第2話「こんなの予想できるわけがない」
――天原衛。
『天原君へ、今日は転校したばかりの私に優しくしてくれて、ありがとう。
いきなりの転校でとても心細かったけど天原君のおかげで楽しい学校生活が送れそうです。
突然だけど、お話ししたいことがあります。
放課後、学校の屋上に来てくれませんか?
鍵は開けておきます。
――中島由香』
帰り支度をしていた俺は、カバンの中に花柄の封筒が投げ込まれているのに気が付いた。
中に入っているのは、甘ったるいこの手紙。
筆跡は達筆そのもので、自己紹介のときに黒板に書いていた由香の字と比べても大きな違和感はない。
時間は午後六時過ぎ。
窓から見える星野山は夕焼けで赤く染まっていた。
俺は放課後、図書館で小説を書くのが日課になっている。
家では集中が切れてしまうので、学校にモバイルノートを持ってきて下校時間まで図書館で作業をしているのだ。
「いやいやいや、怪しすぎるだろ、これ」
一見すると告白の呼び出しにしか見えない。
しかし、俺と由香は今日であったばかりだ。
本気で告白しようと思っているなら、彼女はチーレム小説に出てくるbotヒロイン以下の何かということになる。
「本気で騙されると思ってる……思っててもおかしくないな」
非モテ男子が美少女に優しくされて一瞬で舞い上がる。
吐いて捨てるほど、よくある話だ。
可能性としては――
①クラスのリア充グループに溶け込むために、共謀していたずらをしている。
②賭けに負けて、罰ゲームで告白した。
③俺が自由になる金をけっこう持っていることを嗅ぎつけて巻き上げようとしている。
④ガチの告白。ただし、美少女の中身はbotヒロイン以下の得体の知れない何か。
「あほらし、帰ろ」
俺は手紙を封筒に戻し、封筒をカバンの中に戻す。
わざわざ出て行って笑いものにされるのもシャクだ。
手紙に気が付かなかったフリをして、明日謝ることにしよう。
俺は屋上ではなく下駄箱に向かい、帰宅の途に……。
「ホー! ホー!」
校舎の外に出た俺の前に、大きなフクロウが立ちはだかっていた。
動物園で見たメンフクロウより明らかに一回り大きい。
ワシや大型のタカと見比べても見劣りしない堂々たる体格をしている。
羽色はカキ色で、全体に不規則な縞がある。
頭頂部には触角のようにピョコン長めの羽が二本生えていて、それがこの鳥の精悍な印象を強調していた。
変だ……フクロウに限らない、カラスでもスズメでも鳥は木や電柱を足場に上から人を見下すのが自然な行動。でも、コイツは地に足を付けて下からこちらを見上げている。
フクロウが地面を蹴り宙に舞い上がる。
離陸した勢いのまま、奴は後ろ足で俺の顔面を……。
「ギャアァ!!」
潰れたカエルみたいな悲鳴をあげて俺は地面を転げまわり、下駄箱に背中を叩きつけられた。
あぶねええ。
とっさに、カバンを盾にしなかったらカギ爪で顔面を引き裂かれていた。
「なんだ、今の蹴り、ありえないだろ」
あのフクロウは大柄だが、それでも大きさは普通の鳥の範囲内、体重はどれだけ大きく見積もっても五キロ以下だ。
にも拘わらず、蹴り一発で俺は軽く五メートルは吹っ飛ばされた。
「あのフクロウ!? どんだけ怪力なんだよ」
背骨に氷の柱を入れられたような戦慄が俺の全身を走り抜ける。
「キュッー!」
鋭い鳴き声と共にフクロウは再び地面を蹴る。
「ひい!」
俺は転がるようにその場を飛びのく。
ガスッ!
硬いものが割れる鈍い音が響き渡る。
振り向いた先にあったのは、金属製の下駄箱に深々とカギ爪を食いこませたフクロウの姿。
「た、助けて! 助けてッ!!」
俺は走った。
フクロウから距離を取るために、逃げるために走った。
目の前に階段があったから階段を昇る。
ゴンッ!
フクロウは俺を追いかけてきて、今度は階段の踊り場に蹴りを炸裂させた。
タイルとコンクリートでできた床がまるで削岩機を使ったみたいに大きく削り取られている。
「はあ、ひええ!」
俺は声にならない声を漏らしながらフクロウから逃げるために階段を駆け上がる。
ありえない、なんだあのバケモノは。
肺が痛い、心臓がバクバクする。
身体を鍛えてない俺にとって、階段の全力ダッシュは完全なオーバーワーク。
でも足を止めたら、フクロウに蹴り殺される。
死にたくない! 死にたくない!
「ホゥー! ホゥー!」
振り返れば必ずフクロウは背後にいる。
そして、黄色い目で語りかけてくる。
『もっと走れ、歩みを止めたらその場で殺す』
階段を最上階まで駆け上がった俺は、ドアを開き校舎の屋上に飛び込んだ。
素早く鉄扉を閉じたところで力尽き、その場でグラリと座り込む。
「はあ! はあ! はあ! うっ、おげえええ」
激しい運動で体力の限界を迎えていた俺は、その場で胃の中のものを全てぶちまけた。
「おやおや! ずいぶんとお疲れのようですね、天原君」
放心状態の俺に鈴の鳴るような声が語りかけてくる。
「なっ、なかじまゆか」
「そうです! せっかく天原君にお手紙を出したのに“無視”されて待ちぼうけを食らってしまった由香ちゃんです」
屋上の柵にもたれるように立った由香が、床に這いつくばる俺を見下ろしていた。
違う……顔も姿も瓜二つだし、声も同じだがこれは、今日この学校に転校生としてやってきた中島由香じゃない。
「それが素か、えらく人を見下した態度とるじゃないか」
「そんなあ、見下してなんていないですよ。私は、だれに対しても同じように接しています」
由香は笑顔を浮かべたまま、心外だと言わんばかりにコクンと首をかしげる。
「昼間の話し方はいわゆる営業トークって奴ですね。う~ん、男子受けすると思ったんだけどなあ」
「明日からはそれでクラスメートと接することをオススメするぜ。昼間のカマトトぶったお前よりよっぽど好感が持てる……って、それどころじゃない由香! お前も一緒に逃げるぞ、俺はさっきまでバケモノみたいなフクロウに――」
「由香。注文通り獲物は追い込んだのだ」
俺の言葉を切るように、甲高い声で誰かが話しかけてくる。
声を放った主は、俺の頭上、屋上の塔屋の上からピョコンと飛び降りて、ふわりと重力を感じ際せない静かさで、由香が掲げた左腕に着地する。
「ありがとうムツキ、おかげですっぽかされずに済みました」
「会って初日で呼び出しの手紙なんて出したら疑われるに決まってるのだ」
「私も強引だなあとは思っていたのですよ。でも、時間をかけていたらクサリクのナビゲーターに天原君をさらわれてしまうじゃないですか」
俺は最初自分の頭がおかしくなったんだと思った。
由香が、フクロウと会話している。
「紹介が遅れましたね。彼女の名前はムツキ、立場的には私の護衛ってところですね」
「なっ、なんだよそれ……」
俺は渾身の力を振り絞って立ち上がり、由香から逃げる。
でも、どこに行けばいいんだ?
俺の逃げ道は五秒もしないうちに、屋上の鉄柵に阻まれてしまう。
反対側の柵にもたれかかっていた由香が、音もなく一瞬で移動して俺の目の前に立ちはだかる。
「詳しい話しはあとで……取り急ぎ、天原君の心臓いただきますね」
由香が繰り出した手刀が――俺の胸を貫いた。
こんなの予想できるわけがない。




