなかったようで、露骨に顔をしかめる。
「ダメです! 二人とも常人なら三回は死んでる量の血を流したんだから、胃や腸に負担をかける食べ物はダメ」
「じゃあ、明日は?」
「おかゆですね、喜んでくださいステップアップしています」
「ぶー、ぶー!」
明日の献立が味のないおかゆと聞いて、恵子は口をとがらせて露骨に不満そうな顔をする。
「えっと、明日のご飯がおかゆだったら、塩足していいか? あと、梅干し入れるとか、粉末スープいれるとか」
「まあ、味付けするのはいいと思いますが」
「やった! お兄ちゃんサイコーだよ」
よほど味のないおかゆが嫌だったのか、喜んだ恵子が俺に抱き着いて来る。
ちょ! 恵子さん!? 自分が一五歳になってること忘れてるだろ、着てるのがシュミーズ一枚でブラもしてないこと忘れるだろ。
「コホン」
俺が顔真っ赤にしているのを見て少女は顔をしかめ、直後恵子のおでこにデコピンを食らわせる。
「あだっ! いきなり何するのよ!」
「お兄さんとの再会が嬉しいのはわかりますが、女性として最低限の恥じらいは持ってください」
少女は自分の服のエリをつまんで、恵子に胸元を見ろとジェスチャーする。
自分の胸元を見た恵子の頬が真っ赤に染まり、自分の胸を両手でバッと覆い隠す。
ようやく自分が異性の前でちょっと恥ずかしすぎる格好をしていることに気が付いたらしい。
「ちょ!? 私着替えてくる」
「昼間の服は着れませんよ、穴が開いてるし血まみれです」
「昔の服は子供服だから無理だぞ」
「どうしろっていうのよ!?」
服選びに悩みそうな恵子に適切なアドバイスが飛ぶ。
ただし、対案はない。
「えーっと……」
恵子が出て行ったせいで二人きりになってしまった。
初対面の相手と二人きりはなんか気まずい。
「まっ、気になりますよね」
少女は頭を覆うように被っていた帽子を脱いだ。
額の先にピョコンと生えた五センチくらいの角が姿を現す。
「つっ、角?」
「あらためて初めまして。私の名はミ・ミカ、ニビルから恵子さんの護衛のため同行してきました。以後、よろしくお願いします」
ミ・ミカと名乗った三つ指を付いて深々とお辞儀をしてくる。
よくわからないが礼儀正しいお嬢さんのようだ。
「えっと、いくつか聞きたいんだがいいか、その角のこととか」
「この角は、私がクサリクであることの証明です。で、クサリクっていうのはニビルに住む地球人によく似た人……じゃなくて、知的生命体だね」
「知的生命体ってことは、ミ・ミカは宇宙人なのか?」
「宇宙人? なんですか、それ? 私は、ニビルから空間転移の魔法で地球に飛んできたんだけど」
宇宙人と聞いてミ・ミカはキョトンとした表情を浮かべる。
もしかしたら、彼女は宇宙という概念をしらないのかもしれない。
「じゃあ、質問を変える、ニビルっていうのはなんだ?」
「ニビルは私が住んでいた世界のことです。地球とは、別の空間に存在していて空間転移の魔法で行き来するのですが」
「ニビルは異世界なの。ミ・ミカは異世界人。そして私は、そのニビルの神様に誘拐されたの。お兄ちゃんにわかりやすく言うと、『妹が異世界転移してチート能力貰ってから、日本に帰ってきた』ってところかな」
着替えを済ませた恵子がふすまをガラッと開けて入ってくる。
恵子さんありがとう、すごくわかりやすい説明でした。
「恵子、その服どうしたんですか? キレイな服ですね」
「母さんの服を引っ張り出したの、お兄ちゃんは覚えてるでしょ」
恵子が身に着けていたのは、空色の下地に白い花の模様がつけた和服だった。
母さんは和服を普段着にする趣味があって、簡易着物を何着か持っていたのでそれを引っ張り出したのだろう。
「お前も母さんの服が着られる歳になったと思うと感慨深いよ」
俺はしばし恵子の胸元をチェックする。
うん、スタイルがいいから母さんより恵子の方が着物は似合う。
「お兄ちゃん!」
恵子はジト目で俺の鼻をつまんでくる。
「ほい、なにすんだ……」
「胸元見てなに考えたか、わかってるんだからね!」
心配してる方もいると思いますが、本シリーズは基本的に鬱展開とか無いです。
主人公を一回殺したのは妹の使い魔にしたかったからです。




