第1話「超常現象の被害者者に世間は冷たい」
――天原衛。
朝起きて最初にやることはメガネをかけること、次にやることはパソコンの電源ボタンを押すことだ。
エゴサならぬ自作小説への反応チェック。
それが毎日の日課になってしまっている。
「昨日上げた新作へは閲覧ゼロか……やっぱりラブコメじゃないと伸びない……いや、そもそも話数少ないと見向きもされないか」
読む側の気持ちを考えたとき、作品が完成しているとか、ある程度まとまった話数が投稿されていることは、読んでみようと思う評価基準の一つになる。
他にも目に留まる題名、毎日投稿することetc…。
いろいろと閲覧数を上げる方法はあるが結論を言うと。
「辛抱強く毎日書き続けるしかないか」
俺は今日も昨日と同じ教訓を胸に刻んでモニターを閉じた。
それから、冷蔵庫に買い置きしていた牛乳を飲み、学校の制服に着替え家を出る。
それが俺の朝のルーチンワークだ。
朝食は食べない派。
俺には朝食を食べないことに文句を言う家族はいない。
住んでいる家は庭付きの一戸建てなのだが、一人で暮らすにはこの家は広すぎる。
俺の名は天原衛。
年齢は一五歳。
職業は中学生。
日本のどこにでもいる平凡な中学生に過ぎない俺だが、二つ特別な事情を抱えている。
一つは両親が居ないこと。
俺の生家、天原家は母子家庭で、父親は顔も名前も俺は知らない。
母さんは一人で俺と双子の妹を育てていた。
その母さん、天原明日香が、突如失踪したのが六年前。
母さんには、親や兄弟、従妹といった親族が誰もいなかったので、普通なら孤児院に引き取られるところなのだが、女手一つにも関わらず母さんはこの家を始めとして結構な額の財産を残してくれていた。
不幸中の幸い、俺と妹は、児童相談所の紹介してくれた弁護士を後見人に付けてこの家に住み続けることが出来た。
これだけでも、世間的には特別な家庭になってしまうのだが、その一年後もっと大変な事件が起こった。
俺の双子の妹、天原恵子が、UFOに誘拐されたのだ。
郊外にある星野山の頂上に建てられた神社の境内。
春と夏が入れ替わる六月中旬。
梅雨の合間に訪れた晴れの日に俺と恵子は通い慣れた神社に行って二人で遊んでいた。
夕暮れが深まり、夜の帳が下りる直前の時間帯だったと思う。
突如暗闇を切り裂いて白い光が下りてきた。
境内に光が差し込んでくる様子は、映画で見る軍用ヘリのサーチライトそっくりだった。
光は恵子を包みこみ、彼女は映画に出てくるアブダクションみたいに光の中に吸い込まれていった。
それっきりだ、妹はUFOに誘拐され俺の前からいなくなってしまった。
一〇歳の少女の誘拐は当時全国でも大々的に報道された。
ただし、警察もマスコミも『妹がUFOに誘拐された』という俺の言葉に誰も耳を貸さなかった。
妹が誘拐されたショックで幻覚を見た可哀そうな子供としか思われなかった。
その後、妹が返ってくることも、身代金目的の連絡が来ることも、死体が上がることも無かった。
母親が失踪した一年後、たった一人の妹すら誘拐されてしまった可哀そうな子供として俺は一躍時の人となった。
あの事件から五年。
不幸な天原家の最後の一人として、今でも俺の名前を憶えている人は多い。
嫌な意味で有名人となってしまった俺を周囲の人は腫物扱いするようになった。
同情したり、心配したりする奴はいるが、自分の仲間として迎え入れてくれる気のいい奴は居ない。
齢一五にして俺は悟った。
超常現象の被害者に世間は冷たい。
「突然だが転校生が居ます」
担任教師の西村先生が放った一言を聞いた3-2組はザワザワとしたどよめきに包まれた。
無理もない。
四月中旬という中途半端な時期に、金曜日に予告もなかった転校生が、週明けいきなりやってきたのだ。
クラスメイトも動揺しているが、西村先生も内心かなりイラついているのかもしれない、心なしかいつもより視線が厳しい気がする。
「それでは、入ってください」
先生が入室を促すと同時に全生徒がドキドキと息を飲む。
男子は転校生が美少女であることを、女子はイケメンであることを期待しているに違いない。
ガラリと扉を開けて入ってきたのは、女子……付け加えるとロングヘアの清楚系美少女だった。
「すげえ、かわいいなあ……」
あまりの完成度に感心し思わず言葉を漏らしてしった俺は、反射的に口を手で覆う。
女子の容姿に対する感想なんて、たとえ誉め言葉でも白い目で見られそうだが、クラスの男女全員が認める美少女に対する感想と受け止められたらしく誰からもツッコミの声は上がらなかった。
「はじめまして、中島由香といいます。突然の転校生で皆さん驚いてると思いますが、仲良くしてくだいね」
中島由香と名乗った少女はハキハキとした口調と聞き取りやすい声のトーンで自己紹介をする。
黒板に書かれた字も達筆だ。
おいおい完璧超人かよ。
「趣味とか好きなことがあればアピールしてみたらどうだ?」
「趣味ですか……これといって打ち込んでいることは無いけど、強いて言えばペットの世話ですね。ムツキっていうフクロウを飼ってます。人懐っこくてとってもカワイイんですよ」
フクロウを飼っているというレア情報に再びクラスはどよめきに包まれる。
女子のひそひそ話を聞く限り反応は上々。
突然クラスに現れた転校生は、ものの数分でクラスの心をつかむのに成功した。
「じゃあ、転校生の紹介はこのくらいで席は天原の隣に座れ」
「えっ!?」
クラスの心を一瞬でつかんだ美少女がスタスタと俺の元に近づいてくる。
「天原君、よろしくお願いします」
「はっ、はい!」
あまりに意外な展開に、俺は裏返った声で返事をしてしまった。
「天原君、教科書見せてもらってもいいですか?」
「天原君、音楽室って何処にあるんですか?」
「天原君、私ここ習っていないんですが教えてもらってもいいですか?」
今日一日の出来事を思い出すだけで、目がチカチカ、頭がクラクラする。
アイドルグループのセンターで踊っていそうな清楚系美少女が、俺を頼って肩を寄せて来るのです、シャンプーのいい匂いがするのです。
正直、俺は部活にも入らず学校から帰ったらずっと小説を書いてる非モテ陰キャ男子だ。
身長は一七〇センチ無いし、メガネだし、足だって遅い。
そんな俺に美少女が積極的に話しかけてきたら、顔がにやけるのも、ワンチャンあるのではと淡い期待を抱いてしまっても仕方ないじゃないか。
昼休みは毎日図書館で本を読んで過ごしているのだが、本を読みながらでも無意識のうちにニヤニヤと気持ち悪い笑顔を浮かべてしまう。
「天原君、何読んでるんですか?」
不意に声をかけられ、俺は油に付けられたエビみたいにビクンと背筋を伸ばした。
視線を向けた先には、由香が俺の持っている文庫本に向けて興味ありげな視線を向けている。
彼女は休み時間になるとクラスの中心メンバーに囲まれて会話攻勢を受けていたが、いつの間にか教室を抜け出してきたらしい。
「ラノベだよ、ラノベ、学園バトルもの」
「あっ、これアニメにもなったやつだよね、私も読んだことあるよ」
最近の図書館はどんなものでもいいから生徒に活字を読んでもらおうという考えから、アニメ化されたラノベ作品がポツポツと入架されている。
「こんなの図書室に入ってるんだ、私も通っちゃおうかな~」
自己紹介で特に打ち込んでいるものはないと言っていたが、アニメやラノベについてそこそこ知識があったようで、俺は昼休みが終わるまで図書室に置かれたラノベの話題で楽しくお話をすることが出来た。
今日は本当に素晴らしい。
妹が誘拐されて早五年、こんな美少女とお近づきになれる日が来るになんて夢にも思わなかった幸運だ。
彼女が教室に帰った直後、俺は大きく深呼吸して自分の思考と感情を整える。
「あいつ、なに企んでるんだ?」
中途半端な時期に転校してくる美少女は怪しい。
本編スタートです。
時系列は少し戻ります。




