第31話「最悪の事態は、ニビルと地球の全面戦争だ」
――天原衛
ソロモン王。
ユダヤ教の聖典である旧約聖書の『列王記』に記されている古代イスラエル王国の三代目の王。
ソロモンの指輪という強力なマジックアイテムを持っていて、その力で動物と話をしたり、天使や悪魔を使役することが出来たと伝えられている。
「しつもーん、ソロモン王ってのは、悪い王様で悪い魔法使いだったの?」
「ソロモン王がどんな奴だったかについては……よくわからないな」
岡田の意外な回答に、話を聞いていた全員がズッコケそうになる。
「ソロモン王の誕生は紀元前一〇〇〇年、今から三〇〇〇年の人物だからな。当時と今とじゃ倫理観も大きく違うし、当時の行動を今の常識で言い悪い判断するのがナンセンスだ」
言ってることは非常に正しいが、それならソロモン王を魔王として非難する理由がよくわからない。
「ソロモン王が魔法使いの界隈で魔王と呼ばれている理由は、ソロモン王が戦争に勝つために魔法を使ったからだ。おまけに、他の魔法使いがこぞってソロモンを真似て魔法の力で戦争に勝ち王になったと言われている。以降、キリスト教が誕生するまで魔法使いが、只人――魔法を使えない人間を支配するのが当たり前になったらしい。古代で、王が神の代理人だったり、王が自分を神格化するケースが多いのは王が一般人の使えない力――魔法の力を持っていたからだって言われている」
「えっ、ダメなのそれ? 優秀な人が王様やるなら魔法使いでもいいんじゃねえの」
国民を助けられるなら魔法使いが王様でも問題ない気がする。
「魔法使いが人を支配する国家体制は、魔法使いは偉くて、魔法使えない奴はゴミだと考える選民思想に陥りやすいんだ。一度、旧約聖書をじっくり読んでみるといい、神に選ばれた奴はどんな無茶しても許されるからな。そんな社会情勢に楔を打ち込んだのがイエス様だといわれている。『神に選ばれし者は、全ての罪が許される』って信じている奴らに、神が全知全能なら『自ら悔い改める全ての人の罪を許す』はずだってレスバを仕掛けたわけだな」
神は自ら悔い改める者の全てを許す。
後に神と呼ばれることになる男の教えは魔法使い以外の一般大衆の支持を広く集め、今では世界最高の宗教に成長した。
「いくつか気になるんだけどいいですか?」
「ああ、いいぞ」
「昔の話でいちいち『らしい』とか『言われている』とか仮定系入れるから、本当の話なのか疑わしい。あと、岡田さんってもしかしてキリスト教の関係者?」
「そこに気づくか、やっぱりお前は頭がいいな。まず、お前の言う通り、俺が話は全て想像と推測だ。キリスト教の誕生は二〇〇〇年以上前だぞ、当時に何があったのかなんて残ってる資料を見て推測するしかないし、たとえ神が全知全能でもその教えは人間が解釈して説教してるんだ。神の考えを完璧に説明できる筈がない」
「まあそうでしょうねえ、ニビルでも一〇〇〇年前なんてろくに資料残ってないです」
ミ・ミカがニビルの歴史を思い返しながら、ポツリとつぶやく。
地球でも、古代どころか現代に起こった事件でもよくわからないことが多いというし、昔の話というのは、その可能性が高いくらいの気分で聞いていた方がいいのかもしれない。
「そして、俺は『天草教』というキリスト教系の教団に所属する魔法使いだ。俺の所属してる教団の教義は『自ら悔い改める者の全ての人を救うこと』。救う対象は、基本的に個人の裁量に委ねられるが俺は殺人犯以外全て救うべきだと思っている」
「すげーアバウトっすね、クリスチャンじゃなくてもOKって方針が特に」
キリスト教がどんな宗教か世界史の授業で教えてもらったことがあるが、自分と関わる人をクリスチャン・異教徒・異端に分類して区別することが特徴だと聞いた気がする。
「アバウトにしないと危険なんだよ。クリスチャンと、異教徒の区別なんて即選民思想に繋がるからな。あと、聖書解釈なんて教会ごとにマチマチだから、天草教では異教徒も異端も神は許すと教えてるんだ」
「まっ、マジっすか!? 天草教ってそんな説教してるの」
論理的だが、ぶっちゃけ過ぎだ。
「えっと、よくわからないけど。天草教では、神様信じてなくても気にしなくていいよって言ってるの?」
恵子が俺の思ったことを嚙み砕いて言ってくれる。
信者を増やしたい教会としては、少し――いやかなり都合の悪い聖書解釈だ。
「そうだ、そもそも正しい教えってなんだ? 自分の唯一絶対の正義だなんて主張する方がよっぽど疑わしいだろ。まあ、天草教は他のキリスト教会と交流は持っていないし、教徒も魔法使いと、その関係者だから問題はない」
他のキリスト教会と一切交流を持たない、魔法使いと、その関係者しか所属していない教団、どおりで教団の名前を聞いたことが無いわけだ。
「天草教は、どちらかというと目的ではなく手段のために魔法使いが集まった集団なんだよ」
「手段?」
「全ての人を救うために俺達がやっているのは、『悪しき魔法使いの排除』、『魔王の誕生を防ぐ』の二つだ」
天草教は魔法使いで編成された実行部隊を組織して『悪しき魔法使い』を神と人類の敵として殺して回っていることを教えてくれた。
「法令には違反してるけど、魔法使って人殺しとかされたら警察にはどうにもならないから仕方ないですね」
「ただ、全ての悪しき魔法使いを倒そうにも手が全く足りていないからな。だから、魔法の存在を隠して、悪しき魔法使いに都合のいい環境を作ることで、隠れてコソコソ悪事をした方がいいと思わせたい」
「魔法使って自分だけいい思い出来るなら、わざわざ戦争して自分の国を作ろうとする奴は減りますね」
天草教が一番恐れているのは魔法を犯罪に利用する『悪しき魔法使い』ではなく、魔法を戦争や支配に利用する『魔王候補者』と呼ばれる存在だと語る。
とにかく、戦争とは、勝っても最悪、負けたらもっと最悪なのだ。
『勝ち戦です敵兵を数万人も殺しました』ってニュースが流れたとき、自分の知らない人が数万人死んでその家族が悲しんでいると考えたら、欠片も喜ぶべき話は存在しない。
「と、言うわけでお前達の行動に俺は困っている、そう、とても困る。しかし、お前達は悪しき魔法使いではない」
俺達は天草教の攻撃対象ではないと岡田さんが認めてくれた。
まあ、俺達がやったのは動画投稿しただけだからなあ。
「ちなみに、俺達が何もしないでボケっとしてたら、最悪の事態もあり得ますからね」
「最悪の事態って何ですか?」
ミ・ミカがコクンと首をかしげる。彼女もニビルの移民と地球の現地民が争う可能性があるとは思っているだろうが、もっとヒドイ状況になることまでは想像できないらしい。
「最悪の事態は、ニビルと地球の全面戦争だ」
「さすがに三万人のクサリクが地球に降りただけで、そこまでエスカレートしないでしょ」
「一〇〇年前に地球で第一次世界大戦ってバカな戦争があったんだよ。後で経緯を教えてやる」
世界史の教科書読めばわかるが、第一次世界大戦は本当にピタゴラスイッチみたいなノリで参戦国と被害が拡大している。
ニビルからの移民だって何が起こってもおかしくないのだ。
「スマホを返してくれないか? お前達を大主教に会わせる」




