第33話「お兄ちゃん、なに鼻の下伸ばしてるのよ。」
――天原衛
リサイクルショップでの買い物が終わってからは、ほぼノンストップだった。
天草に行くための一番早い経路は飛行機ということで、直近の空港から阿蘇くまもと空港に飛び、飛行機を乗り継いて天草空港へ。
「たった五時間でここまで来れるなんて、地球の文明ってすごいですね」
地図で現在地を確認したミ・ミカが感心のため息を漏らす。
俺達はわずか半日で目的地まで、あと四〇キロのところに辿りついていた。
「地球がというより日本の公共交通機関がすごいですよ。こんな田舎までキチンと飛行機が飛んでいるなんてビックリです」
由香の弁に岡田さんが無言でうなずく。
「俺は仕事柄海外に行くことも多いが、向こうだと移動は基本自家用車だ。飛行機は、あてにならないからな。でも、さすがにここまでだろ、今富村に行くのには車がいる。明日までに調達しておくから今日はその辺のホテルに……」
「飛んでいくのだッ!!」
ムツキが自分の飛行能力を誇示するために翼をパさッと広げてみせる。
「四〇キロくらいなら飛べばすぐだし、行っちゃいましょうか?」
俺は親指を立ててGOサインを出す。
飛べば目的地はすぐなのだ、ここまで来て明日まで待つなんてまだるっこしいことやりたくない。
「ちょっと待て、俺は飛べないぞ」
「ご心配なく、岡田さんは私が運びます。落ちると危ないんで暴れないでくださいね」
ミ・ミカは岡田さんを背後から飛び掛かって両腕を胴に回し有無をいわさず飛行を開始する。
「まて、せめて飛ぶならくうこ……」
岡田さんの声が遠くなっていく。
誰かに運ばれて飛ぶって最初は死ぬほど怖いからな、お気の毒様。
「お兄ちゃんも行くわよ、暴れないでね」
ミ・ミカと同じように恵子が背後から俺のお腹に手を回す。
あと、どうでもいい話なのだが、女の子に抱えられて運ばれるという絵面がとてもカッコ悪いのだが改善できないもんかねえ。
天草諸島の下島を横断すること一〇分あまり。
西側の海岸線から少し離れたところに今富村はあった。
時間は午後七時過ぎ、日が落ち夜の帳が下りようとしている時間帯。
星野山から、よくぞ半日で辿りついたって感じである。
「ザ・ド田舎って感じね」
「活気が無いですね。耕地がたくさんあるのに何も育てないなんてもったいないなあ」
雑草が生えてまま放置されている休耕地を、ミ・ミカは訝しげな表情でキョロキョロと観察している。
「畑があっても育てる人間が居ないんだよ。もっと都会に近いところで売る用の農作物を大量に育ててるから、こんな不便なところで自給自足をする必要が無いんだ」
ホラー映画なら畑で農作業をしている農夫が怪しい視線を向けてくるシーンだが、人が少なすぎて誰も出歩いていないのでそういうお約束には出会えなかった。
「教会は山の方だ、案内する」
岡田さんに先導されて、俺達は限界集落からさらに奥、山の中へと分け入っていく。
「サクラさんは、なんでこんな山奥に住んでるんですか?」
「詳しい話は聞いたことがないが、ここが大主教様の故郷だと言っておられた」
岡田さんのような魔法使い狩りの工作員は、世界中を転々としているし、工作員への報酬支払や情報工作を担当する情報部の信徒は都会にある事務所で仕事をしているとのこと。
山道を歩くこと三〇分余り。
小高い山の頂上に小さなお寺が建っていた。
「これって、お寺? 天草教ってキリスト教系じゃないのか」
「天草教は、江戸時代にキリスト教が禁止されていた時の伝統を受け継いでいるんだ。この外観はここが教会だということを隠すためのカモフラージュだった」
「なんか聞いたことあります。確か隠れ切支丹とかいって、江戸時代に踏み絵とか踏まされた人達のことですよね」
由香の言葉に岡田さんは無言でうなずく。
天草教は、明治維新のあとも隠れ切支丹時代の伝統を捨てたくないと思った人達の集まりでもあるらしい。
中に入ると若い女性が一人神への祈りをささげていた。
黒と白を基調とした修道服を身にまとい、髪を隠すように頭巾を被っているんで判りにくいが、見た目の年齢は恵子より少し上くらい。
高校生か、大学生くらいの年齢でおそらく成人はしていない。
俺達が入ってきたことに気づいた彼女は、祈りを止めて立ち上がった。
「初めまして、私は天草教の大主教十門サクラと申します。こんな不便なところに出向いていただきありがとうございます」
自分が大主教だと宣言した少女は柔らかい物腰でペコリと頭を下げた。
「はっ、はじめまして。天原衛です」
サクラの柔らかい物腰に気おされて、全員がペコペコとお辞儀をする。
「この度は岡田君が大変失礼をいたしました。そして、彼を傷つけずに連れてきたくれたこと、本当に感謝いたしますわ」
「いえいえ、特にケガ人とか出なかったし。俺はもう気にしてないですよ」
サクラさんを見て思ったのは、とにかく美人は得だということ。
こんなキレイな人が物腰柔らかに謝ってきたら、男は本能的に怒れなくなってしまう。
「いや、気にしなさいよ」
恵子が人差し指で俺の頬をツンツンと突いてから、どけと言わんばかりに俺とサクラさんの間に割って入る。
「お兄ちゃん、なに鼻の下伸ばしてるのよ。相手が美人だからって篭絡されたらダメじゃない」
「別に篭絡されたりしてないと思うぞ」
「誘拐された被害者が、もう気にしていないですなんて軽々しく言うなってことよ。お兄ちゃんは自分がヒドイ目に遭わされた自覚をもっと持つべき」
「結果オーライならいいと思うけどねえ」
誘拐されたおかげで、魔法使いの秘密結社のボスという重要人物に出会うことが出来た。
クサリクの移民について相談するなら、サクラさんはこれ以上ない人物だと思う。
「仲がいいねの。和服のお嬢さんお名前は?」
「私は、こいつの妹で、名前は天原恵子。付け加えると、異世界ニビルで改造された不老不死の超生命体アヌンナキよ」
恵子は自分の力を示すように、細胞に魔力を取り込んだ。
彼女が細胞に魔力を取り込んだ瞬間、背筋に氷の柱を入れられたような寒気が走る。
「お前、本当に人間じゃないんだな」
魔力感知が出来るようになってようやくわかった。
扱える魔力の量が俺と恵子では違い過ぎる。
船に例えると、俺がボート、ミ・ミカがイージス艦、そして恵子は原子力空母だ。
改めて恵子――いや、アヌンナキの恐ろしさを思い知る。
恵子の強大な魔力を目の当たりにして、サクラさんはクスリと小さな笑みを浮かべる。
「威嚇しても無駄ですわ。衛さんは、貴女のことが一番好きだから絶対に私にはなびきませんよ」
「っちょ、何言ってるのよ!?」
集めた魔力が霧散する。
俺が一番好きなのは自分だと言われた恵子の顔は真っ赤になっていた。
どうやらサクラさんは、ただの物腰柔らかなお姉さんではないらしい。




